第2章 必要とされる場所

第9話 人間と魔物が共に暮らす村

「主殿ぉ~。いい加減、お腹が空いたよぉ~」


 トボトボ歩くオルタナが、情けない声を上げる。腹の虫が鳴く音が、彼女の前を行くアインの耳にまで届いてくる。


「言わないで。俺も我慢してるんだから」

「旅って……もっとこう、ロマンに溢れたものじゃなかったのかのう……。ひもじい~」

「しょうがないでしょ。お金がないんだから」

「泣ける」


 森を抜けて三日。

 アインとオルタナは、大陸の南西部にあるフーリエットに来ていた。

 ウィンザルトよりも土地が広く、貿易が盛んな商業国家だ。海沿いに位置するため、城下町の港には他国との貿易船が多く停泊してる。

 当初、二人はその町に行き、今後の方針を練ろうと考えていた。

 ――のだが。

 町に着いた途端、情報とは恐ろしいもので誰が流布したか知らないが、アインが自国を追放されたことがこの国にまで知れ渡ってしまっていた。情報屋の記事がご丁寧に号外とまで銘打ってばらまかれているのを、アインはすぐに知った。

 これではマズイと、路地裏に捨ててあったボロボロのローブで全身を隠し早々に去ることにした。

 どの道、追放された身では僅かばかりの金銭しかなく、宿にすら泊まれなかったのだが。


「野宿はもう飽きたぞ~」

「それが旅ってもんじゃない? 冒険者はそうでしょ」

「ふえ~」


 最初こそ鳥や魚を狩りながら食い繋ぐ生活に心をときめかせていたオルタナも、変わり映えのしない生活にうんざりしてきたようである。

 アインにしても、慣れない生活に疲労感は溜まる一方だった。野外で寝るとなると、魔物がいつ襲ってくるか分からない。緊張感でぐっすり眠れないのは、心身ともにじわじわとダメージが蓄積する。


「もうちょっとだけ我慢してくれ。もうすぐで着きそうなんだ」

「その……レネット村と言ったか? そこは本当に大丈夫なのかの?」

「分からない。でも、城下町からは遠く離れているから俺の噂は届いていないはず……。いや、だと信じたい」


 フーリエットからさらに南下すると、なだらかな丘陵地帯になっていた。緑鮮やかな丘が何層にわたって積まれた地形はあまりに壮観。二人はその中腹辺りにある小さな村を目指していた。


「しかし、魔物と共存する村……ねぇ。ホントかのぉ」


 額の汗を拭いながら、オルタナが木陰に入る。昼間とあって気温は上がるばかりだ。風は心地よく、オルタナはレザー製の黒い上着をパタパタさせながら疲れたように呟く。


「俺も城にいたときにさ、そんな村があるらしいって姉上に聞かされただけだからね。でも行ってみる価値はあるでしょ」


 アインも木陰に入り、木から削って作成した水筒をオルタナに渡す。

 レネット村は地図上には存在せず、公的から排除された謎の集落だ。

 というのも、そこは人間と魔物が一緒に暮らしているというにわかには信じられない噂があり、フーリエットの領土内ながらも隔絶されているらしい。

 アインの姉であるフリーシアは、魔物と親しくできるアインだからそんな話題を持ってきてくれたのだろうが、まさかその情報がこんなときに役に立つとは思いもしなかった。

 姉との記憶を思い出し懐かしさに浸っていると、その横でオルタナは一気に水を飲み、そしてあろうことか頭から勢いよくぶっかけた。


「ふわ~、気持ちいいのぉ!」

「あ、こら! せっかくの水分を!!」

「よいではないか。もうじき村には着くんじゃろ?」


 身体を震わせ水滴を飛ばすオルタナ。奪い取った水筒は当然、空。がっくり肩を落とすアインに、オルタナは何やら思いついたように悪戯っぽく微笑む。


「そんなに欲しいなら、ほれ。口移ししてやろうか?」

「遠慮します。っていうか、もう喉通ってるじゃんか」

「なら、妾の身体を舐めても――」

「さ、もう行こう」


 呆れた調子で、アインは再び歩き始めた。


「なんじゃ、つれないのう」


 つまらなさそうにオルタナもアインの後をついていく。

 オルタナと出会った当初は、彼女のセクハラまがいの言動にとにかく動揺しっぱなしのアインだったが、数日経てばさすがに慣れてきて簡単にいなせるようになっていた。彼女が魅力的な女性であることには変わりないが、もう少し慎みを持ってほしいと願うアインである。

 ほどなくして。

 この辺り一帯の大地が一望できる高さまで登ってくると、柵に囲まれた村が見えてきた。遠目からでは家が数軒あるだけで、敷地は広いのだが畑があり作物が実っているのが視界の端に映る。


「ホントにあった……」

「重畳じゃな。これでやっと休めるのぉ……」


 徒労感丸出しで、二人は大きく息を吐き出した。

 ただし、村に着いたとはいえ歓迎してくれるとは当然限らない。交渉して、食料なり寝床なりを確保しなければならないだろう。


「いい人がいてくれればいいんだけどね……」

「こんな山奥にあるんじゃ。偏屈な輩はおらんじゃろうて」


 すっかり上機嫌なオルタナと、不安なアイン。こちらに手持ちがない限りすんなりとはいかないと思いつつ、淡い期待は持ってしまう。それだけ、アインも疲れていた。


「とりあえず行ってみよう」


 踏みしめる足にも力強さが戻ってきた矢先、村人たちと思われる声が耳に入ってきた。


「……? なんだ……?」

「妙に騒がしいのぉ。祭りでもやっておるのかの?」


 そうは思えなかった。アインは眉根を寄せる。

 収穫祭などあれば至って楽しげな声なはずだ。だが、どうも違う。どちらかといえば、これは――。


「まさか、悲鳴……か……?」


 気になって村にさらに近づいていくと、それはより鮮明に聞こえた。

 男性の喚き散らす声や女性の泣き叫ぶ声。様々な人々の悲鳴がそこら中から響き、良からぬことが起きているのだと容易に想像できた。


「何があったんだ!?」


 切迫した状況に、アインとオルタナは駆け出した。村の入り口付近に到着したとき、こちらへ逃げてくる主婦らしき中年女性と出くわした。


「ど、どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」


 勢いあまって地面に倒れた女性が、息を乱しながら恐怖に引きつった顔で見上げてくる。こめかみ辺りから血を流し、衣服は所々破れ赤黒く腫れた肌が覗いている。その痛々しい姿にアインは顔をしかめた。


「あ、あんたたち、もしかして旅人か何かかい!? だったら早く逃げるんだよ!!」

「そんなことよりまずその傷を! ――オルタナ、回復頼めるか?」

「治療系魔法はあまり得意じゃないが……仕方なかろう」


 女性の傍に座り、彼女に向って手をかざすオルタナ。柔らかい白い光が女性を包むと、みるみるうちに傷が塞がり、腫れも一瞬にして収まっていく。


「あ……ありがとう、助かったよ」

「それより、何があったんです?」

「っ! そうだよ!」


 生気が戻った女性は村の方に振り返り、すぐにアインの方に向く。アインの腕を強く掴むと、悲壮感を漂わせて叫んだ。


「む、村に住んでいた魔物が、突然暴れ出したんだよ!!」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る