第6話 クラスメイトと友好的な後継者
「……ようやく終わった」
ぐったりした表情で伊吹が漏らした。
自己紹介が終わった後、小早川教諭から学園のルールについて説明された。これがまた長かった。
まず、学園生活と寮生活における注意があった。
これについて特筆すべきことはない。寮の管理人に迷惑を掛けないようにしなさいとか、門限は絶対に守るようにしなさいとか、学園の品位を落とすような行動と発言をするなとか、そういう普通の注意だった。
その後、花冠学園独自のルールについての説明があった。
「有名な【花制度】だけど、想像よりもしっかりしてたね」
「専用アプリとか初耳だったな」
俺はスマホを取り出す。
花冠学園に入学する際、スマホを持ち込むよう指示されていた。その理由が今日判明した。学園から贈られた花に関しては専用のアプリで管理することになる。
「今は”1本”だね」
「履歴を見ると入学祝いらしいな」
現在の花の数は「1本」だ。入手履歴を確認すると入学祝いとなっていたので全員同じだろう。
「退学しないように気を付けないとね」
「毎年ちらほらと退学者が出てるみたいだからな」
「まあ、すぐ退学になるようなのは不真面目な生徒ばっかりみたいだけど」
規定の日時までに学園側が定めた数の花を獲得できなければ退学となる。いかなる理由があってもこれは絶対だ。
最初の課題は一学期終了時点で”5本”の花を集めること。
これが多いのか少ないのか、現段階ではわからない。
「一般人からしたら花の譲渡とか強奪がないのは助かったな」
「それを認めるとお金持ちほど有利になるからね」
「素行が悪かったり、赤点を取ると花の没収はあるみたいだな」
「これには気を付けたいところだね」
花制度に関しての情報はこれくらいだろう。
振り返りが終わると、伊吹は「そういえば」と言って話を変えた。
「自己紹介が終わったけど、冬茉は誰か印象に残った人いた?」
「全員残ったようで、全員残らない感じかな」
「どういう意味?」
「住む世界が違いすぎてピンと来なかった」
自己紹介では実家について触れる生徒も多かった。
判明したのはここにいる大半の生徒が金持ちの家で何不自由なく育った勝ち組ってことだ。社長の子供していたり、地主だったり、親が有名人で悠々自適な生活を送っていたり、生まれながらの勝者しかいない。
テレビとかネットで金持ちを見ている感覚になり、現実感がなかった。
「言いたいことはわかるかも。特に彼は――」
伊吹はある場所に視線を向ける。
全体を通して最も注目されていたのが蒼葉だ。先ほどの入学式で挨拶を行った人物であり、おまけに顔はイケメンだ。注目されるのはわかる。
ただ、注目され過ぎているのが気になった。あいつは自分の口から「獅子王の後継者」と言わなかった。苗字だって違う。それなのに誰よりも注目されていた。
……ここは知らないフリして聞いてみるか。
「そういえば、彼は大注目だったな。もしかして有名人なのか?」
何食わぬ顔で尋ねると、伊吹は何とも言えない表情になった。
「知らなくても無理ないかな。冬茉は寮のことも知らなかったし、学園についてあんまり調べてないみたいだしね」
「まあ、忙しかったからからな」
「入学式で彼が挨拶してたでしょ。その理由ってわかる?」
「普通に首席じゃないのか」
こういう場合は入試成績がトップの生徒が務めるものだろう。
あれ、待てよ。
蒼葉の学力は普通くらいだった。小学生の頃は俺の圧勝だったし、中学の頃に再会した時だってそれほどじゃなかったはずだ。
「普通の学校ならそうかもしれないけど、花冠学園の場合は別なんだ。推薦した人によって決まるんだよ」
「推薦人で?」
「この学園は基本的に推薦入学でしょ。でね、一番権力のある人に推薦された生徒が入学式の挨拶をするんだ。これは学園の伝統なんだ。まあ、権力といっても色々難しいところはあるらしいけど」
要するに最も権力のある人間から推薦された生徒が務めるわけだ。
「なるほどな。彼が注目されてたのはそういうわけか」
「そっ。しかも今年は特別でね。宝龍グループのお嬢様が入学したんだ。普通なら彼女が挨拶をするはずでしょ」
宝龍グループといえば獅子王に次ぐ巨大なグループだ。
「今年の入学者には総理大臣の子供とかいないし、皇族もいない。これはあくまで噂だけど、彼はあの獅子王会長の孫じゃないかって話だよ」
そういう類のバレ方もあるのか。
宝龍グループのご令嬢よりも上の推薦人など限られている。それこそ、一握りしかいない。
「伊吹はよく知ってるな」
「これくらい普通でしょ。ネットで噂になってたから。まっ、僕みたいな一般人に真相はわからないけどね」
「そりゃそうだ」
俺達は笑い合う。
「彼のことは置いておくとして、印象に残った女子生徒はどう?」
「女子限定かよ」
「僕だって卒業の日に花束交換とかしてみたいんだよ。だから、そういう系の話に興味があってね」
「気持ちはわかる」
俺もずっと憧れていた。今となっては花束交換をしなければならないわけだが。
「印象に残ったのは二人だな」
「相手は大体わかるけど、一応聞かせて」
最も気になった人物に視線を向ける。
「あのギャルだ」
まずは犬山彩葉だ。
彼女は一般入試組であり、見た目は完全なギャル。金髪のインパクトは凄まじく、強く印象に残っていた。彼女以外にギャルっぽい生徒はいない。圧倒的に個性的というか、目立たないはずがない。
「間違いなく印象に残るよね。他には?」
「次に気になったのは狐坂柚子って子かな」
アイドルとかモデルでも不思議ではない美少女で、容姿の面では群を抜いている。テレビに出演していると聞かされても全然驚かないレベルだ。あのレベルの美少女がクラスメイトとかテンションが上がる。
「彼女は芸能人レベルだと思うぞ」
俺がそう言うと、伊吹は小首を傾げた。
「実際に芸能人だからね」
「やっぱりそうなのか?」
「えっ、知らないの?」
これまでの人生では芸能人とかを調べる余裕はなかった。会長に拾われてからも勉強ばかりで最新トレンドとか芸能方向はさっぱりだ。
「彼女は現役のアイドルだよ」
「マジか?」
「あの人気アイドルグループ初の中学生アイドルってことで凄い話題になった有名だよ。人気投票でも上位のほうだし、今大注目のアイドルだね。この学園に入学するって発表されて世間は大騒ぎだよ」
現役アイドルなのか。
俺はその情報を聞いてかつての親友に視線を向ける。
あいつは昔からアイドルが好きだった。もしかしたら花束交換の相手になるかもしれない。これは調べておいたほうが良さそうだな。
「俺が気になったのはそれくらいだな」
「なるほどね」
「伊吹のほうは?」
「僕もその二人は気になったけど、兎川さんもかなり気になるかな。彼女も容姿が目立ってるし、何よりもあの兎川電機のご令嬢だからね」
印象には残ったが、過去のせいであいつには関わりたくない。
「……まあ、印象的だよな」
適当に答えておいた。
気になった女子生徒はいるが、ひとまずの目標は無難な生活だ。蒼葉との関係を含めてしばらく様子を見よう。無駄に目立つのは避ける。
そう決心した直後だった。
「初めまして。西田君だよね?」
声を掛けてきたのは蒼葉だった。
「え、あ、ああ」
「僕は南野蒼葉です。これからよろしく!」
「よっ、よろしく」
鬱陶しいくらい爽やかな笑みでそう言うと、蒼葉はどこかに行ってしまった。
えっ、わざわざ俺に挨拶を?
意味不明な行動に目を瞬いた。俺に挨拶だけすると、他の生徒に声を掛けるわけでもなく自分の席に戻っていった。
「あれ、彼と知り合いなの?」
「初対面だ」
実際には知り合いだが、今の俺とは面識がないはずだ。仮に、あいつが俺の正体に気付いていたとしたら今の感じで挨拶するのはおかしい。
……というか、自己紹介の時の会釈といい妙に友好的じゃないか?
元親友の行動が理解できず、俺はしばらく首を傾げていた。
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