第26話 一学期の終わり

「お互い無事生き残ったな!」

「これで二学期に進めるね!」


 花冠学園で過ごす一学期が終わった。


 俺と伊吹はアプリで花の数を確認すると、健闘を称え合った。

 

 本日、終業式の後に最終結果が発表された。大丈夫なのは最初からわかっていたが、実際に確認するまで不安だった。


「しかし、冬茉は凄いよ」

「そうか?」

「僕はぎりぎりの6本だよ。期末は頑張ったけど、中間試験ではゲーセン通いしていたのがまずかったかな。クラス順位でも上位を逃しちゃったし」

「ノルマをクリアしてれば十分だろ」


 花冠学園名物でもある【花制度】は、学期末にノルマ以上の花を所持している必要がある。一学期のノルマは5本だった。


 俺は合計9本の花を獲得した。


 初期から持っていた1本、中間と期末試験を合わせて計4本、皆勤賞で1本、問題を起こさなかった模範生徒で1本、部活動で1本、そして体育祭のペアダンスで1本を獲得している。


 ちなみに期末試験の結果だが、中間試験と同じ順位だった。点数は上がっていたが、上位二人の牙城は崩せなかった。


 期末試験も中間と同じで、クラス順位と学年順位で上位に入賞するとそれぞれ花を貰える。


 花の数は試験と同様に順位付けされており、誰でも閲覧が可能だ。俺は学年全体で二位の花所持数となった。


「そうだよ。北沢君なんて全然ギリギリじゃないから」

「狐坂さん?」


 狐坂が会話に入ってきた。


「本当にぎりぎりだったのは私のほう」


 何となく答えはわかりながらも聞いてみる。


「結果はどうだったんだ?」

「ジャスト5本」


 本当にぎりぎりだった。


「でも、無事にノルマはクリアしたじゃないか」

「そうだよ。おめでとう、狐坂さん」

「本数は気にしなくていいと思うぞ。先生も言っていたが、基本的にノルマはクリアできるものだ。素行が悪い奴だったり、赤点取るような努力不足の怠け者だったり、不真面目な奴を弾くためらしいからな」

「そうそう、悔しいなら来学期に頑張って巻き返せば問題ないよ」


 俺と伊吹はフォローする。


 そもそも一学期はテストで上位を取らない限り5本になるよう設定されていたのだ。実際、ジャストの数でクリアしている生徒は多数いる。残念ながら退学となってしまった生徒も少数いるけど。


「ありがと。まあ、実際はノルマを達成できて凄く嬉しいんだけどね」


 狐坂は試験では稼げなかったが、皆勤賞と部活動、模範生徒と体育祭のペアダンスで花を獲得してどうにかノルマをクリアした。


「それで、西田君には改めてお礼を言おうと思って」

「お礼?」

「勉強会だよ。あれ、凄く助かったんだ。赤点で花が没収されるし、あれのおかげでぎりぎり赤点を免れたからさ。教えてくれて感謝してるよ」

「……狐坂の努力の結果だ」


 あの時、狐坂がどれだけ必死に勉強したのかを見ていた。


 俺も手伝ったけど、生き残ったのは自らの努力があったからだ。それに関しては疑う余地がない。


「そういえば、狐坂は夏休みどうするんだ」

「家に帰って家族と過ごす予定。家族以外だと友達と遊ぶ約束もしてる。それから、仕事も少しするかな」

「アイドル活動は休止中じゃないのか?」

「がっつり活動は無理だけど、雑誌のインタビューとかあるんだ。私ってグループ内で初めての現役花冠学園生だし。あちこちのメディアが話を聞きたいって」


 狐坂の所属しているグループで中学生アイドルは初めてだったな。


 現役の花冠学園生だし、需要は高そうだ。


「気が向いたらチェックしてね」

「おう」

「僕もチェックするよ」

「ありがと。じゃ、また二学期に」


 狐坂が去っていく。口ではぎりぎりだったとか言っていたが、その表情は安堵に満ちていた。

 

 入れ替わるようにして犬山が近づいてきた。


「おっす、西田に北沢!」


 犬山は自慢げに胸を張った。


「自慢になるけど聞いて。あたし、花を10本集めたんだ!」


 そう言いながら犬山はスマホを見せつけてきた。犬山が学年トップなのは順位の欄で真っ先に出てきたから知っている。


「おめでとう。さすがだな!」

「学年主席は伊達じゃないね!」


 素直に褒めると、犬山は破顔した。


「ありがと。頑張った甲斐があったよ。他の連中はどこか悔しそうだったけど、西田と北沢は素直に褒めてくれるから気持ちいいね。やっぱ、庶民代表のあたし達の絆は最強ってわけだね」


 犬山が圧倒的な花を獲得したのはテストのおかげだ。


 学年トップに輝くと更に追加で1本貰える。つまり、犬山は中間と期末試験だけで計6本を稼いでいる。


 最大獲得数は11本だが、犬山はペアダンスで花を貰えなかった。まじめに練習しなかったからだ。だから合計で10本だった。


 余談だが、テストで二位だった奴も花は俺より少なかった。恐らくどこかで取りこぼしているのだろう。


「そういや、夏休みはどうするんだ?」

「とりあえず帰省して、家でまったりかな。特に……予定もないし」


 一瞬だけ間があったのは例の先輩に関係することだろうか。


「ってわけで、二学期もよろしくぅ!」

「おう!」

「またね」


 犬山との挨拶を終えると、伊吹も立ち上がった。


「僕もそろそろ戻るよ。早く寮に戻って荷物を片付けないと。家族にお土産も頼まれてるし、時間が足りなくなりそう」

「すぐ家に帰るのか?」

「明日の朝一かな」

「そっか。じゃ、また寮の食堂で」

「うん。また晩御飯の時に」


 伊吹は足早に教室を後にした。


 教室から徐々に人が減っていく。俺もそろそろ帰ろうかと準備を始めたところで、人影が近づいてきた。


「おっ、そっちはどうだった?」


 近づいてきた人影――兎川に声を掛けた。


「フン、大丈夫に決まってるでしょ。夏蓮が退学なんてありえないわ!」

「ちなみに花の数は?」

「5本よ!」

 

 ぎりぎりじゃねえか。


 呆れ顔をしていると、兎川に睨まれた。


「別にいいのよ。二学期に進めるし、ここから挽回するわ!」

「まあ、大体の奴がノルマぎりぎりだからな」

「そゆこと。で、あんたにはその……世話になったわね。ホントに感謝してるわ」

「感謝?」

「ペアダンスと勉強会。あれのおかげで生き残れたから」

 

 兎川の花も基本的に狐坂と同じだ。


 ぎりぎりではあるが、まじめに努力しているので退学にはならなかった。


「来学期は厳しくなるみたいだから夏休みは頑張らないと」

「なら、夏休みは勉強漬けか?」

「多分ね。お父様には花が少ないって文句言われるだろうし、間違いなく勉強させられると思うわ」


 兎川は苦笑した後。


「あっ、南野との件も改めて感謝しておくわ」

「気にするな。困った時はお互い様だ」

「気にするわよ。勉強会のこともそうだし、借りっぱなしは嫌だからなるべく早く返すことにするわ!」

「……わかった。楽しみにしてる」

「楽しみに待ってなさい。じゃ、また二学期に」

  

 兎川が去っていく。

 

 これで終わりだな。他に知り合った人間もいないことだし、俺もさっさと寮に帰ろう。


「西田君!」


 歩き出したところに蒼葉がやってきた。

 

 あいつと――猫谷葵との接触後、蒼葉はしばらく元気がなかった。誰が話しかけても心ここにあらずといった対応をしていた。試験前後だったのが救いで、多くの生徒は期末試験がナーバスになっている理由だと推察していた。


 気になる。


 俺が消えてから何があったのか。どうして関係がズタボロになってしまったのか。葵の後継者云々という発言にはどういった意味があるのか。

 

 だが、聞くわけにはいかない。それを聞けばすべてが終わってしまう。


「一学期の花集めはクリアしたみたいだな、南野」

「えっ、ああ、うん」

「おめでとう」

「ありがとう。それから、一学期は本当にお世話になったね。西田君がいなかったら大変だったと思う。あの勉強会のおかげでクラス順位でも花が貰えたから」


 蒼葉は花6本だった。


 期末試験でクラス順位で上位に入り、花を手に入れた形だ。


「二学期もよろしくね。じゃあ、また」

「あ、ああ」


 元親友が颯爽と去っていく。


 今度こそ教室から誰もいなくなった後、俺はゆっくりと歩き出した。激動の一学期はこれで完全に終わりだ。


 新しい友との出会い。

 元親友との再会。

 元親友を狙う女子生徒との出会い。

 そして、過去の因縁――


 総合的に見れば楽しかったと言えなくもないが、メンタルが随分と削られた日々ではあった。


 花を集められなかったら即退学。


 退学はすなわち死を意味する。まさに死と隣り合わせだ。恐らく時間を積み重ねていけば行くほど重圧は大きくなっていくだろう。


 それに、花束交換をしなければ人生は終わりだ。今はまだ相手がいないどころか、候補すらいない状況。


 前途は多難だけど、無事に一学期を生き延びた喜びを噛みしめるとしよう。


「――俺はなるぞっ、絶対勝ち組になるっ!」


 あえて口に出し、決意を新たにする。


 そして、高校生生活最初の夏休みが始まる――

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