第5話 人間の温もり


 家に帰ると誰かが待っている。


 


 それだけで、家のドアの鍵を開ける手がソワソワしてしまう。




ガチャリ




「ただいま」




 当然ながら家の中は真っ暗だ。人間は無事寝れただろうか?




 戸棚の上に置いてあった電灯のリモコンで豆電球を光らせ、室内を薄暗くする。


 


ピッ!




 机の上を見るとマグカップに注いである牛乳は2杯とも飲まれていた。




(喉乾いてたのか……)




 それから、ベッドを見ると薄い毛布に包まり、小さく震えている人間がいた。




「ただいま、ごめんね、一度起きたんだね」




 毛布に手を触れようか悩んだ時、毛布から人間が顔を出し、泣きじゃくった上目遣いがオレの心をがっしりと捕らえた。




『寂しかった、怖かった……んぐっ……』




「ごめん……」




 触れてもいいのだろうか? 怖がっている人間を癒やすことは出来るのだろうか?




……




……




 そんな思いから、オレの手は時々震えながらも宙で止まった。




……




 そんな停止した腕を人間はそっと触れた。




 腫れ物を扱うみたいに慎重に、優しく、ゆっくり……。




 そして、自分の頬へ運んだ。




「……んっ……」




 人間の頬に触れるか触れないかの距離でオレはそっと手を動かし、人間の頬を優しく撫でた。




「ただいま……ごめんな」




……




『……おかえりなさい』




 頬に触れ、頭を撫で、両腕でそっと抱き寄せ、




 安堵からか、すすり泣く人間の背中を撫でた。




……






 数時間前まで互いのことを知らなかったのに、今はもう家族……。




 こいつにとってオレがどういう存在なのかは分からないが




 オレは、こいつが酷く扱われるのを見たくない。護りたい。




 何分かあやした後、オレは部屋の電気を付け、買い物袋の中身を広げた。




 冷蔵が必要な飲み物や食料は冷蔵庫に入れ、明日食べる予定のカップ麺を台所に置く。




 ペットボトルを2本取ってから、人間に手渡しする。




 1本は、オレンジジュースでもう1本は、スポーツドリンク系だ。




 人間はスポーツドリンクをとり、コクリとお礼を言った後、ごくごくと半分ぐらいまで一気に飲んだ。




『っぷはっ………ありがとう』




 人間は、飲んだペットボトルの栓をしっかりと閉め、テーブルの隅に置いた。




「可愛いな……良い子だなぁ……」




 そう言ってオレは頭を優しく撫でた。




 オレがベッドに背を預け、寛いでいると人間は、横にちょこんと座った。




 オレが、寄り添うと人間も同じく寄り添ってきた。




 人間の肌は、ふにっとしていて気持ちいい。獣人だとふわっというかもさっというか。




 それから、十数分経った頃、急に服を引っ張られた。




「ん? 何? どうした?」




 トイレか何かだろうか? それとも腹が減ったとか?




 人間のほうを見ると、人間は立ち上がり、更に服を引っ張ってきた。




『あの……お風呂入りたい……』




「んっ?」




 人間はやがて、お風呂場の前までオレを引っ張った。




「風呂?……嗚呼、入っていいよ」




 オレは、バスタオルと下着の上を差し出す。




 流石にオレのパンツは、ブカブカで履くのは困難だろう……。




 明日、検疫にいったついでに、どのサイズが適しているか教えてもらわないといけない……。




 風呂は、付き添ったほうがいいだろうか?




 悩んでいるうちに、人間は、一度会釈をした後、タオルと下着を持って、浴室へ入っていった。




 どうやら大丈夫そうだ。




「ごゆっくり……」




 オレは部屋に戻り、椅子に座ってから、パソコンの電源をつけ、人間について調べることにした。




 食事面、費用面、その他維持費、それなりに掛かるみたいで、半年以上GRちゃんを拝むことは厳しくなったかもしれない。




「はぁ……オレ、衝動買い乙!」




 ご愁傷様というスタンスで自分を自虐したが、ふと、さっきまで座っていたベッドの横側にオレと人間の残像が見えた。




 どちらも微笑んでいて、お似合いに思えた。




「ニヒヒッ…‥さってとぉー」




 衝動買いの後悔よりも、前を向かなくては、そう思えた。




 だって現に明日明後日が凄く楽しみだ。




 それから、人間が風呂から出てくるまで、『人間を飼って幸せだと思った瞬間』に類似したワードでウェブ検索して、これからの生活をワクワクしているオレが居た。








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chips その10




獣人の世界の文字は人間の世界の文字と似て異なるもので


人間が獣人世界の文字を理解するのは相当に難しい。










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 10分ぐらいが経過した頃、オレの下着(上)に着替えた人間が居た。




 ブカブカのオレの下着、短いスカートの様に人間のパンツを隠していた。




 人間のパンツは薄っすらと見えた。


 


 気がつけば、目を凝らしてそれを見ようとしているオレが居た。




 その視線に気づいてか




『……キャッ!……』




 短い悲鳴の後、オレの下着を下にひっぱり更に手で透けるのを防止した。




「あー……ごめん」




 人間ってパンツ姿見られるのも恥ずかしいのか




 視線をパソコンに戻した後、ふと、人間の胸のあたりに、何か着用しているのが見えた。




 気のせいだろうか? 今振り向くと嫌がらせそうなので、オレは暫くパソコンに集中した。




……




 人間の気配を後ろに感じた後。




『ありがとう』




 今日何度目かの『ありがとう』という言葉にオレは振り向いた。




 そこには、赤茶色いジャージ上下の人間が居た。




……




 なんていうか……衣装萌え?




 気がつけば、椅子から立ち上がり、人間を抱きしめていた。




「うー、めっちゃ可愛い……美人だなぁ……オマエ」




 そして、髪からはオレの家のシャンプーの匂いもしてより一層愛着がわいた。




 匂いが似たせいか、オレの家族という実感が強くなった気がする。




 そんな抱きしめている時だった。




 人間も抱き返してくれて間もない頃、




……グーッ……ギュルルッ……




 人間の腹の虫がなったようだ。




『あぅ……』




 何故か恥ずかしそうに呻く人間。




 それもそれで可愛い。




「あー、ごめんな、なんか食べような」




 そう言って、オレは、コンビニで買ったコッペパンに惣菜が挟んであるパン2個と即席の味噌汁を人間に振る舞った。




 もう少し食べさせてもいいが、もう夜遅い、これぐらい食べれば十分だろう。




 オレも人間も手を合わせてから、それぞれの言葉で食べ物に対する感謝の念を送る。




(いただきます)






……






 食べ終わってから、ちゃぶ台を片付け、ベッドの端に座っていると、人間は座りたそうにオレの前に立った。 




「いいよ、おいで」




 オレがにっこり笑うと、人間もちょっぴり恥ずかしそうだが微笑んでくれた。




 人間はオレより一回り小さい、だから、ちょうど顎が乗るぐらいの一に人間の頭があった。




 オレが顎を軽く載せたり、お腹をなでたり、ギュッと肩を抱いたりしても




 人間はずっと微笑んでくれていた。




 これから仕事以外の殆どの時間ずっと一緒なのかな?




 気持ちがワクワクしていた。




 初日ですらこんなにワクワクが止まらないのなら、明日、明後日はどんな素敵な日になるだろうか。




 オレが弾くギターも気に入ってくれるといいなぁ……。




 暫くいちゃいちゃしてから、人間に歯ブラシを差し出し、一緒に歯を磨いて、オレがトイレを済ませてから、人間もトイレを済ませた。




 ダブルベッドではないが、くっつけばそれなりに眠れそうだった。




 人間は嫌がることなく、オレが先にまっていたベッドに入りたそうに見ていた。






 ポンポンとベッドを叩くと、小さくお辞儀をしてから、人間はオレに背を向け、寄り添ってきた。




 リモコンで電灯を消してから。




 オレが優しく人間を包むようにして、抱いて寝た。




 本気の恋人なんて出来たことないオレだが、恋人ができるってこういうのに似てるんだろうかなぁ……?




 そんなことを思いつめる間もなく。オレは心地よく深い眠りについた。






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chips その11




人間と獣人は体温が異なるため、殆どの病気が感染しあうことはない。


ただ、時折、人間にとっては無害で、獣人にとっては有害な細菌もいるので


この世界では最初はかならず検疫を行うことになっている。




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