Report06_責任
マスターメイカー。
それは、裏社会ではよく知られた名だった。彼がそう呼ばれるようになったことについては、今より少し昔のことを語らなければならない。
当時の彼は今よりも若く、彼の生まれた国の一般的な同年代はまだ学校に通っているような年齢で、言ってしまえば子供だった。
両親を幼い頃に亡くし、親戚の家をたらい回しにされていた彼は当然と言うべきか、なるべくしてなったと言うべきか、学校には行かず、いつも図書館に籠って本を読んでいるような子供だった。
その時既に機械弄りを趣味にしていた彼は、あらゆるロボット工学関連の本を読み漁り、その知識を己がものとしていた。
そんな彼のことを知ってか、図書館の職員達は壊れた家電の修理などを度々依頼していた。この頃の彼は、今より少しだけ素直で、嫌がりながらも依頼を断らず受け入れていた。そこで僅かながらも小遣いを稼いでいた彼のもとに、とある依頼が持ち込まれた。
「少年、この本に載っているモノを'作る'ことはできるかね?」
図書館の職員ではない。彼と同じく利用客の一人で、毎日ここに来ては小説を読み漁っている男だった。
年齢は60代前半そこらといったところだろうか。背筋は真っ直ぐ伸びており、茶色系のコートを着て、目深く被った濃い緑の帽子により表情は上手く読み取れない。片手にはこけた茶色の鞄を持っていた。
ここの職員が彼ならば依頼を受けてくれる、などと言ったのかと思いカウンターの方を睨むが3人いた司書達はみな談笑しており、こちらには気づかない。周囲に他の利用客もおらず、完全に彼と老人の二人の時間が流れていた。
「爺さん、僕がアイツらの家電修理を引き受けてるのは、学校をサボってここにいるのを告げ口しない約束をしてるからだ。それに少しだが金も貰ってるし、アンタと取引をするメリットが僕には無い、悪いが......」
そこまで彼が言いかけたところで老人が手に持っていた鞄をドサッと机の上に置いた。何も言わずただこちらを見つめる老人の表情は相変わらず分からない。ただ言い知れぬ迫力に襲われながら彼は恐る恐る鞄を開けて中身を確認した。
「なっ......!アンタ、正気かよ......」
思わず声が漏れるのも仕方ない。鞄の中には彼が今まで貰っていた小遣い程度の金とは比べものにならない額の札束が詰め込まれていた。
「引き受けて頂けるかな?」
老人はそれだけ言うと黙って彼の目の前に立っていた。
沈黙、どれくらいの時間が経ったのか分からなくなるほどの圧力を目の当たりにして彼は動けなくなった。実際はほとんど時間の経過などない。しかし無限のように感じられた沈黙の中で彼はなんとか口を開く。
「中身を見てみないことには分からない......」
老人から目を逸らし、手元に開いた本を見ると何かの設計図が描かれていた。読めない言語で書かれていた設計図には、螺旋状の金属パーツと発電構造を持ったパーツが取り付けられていること以外は何も分からなかった。
「これは、一体なんの設計図だ?」
彼が老人に尋ねると意外な答えがもたらされる。
「これは虚構で空想の産物だ。その小説に描かれているのはただの挿絵で、設計図と呼ぶには足りないものが多すぎる」
そんな馬鹿な答えがあってたまるかという言葉を喉の手前で堪え、彼はもう一度その小説の挿絵と、老人を交互に見た。
老人の態度は一向に変わらず、本気でこれを作れるのか聞いているのが分かる。空想の金属パーツに小型の発電機のようなものを取り付けた、よく分からないもの。現状分かるのはそれだけで、いくらなんでも無理だと諦めようとした瞬間、老人が言葉を漏らす。
「鞄の中に、それと似た構造の部品が描かれた本物の設計図が入っている」
それを聞き、彼は鞄の中に手をやると一枚の色褪せたボロボロの紙が入っているのが分かった。
確認すると知らない分野の知識を要するモノがそこには描かれていたが、彼は言葉を返した。
「これは現実に存在するものなんだよな?」
「あぁ」
老人は肯定する。
「アンタが作って欲しいのはあくまでこっちの本に描かれている方で、この設計図の部品じゃないんだな?」
「その通りだ」
再び肯定。短いやり取りを交わすと彼は指を顎に当て、少し考える素振りをした後すぐに顔を上げ言った。
「ひと月時間を寄越せ、できるだけのことをやってやる」
最初に老人相手に気圧されていたとは思えぬハッキリとした言葉を放ち彼は老人を見た。
今まで一切表情の分からなかった老人の口元がニヤリと笑うと、再び言葉を紡ぐ。
「契約成立だ」
彼はそれを聞き終えると鞄を片手に数冊の分厚い本を借りその場を後にした。
♢
それから2週間後、なんの知識も持たぬ状態から始めて、彼は鞄の中に入れられていた設計図を読み解き同じものを作り出せるまでになっていた。しかし、小説の挿絵に描かれているモノと同じ状態のものを作るには何かが足りない。いや、'足りていないのかすらも分からない'そんな状況に陥っていた。
彼が図書館を最後にした時借りたのは設計図に描かれていたものを作るために必要な知識が書かれた工学関係の本であり、ここから先は文字通り空想の世界に踏み込もうとしていた。
挿絵に描かれた発電機構の横に取り付けられた'5'という数字のランプが光るガラス管、これが一体何を表しているか理解出来ない。小説の本文を読もうともしたがルーン文字のような字体の言語は目にしたことすらなかった。挿絵には数字がいくつか載っているが理解できるのはその程度の情報だ。そんな状態のままさらに2日の時が過ぎたある時、ネット上で新たな粒子エネルギーを発見した科学者が現れたとニュースが挙げられた。
海上に浮かぶ小さな無人島に存在する鉱床で見つかった特殊な鉱石『ガララアイト』。大きな音などの衝撃に反応して、自壊しながら電気に似たエネルギーを周囲に発生させるそれは、僅かな量で自動車を軽く動かすほどのエネルギーになったと発表された。当然、彼はこれに目を付けた。老人から貰った莫大な資金は底が見えかけていたが、なんとかその鉱石を入手しパーツに手を加えた。発電機構ではなく、ガララアイトによるエネルギーの発生機構を組み込むことで設計図とは根本的なところで違うものを生み出したのである。もっとも、彼は一つ変更を加えただけで相変わらずガラス管の正体には気付けない。しかし予め、老人にはできるだけのことはやると伝えているのだ。ひと月でここまでのものを完成させたのは彼が天才であるという再証明になったのである。
♢
あの日からちょうどひと月が経った。
彼が図書館に来たときには既に老人が一番端の席に背を向けて座っているのが見えた。席に向かう途中、見知った司書が本の貸出期間について彼にいろいろ言っていたがそんなことは無視して歩みを進める。
「待たせたな」
「構わないさ。それでは、早速だが見せてもらおうか」
相変わらず力強い声で促されるがまま、彼は持っていた手さげ袋から金属の塊を取り出した。
「あぁ......なるほど、やはり君に依頼して正解だったな」
老人が今までにないほど感情的な声を上げたのが逆に不気味だったのか彼は背中に汗をかいた。
「螺旋状の部分は詳しい指定が無かったから挿絵の見様見真似だ、そしてこいつには最近見つかった鉱石をエネルギー源として組み込んである」
彼が金属塊について説明を始めると、老人が口を挟む。
「ガララアイトか......」
「知ってたのか」
「先日発見された鉱床が何者かによって荒らされ、鉱石が持ち去られたと......世間では持ちきりの話題だな」
それを聞いた彼は苦い顔をしながらも無視してさらに説明を続ける。
「完璧に挿絵と同じものを作れたとは思っていない。実際見たら分かると思うが、ここのガラス管については全く意味が分からなかった。ただ、前にも言った通り僕にやれるだけのことをやったつもりだ」
彼は座っている老人をしっかり見下ろしながら語ると、老人から意外な返答がもたらされた。
「'2'だな」
最初、老人が何を言ったのか理解出来なかった。しかし、老人は繰り返し、2だと言う。
「ガララアイトを用いたのであればこのガラス管に写る数字は'2'になる」
「は?」
何を言っているんだコイツはといった顔で老人を見る彼とは目も合わせず、さらに言葉が続く。
「もっとも、私に5は少し多すぎる。ちょうどいいな」
そう言うと、老人はそれを手に取ると席から立ち上がる。
「世話をかけたな、これは報酬だ」
老人は、首にかけていた手のひら程のサイズで、銀色の筒状ケースを彼に握らせた。
「中には私の銀行口座の番号と暗証番号が書かれた紙が入っている。好きに使いなさい」
またしても衝撃的な言葉。全身から汗が吹き出る感覚を覚える。彼が呆気に取られていると老人は背を向けて歩き始める。
「ちょっと待て!」
彼が声を荒げる。大きな声を出したために遠くのカウンターで司書達が人差し指を口に当てるジェスチャーを取っていたが、彼の目には映らない。
「僕はまだ何も教えてもらってない......なぜこんな事をする?アンタは何者だ?一体何が目的だ?......いや、そもそも一番最初に聞かなきゃいけないことがある......!」
老人は振り返らず立ったまま彼の話を聞いている。彼は額に嫌な汗をかき、険しい表情で老人の背中を睨んだまま続きを口にする。
「僕は一体'なに'を作らされた......!」
この依頼を引き受けたときからずっと気になっていたこと。それを作っているときにも頭の片隅には常にこの考えがあった。自分が凶悪な犯罪者に手を貸してしまったのではないか。そんな焦りが、彼の心の中から湧き上がる。
30秒ほどの沈黙があり、老人は振り返りこう告げる。
「君は何もしていないさ、全ての責任は私が背負う」
これまで聞いたことのないような優しい声だった。今まで感じていた圧力が嘘のように消え、目の前に立っている老人が急に弱々しく見えるほど消え入りそうな声だった。
しかし彼にとっては、それが逆に腹立たしかった。
「何でだよ、用が済んだらもう終わりなのか......そんなのおかしい......!あんたがこれからそれを使って何をするのかは知らない。けど、そいつを作ったのは間違いなく僕だ!僕の責任を勝手に奪うなよ!」
老人を睨みつけ絞り出すように声を出す。老人が瞬きをしたように感じたが目深く被った帽子でその実は分からない。
「知りたければ、明日の23時にT市のタワー屋上に来なさい。入り口は開けておいてやろう」
そう言うと老人は背を向けて図書館を後にした。
後に司書達からは図書館でのマナーや小言を注意されていたが彼は某前と聞き流すことしかできなかった。
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