炯々とした目の彼女が語るには
武州青嵐(さくら青嵐)
怪異1
アキラとヒオ
壱
不意に肩を叩かれ、アキラは目線をノートパソコンの画面からはずした。
すぐ隣を見るとヒオが立っている。
無機質で殺風景な部屋の中で、彼だけが価値あるもののように豪奢だ。
180㎝近い長身に、均整のとれた身体。身に着けている服はアキラなど決して手にとらないほど高価なもので、それをさりげなく着こなせるのは、彼が幼少のころから着慣れているからに他ならない。
日本人とも外国人ともとれる顔立ちをしており、初対面だと誰もが「どこかの芸能人かモデル」と勘違いするほど。
年はアキラより4つ上の28歳。
の、はずだ。というのも彼にはつい最近まで戸籍がない。本人も誕生日を知らず、医師の診たてにより推定28歳の彼は、数年前からアキラの仕事を補佐している。
「なに?」
ヘッドホンのせいで彼が入室したことが全くわからなかった。アキラは「よいしょ」とヘッドホンを外し、ついでにぐいと両手を突き上げて伸びをする。
そのとき壁に吊った姿見に自分の姿が映りこむ。
ひどいもんだ、と苦笑いが浮かんだ。
前回の依頼はやたら移動時間と拘束時間が長く、報告書を書く時間が確保できなかった。仕方なく睡眠時間を削って作成していたら目の下にクマができている。
美容室に行くのをさぼっていたら髪は伸び放題で髪質はぱさぱさ。
忙しすぎて運動をする時間も確保できないせいか、数年前まではしっかりとあった筋肉はあっさり削げ落ち、スレンダーといえば聞こえはいいが、ただただ薄っぺらいだけ。
24歳のうら若き女性であるにもかかわらず、鏡に映った自分はまるで幽鬼だ。
「ごめんね、作業中に。依頼がはいったよ」
膝の上に置いたヘッドホンからは音楽が流れ出たままだ。アキラはそれを停止させてから、イスの背もたれに上半身を預けた。
「誰から?」
「香取議員」
電話で依頼内容は聞き取ったのだろう。ヒオの手にはメモらしきものが握られている。
「遠方?」
「ううん」
首を振って都市名を答える。ここから電車を使って一時間ばかりの場所だ。
アキラは欠伸を噛み殺しながら、上半身を揺らす。ギシギシとリズミカルに背もたれが鳴った。
「内容は?」
「瀬川商社の営業三課で怪異が続くんだって。その怪異の発端となったらしい社員は病気療養中だったんだけど、このたび復帰が計画されている」
伏目がちにメモに視線を落とすヒオの長い睫を見つめながら、アキラは「ふんふん」と気のない相槌を打った。
「その社員が復帰したらまた怪異がはじまるんじゃないかと他の社員は気が気でないんだって。だから、安全性を確保してほしい、って」
「香取議員が?」
アキラが問うと、ヒオは数度まばたきをし、長く器用そうな人差し指を立てて、宙を行ったり来たりさせる。
「正確には、アキラの噂を聞いた瀬川商社の社長さんが、株式会社グローバルエフェクトの長田会長に相談して、長田会長が香取議員に連絡をとって、って感じかな」
「でた。いつもの伝言ゲーム」
うげ、とアキラは顔をしかめる。
「すごいよな。どっからでも話って広まるんだから」
アキラは怪異を解決する代わりに金銭を受け取ることで生計を立てている。
立ててはいるが、おおっぴらに広告をうっているわけでもなければ、SNSをつかって喧伝しているわけでもない。
それでも
「その依頼、いつから?」
「受けるの?」
足を組み、ついでに腕を伸ばしてノートパソコンの電源を落としていたアキラは、ヒオの言葉に動きを止めた。
「受けるよ。香取議員からなんだろう?」
断れないじゃんという言葉はかろうじて飲み込んだ。
というのも、ヒオが真剣な顔で自分を見おろしていたからだ。
「ぼくのことが原因で断りにくいんなら……。ぼくが自分で香取議員のところにお断りに行くけど」
「ヒオのことじゃなくて、私があのおっさんに恩を売りたいだけ」
アキラはできるだけ陽気にみえるように笑い飛ばす。
だが実際は彼の言う通りだ。
ヒオの件ではかなり香取議員に借りを作った。
高名な女占い師であった
覡としてだけではなく、成長してからは性的虐待も受けている。
西條が没した時には殉死させられそうになったヒオ。
その彼を助けたのがアキラだ。
警察沙汰になってもおかしくないところをなんとか穏便に済ませ、戸籍を与えて西條の遺産をヒオに相続させることができたのはひとえに香取議員のおかげといっても過言ではない。
「もしまだ返事を保留しているんなら、受けると香取議員に連絡して。それでさっさと仕事を片付けて報酬を手に入れよう」
アキラは立ち上がり、頭ひとつぶん大きい彼を見上げて笑う。
「で、うまいもんでも食べてサウナに行こう。そのあとのビールが楽しみだ」
「発想がおっさんだよ、アキラ」
ようやくヒオが笑みらしきものをその端整な唇に浮かべる。
「でも最高だろ?」
「最高だね」
ヒオは薄く笑い、小さく言った。「西條のところでは味わえないほどに」と。
「さて、ヒオ」
アキラは聞こえなかった振りをして相棒に声をかけた。
「化け物退治へと出かけようじゃないか」
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