櫻の木の下に自分の死体を埋めてみよう

水薦苅しなの

櫻の木の下に自分の死体を埋めてみよう

 私の目の前には、太く立派に桜の木と、それの一番太い枝にぶら下がった首吊り用の紐があった。


 「後悔はありませんか?」

 人生で最も勇気のいる行動を共にするのは、私のメイドロボットであるアイリスだ。


 私には夢があった。かつての梶井基次郎の小説「桜の樹の下には」を実際に再現する、という夢だ。


 ――そして今、 その夢を現実へと写すのだ!


 私が櫻の枝で首を吊って死に、そしてアイリスが私の躯を櫻の木の下へと埋める。これほど完璧な作戦があっただろうか。


 「――私はいやです」

 アイリスがショベルを持ちながら唐突にそう言った。


 私は驚愕した。

 なぜ私がアイリスを作ったのか。なぜ世間から批判を浴びながらもアイリスの開発を止めなかったのか。


 その理由なんて簡単だ。すべては今日のためであったのだ。

 人間は情があるし法律に縛られている。だからこそ私の死体を埋めるロボットが必要だったのだ!

 しかし、今、その心はアイリスの発言によって裏切られた。


「常日頃から言っているじゃあないか、ロボットの幸せとはマスターの幸せだって」

「いえしかし、私にはマスターが幸せには思えません」

「それはなぜだい?」


「――だって、多分マスターが求めているのは、死を以てしか得られない美などではないから」

 アイリスはショベルを地面に置いた。


 私はさらに驚いた。アイリスが「美」というものを理解していたからだ。

 美というものについて知るだけではなく、それを語ることができたとは。


 ――マスター、あなたが求めているのは……本当に求めているのはこれでしょう?

 そういうとアイリスは私の元へ駆け寄り、私に抱きついてきた。


 私は、アイリスの20Vの脳が、どうしてそういう結論に至ったのかよく理解できなかった。そうして理解できないまま、私はただ抱擁を受け入れるしかなかった。


 私はアイリスのジュール熱を体感しながら、自分の送ってきた人生について考えてみる事にした。


 私は常に周りに対して劣等感を抱いていた。それは、私が病弱であったせいでもあるのだろう。

 そして、いつしか私は常に希死念慮を抱くようになっていった。


――私なんかに生きている価値なんてない。ならばいっそ……


 しかし、いつの日か私の隣には女性がいるようになった。

 死にたい時に、いつも隣で励ましてくれた女性がいるようになった。


 これは傍から見ると幸せなことなのかもしれない。だが、少なくとも私にとっては、これは不幸なことであった。

 自らの劣等感を、「死にたい」という言葉でかき消していたのに、その女性の存在によって、それができなくなってしまったからだ。


 私は、傍にいる女性を自分から引き離そうと一生懸命にもがいた。

 そしてついに女性は私の傍から離れていったのだった。


 私は達成感に満ち溢れた。しかし、同時に自分に疑念を抱くようになった。

 ――本当にこれで良かったのか?


 私は、私の希死念慮がひどく空虚なものに見えてきた。だから、それを芸術へと昇華させようとした。私の頭の中には、死が絡む芸術は「桜の樹の下には」しかなかった。

 そこで私は自らの死体を埋めようと決意したのだった。


 ――あれ……なんで私が今ここで死ぬのは、本当に私が望んだことなのだろうか。

 いや――私が望むものは一体なんだったのだろうか。


 私が回想から目が覚めても、まだアイリスは抱きついたままだった。

 私の目の色が変わったのを確認すると、アイリスは

「わかった?――だから、一緒に死のう?」


 アイリスは地面に置いたスコップを再び手に取ると、私の事を思いっきり殴った。

 そうして私は無事冥界へと召されたのであった。


 後に警察は、死体と死体に抱きついたまま壊れたロボットを発見したのだった。

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櫻の木の下に自分の死体を埋めてみよう 水薦苅しなの @Misuzukari_Shinano

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