第25話 修羅場な幼なじみ
本日、期末試験が無事に終了した。
手ごたえは抜群だ。中間試験と同じか、それ以上の結果になると確信している。
試験前の勉強会で大きく集中力を欠く場面もあったが、引きずることなく立て直した。自分のメンタルを褒めてやりたい。昔だったら頭がおかしくなっていたかもしれないが、高校生になったことで俺自身も成長していたようだ。
さて、その日。
試験から解放されたことで少しばかりテンションが上がっていた俺は、趣味である散歩を満喫していた。
多くの生徒は街に繰り出しているか、寮でまったりしている。試験終わりの学園付近には誰の姿もなかった。絶好の散歩スポットである。
「一学期も残すところわずかだな」
歩きながら頭の中にこれまでの出来事を浮かべる。
すべての始まりは散歩だった。
あの日、犬山が先輩を詰めていた場面を目撃したことから始まった。あそこから芋づる式に面倒事が増えていった。
蒼葉との接触が増えたのもあの辺りからだった。犬山の修羅場を発見しなければ蒼葉との接点もないままだったかもしれない。
などと、考えながら歩いていたら。
「――げないでっ!」
怒鳴る女の声が聞こえてきた。
「おっ、修羅場か?」
内容も声の主もわからないが、激怒しているのはわかる。
これは恐らく修羅場だ。
興味本位で声のするほうに向かってみた。普段なら関わり合いになりたくないと思って近づかないが、試験が終わったばかりという解放感もあったのだろう。
負け主人公に無縁なものランキングがあったとして、その上位に輝くのは「修羅場」である。修羅場とはモテ野郎の代名詞であり、異性にモテない奴にはまるで無縁のものである。
気配を消して慎重に接近すると、声の主を見つけた。場所は校舎の裏手で、普段は誰も近づかない場所だ。
視界に一組の男女が映った。距離があるので顔はわからないが、どちらも制服なので生徒だ。
俺は耳に全神経を集中させた。
「……すまない」
男のほうが謝罪して頭を下げた。
修羅場というよりは、女のほうが一方的に男を追い詰めている様子だ。男のほうが浮気でもしたのだろう。
まったくもって馬鹿な奴だ。
恋人を裏切るとか最低の行為だ。裏切り者の末路など最悪に決まっている。よし、ここは女の味方をしよう。
「謝ってないで説明して欲しいんだけど!」
……えっ?
聞き覚えのある声に、俺の足は自分の意思と関係なく近づいていた。そして、声を発していた女子生徒の正体を確認する。
全身が震えた。
女子生徒の名前は、
それは俺の人生において忘れられない少女だった。
『一緒に花冠学園に通って、卒業式の日に花束の交換をするの。それでね、卒業したら結婚して幸せに暮らすの。絶対勝ち組になりましょう!』
呪いとも呼ぶべき言葉をプレゼントしてくれた幼なじみ。
良くも悪くも俺の人生を縛ってくれた相手が立っていた。
あいつの顔を見たら感情を抑えきれないと思っていた。裏切り者だとブチ切れると。でも、実際そうはならなかった。
何故なら、視界に映る葵が今まで見たことがないくらい激怒していたから。狐坂と喋っていた時とは別人みたいだ。
「っていうか、私を避けてたよね?」
「……」
「会いに行ったのに無視するし」
「…………」
「最初は我慢したんだ。この学園に慣れるのは大事だろうって。けどさ、そろそろ事情くらい話してくれてもいいんじゃない?」
そして、相手の男の顔は――
「っ」
ある意味では予想通りで、ある意味では想定外だった。頭を下げていた男はもう一人の幼なじみであり、元親友の蒼葉だった。
修羅場を繰り広げているのがこの二人だとわかった瞬間、この場から逃げるという選択肢は消えた。
……しかし、どういうことだ?
口ぶりから察するに葵は以前からコンタクトを取ろうとしていたらしいが、蒼葉がまともに相手をしなかったらしい。
「入学直後から変わらないね。無言と謝罪の繰り返し」
「……」
「説明して。蒼葉が獅子王の後継者とかありえない。それだけは絶対にありえない。誰よりも私が一番よくわかってるから。けど、周りの連中は蒼葉が獅子王だって言ってる。実際、宝龍のお嬢様を差し置いて入学の挨拶してたし」
ありえないってどういう意味だ?
蒼葉の奴は紛れもなく獅子王の後継者だ。会長からの手紙にもそう書いてあった。これに関しては疑いの余地がない。
「説明してよ」
「……すまない」
「だから、謝ってるだけじゃわからないって!」
太陽みたいに明るかった葵の顔が鬼に見えた。
そういえば、別れたらしいけど今はどういう関係だ?
険悪な様子からしてケンカ別れでもしたのだろうか。俺に経験はないが、ケンカして別れたカップルは険悪になるという。あいつ等も例に漏れずそうなっているのだろうか。
それにしては会話の内容が少し変だけど。
「何も話せないんだ」
「どうして?」
「言えない。葵の言う通り、僕に出来るのは謝ることだけだ。そして、葵が聞きたい部分に関しては喋れない」
蒼葉はただ謝るだけで、何も言わなかった。
……大人しく獅子王の後継者と言えばいいのに。
蒼葉の奴は隠しているつもりだろうが、全員がその事実を知っている。クラスでもそれとなく聞こうとしていた輩もいたけど、答えなかった。
恐らくは会長と約束しているのだろう。
噂止まりと本人が認めるのは全然違うからな。俺は知っているが、他の連中からしたら確定ではない。入学の挨拶の件もあるので、限りなく確定に近い状態ではあるけど。
「何度聞かれても答えられないんだ」
蒼葉の表情から絶対に何も言わないという決意が見える。
しばし沈黙が流れた。
折れたのは葵だった。
「じゃあ、一つだけ聞かせて」
「……」
「あの時、全部知ってたの?」
「僕は何も知らなかった。それは本当だ。もし、知っていたらあの提案には乗らなかった。それは葵が一番よくわかっているはずだろ」
蒼葉は再び頭を下げる。
「謝罪はするし、いくらでも罵倒してくれて構わない」
「……」
「葵の事情はわかってるつもりだ。けど、僕にもどうにもならない事情がある。本当にどうにもならない事情が。だから獅子王のことは――」
言いかけて、蒼葉は言葉を止めた。
「とにかく、今は何も言えない。僕に言えるのは葵には何もしないで待っていてほしいということだ」
「っ、勝手なこと言わないでっ!」
「自分でもそう思うよ。でも、葵がジッとしていてくれれば上手くいく。間違っても僕のクラスには来ないでほしい」
「……」
「そういうわけだ。失礼するよ」
葵は去っていく蒼葉の背中をしばらく睨みつけていた。
俺はといえば、建物の陰で石像のように固くなっていた。その場から動けたのは、誰もいなくなって数分が経過した後だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます