第24話 絶対に顔を合わせないようにしよう

 どうしてあいつがここに?


 声だけじゃない。狐坂が「あおい」と名前を呼んだことで確定した。間違いなく俺を裏切った幼なじみだ。


 ……花冠学園に通っていたのか。

 

 ここに通っていることも知らなかった。


 知らないのも当然で、一般入試組の俺は目立つことを避けていた。休み時間も教室の隅でジッとしていた。他のクラスの生徒に関して一切知らない。


 本来なら蒼葉の嫁候補が誰になるかわからないので調べるところだが、肝心の蒼葉がクラスから全く動かなかった。あいつが他クラスの生徒に手を広げるならこっちも調査に動く必要はあっただろう。しかし、幸か不幸か蒼葉は動かなかった。だから他のクラスのチェックはどうしても甘くなっていた。

 

 事前の下調べが足りない?


 入学試験をパスするのに必死で下調べなどできる環境でもなかった。


 大体、俺との約束を白紙にしたくせにどうして花冠学園に――


 理由はわからないし、知りたくもない。しかしこれはまずいぞ。非常にまずい。

 

「柚子ちゃんが図書室に来るの珍しいね」

「勉強会してるんだ」

「勉強会?」

「そっ。クラスの人達と」


 視線を感じた俺は自販機のほうを向いたまま、会釈した。


 不審に思わないように飲み物のボタンを押した。出てきた飲みものを抱え、忙しいですよアピールをする。


「仲良くやってるみたいだね」

「まあね」

「柚子ちゃん、腹黒いところあるから友達が出来るか心配してたんだ。その様子だと上手く隠してるみたいだね」

「失礼だな、葵ちゃんは」


 ホントに失礼だが、腹黒いというのは当たっている。


 しかし、こいつ等はどういう関係だ?


「これでもトップアイドルだからね。猫かぶりのはお手の物だよ」

「トップは気が早くない?」

「じゃあ、次期トップってことで」


 そう言って笑い合う。


 ふむ、会話から察するに仲良しみたいだ。狐坂のほうは本気かわからないが、幼なじみのあいつの様子から本当に仲が良いとわかった。


「そっちのクラスはどう?」

「前に言った時と変わらないかな」

「葵ちゃんなら大注目でモテモテじゃない?」

「全然だよ。こっちには宝龍のお嬢様がいるからね」

「そっちにはそっちで大注目の人がいたね。噂だとかなり元気が有り余ってるみたいだけど、実際のところどうなの?」

「……強烈だね」

「元気印の葵ちゃんが言うってことは、本当に凄いんだね」


 会話を聞きながら心臓がずっとバクバクと大きな音を立てていた。

 

 俺は自販機から目を離さない。


 不審にならないよう再び適当な飲み物のボタンを押す。何の飲み物が出ているのか自分でもわからない。


 絶対に顔を合わせてはいけない。


 顔を見たら正体が……多分バレないだろう。


 元親友にバレなかったのだ。きっと正体はバレない。いやしかし、蒼葉よりも付き合いが長いのでもしかしたらバレるかもしれない。


 ただ、何よりも怖いのは俺自身の反応だ。あいつの顔を見たら恐らく我慢できない。我慢できずにぶちまける気がする。ぶちまけてしまったら蒼葉にも知られるだろうし、そうなったらすべてが終わってしまう。

 

 だから顔を合わせない。これが正解だ。


 少しでも不審にならないよう、再び自販機のボタンを押す。このままゆっくり作業しよう。そうしている内に会話は終わるはずだ。俺の存在など無視して会話を終えてくれ――


「勉強会か。そういえば、柚子ちゃんのところは学年一位と学年三位がいるんだよね。一緒に勉強したら捗りそう」

「ふふふっ、良いところに目を付けたね」

「どうしたの?」

「何を隠そう、ここにいるのが学年三位の西田冬茉君だよ!」

「えっ!?」


 この馬鹿野郎が。


 その紹介されたら注目されるだろ。


 あいつからの視線を背中に浴びながら、俺は再び自販機のボタンを押す。テンパっているので先ほどから同じ飲み物が出ている。


「男子では一位の人だよね」

「実は私の友達」

「へえ」


 視線を感じたので、俺は再び会釈した。それ以上の反応はしない。


「もしかして、無口キャラだったりする?」

「そういうわけじゃないけど。おかしいな」


 聞こえてるぞ。


 だが、喋るわけにはいかない。


「おーい、西田君?」

「ナンダ!?」

「なにその変な喋り方」

「イツモドオリジャナイカ」

「……まあ、喋りたくないこともあるよね。いきなりだと緊張するし」


 別にそういうわけじゃないけど、今はそれでいい。


「新発見だけど、西田君って意外と内気っぽい」

「照れてるわけか。中々可愛いね」

「でしょ?」


 勝手なこと言うなよ。

 

 自販機のボタンを押す指に力を込めた。


「勉強会の邪魔しちゃ悪いから、そろそろ戻るね」

「うん、またね」

「試験終わったら買い物でも行かない?」

「いいね。連絡待ってるよ」


 その言葉を最後に、あいつは去っていく。


 完全に消え去ったのを確認してから、俺は振り返った。

 

 危なかった。まさか飲み物を購入するだけで人生最大の危機になろうとは。心の準備が出来ていない窮地は勘弁してくれよ。


 しかし、今後も気を付けないとまずいな。あいつがここに入学しているのは完全に想定外だった。


「意外だったよ。西田君って人見知りするタイプなんだね」

「……」


 面倒だからそれでいい。


「狐坂、さっきの人は?」

「西田君にだけは言ってもいいかな。あの子はここに来る前からの友達なの」

「えっ?」

「ほら、前に言ったでしょ。私があのクソ野郎の足取りを追いかけたって。で、その情報は友達から教えてもらったって」


 そういえば、言っていたな。


 ちなみに狐坂の言うクソ野郎ってのは蒼葉のことだ。


「教えてくれたのが彼女なの」

「っ、そうだったのか」

「アイドルになってからは変な奴が付きまとって誰も信用できなくなったけど、あの子はその前からの関係だから一番信頼できるんだよね。裏がないのもわかってるし」


 狐坂は俺と入れ違いであの地域にやってきた。


 つまり、幼なじみのあいつとも面識がある。


 よく考えればそうじゃないか。仲良くなっていても不思議じゃない。あの女は蒼葉と交際していたわけだし――


 あれ、でもおかしいぞ。


 当時の狐坂は蒼葉が好きだった。でもって、あいつと蒼葉は付き合っていた。


「仲良いのか?」

「さっきもやり取りで大体わかるでしょ。親友だよ」

「……親友?」

「私が転校してからもずっと連絡取り合ってたし。葵ちゃんがいなかったら花冠学園に来ることもなかったからね。入学してからも休みの日とかは街で一緒に遊んだりしてるよ」


 嘘を吐いている様子はない。


 恋愛の機微みたいなのはわからないが、普通に考えると恋敵として敵対しそうなものだがな。

 

 狐坂は知らないとか?


 狐坂の告白を断った後で俺が転校してきて、それから交際が始まった。それなら知らなくても無理はないだろう――


 だとしたら相当だぞ。あいつは親友の好きだった男を寝取って、その後に親友面してたってことかよ。


 ドン引きですよ、ドン引き。

 

 そこまで考え、首を横に振る。


 忘れよう。今の俺は負け主人公ではないのだから。ここで熱くなったところで何もない。


「……親友に会えて良かったな。じゃあ、戻るか」

「ちょっと待って」


 図書室に戻ろうとしたら止められた。


「それ、全部おしるこだよ?」

「……」


 どうしてこの時期におしるこが販売しているのでしょうかね?

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