第1章
第5話 新生活の始まり
花冠学園での新生活が始まった。
期待と不安の入り混じった入学式は何事もなく終わった。正確に言えば新入生代表の挨拶で個人的に動揺したのだが、全体的に見れば何事もなく終わったと表現するべきだろう。
その後、新入生は自分の教室に移動となった。
真新しい制服に包まれた生徒はそれぞれ期待に満ちた顔をしている。自分こそが物語の主人公、自分こそが物語のヒロインであると誇らしげだ。
「……」
期待と希望に満ちた新入生の群れの中、俺は難しい顔を浮かべていた。
半年前までは高校に進学できないと思っていた。それどころか生存も絶望的で、ついにはすべてを諦めて人生の終焉を受け入れた。
それが奇跡的な偶然から花冠学園に入学できた。
卒業すれば勝ち組確定と言われる花冠学園に入学できたのだ。厚い雲に覆われていた未来に一条の光が射したといっても決して過言ではない。
と、ここまではいい。
バッドエンドを迎えてしまった負け主人公の物語に救済の続編があったと喜ぶべきところである。
しかしだ。今後の生活で重要になる獅子王の後継者が裏切り者である元親友だった。おまけにそいつは入学式で堂々と新入生代表の挨拶をしていた。同姓同名という可能性に賭けたが、残念ながら本人だった。
その事実を目の当たりにした俺の心境は「複雑」の一言であった。
天国から地獄というわけではないが、気持ちがすっきりしない。
だってほら、仮に俺が与えられた依頼をクリアしても将来的にはあいつの下で使われるわけだろ。その未来を想像するだけで気分は良くない。
気分は良くないのだが、与えられた依頼をクリアしなければ俺の人生はそこで終わりだ。野垂れ死ぬ未来だけがはっきりと見える。負け主人公のまま何も成せずに物語が完結してしまう。
……マジでどうするよ?
第一目標は確かに復讐ではない。あくまでも俺の目標は自分が勝ち組になることであり、復讐に関しては二の次である。
ただ、裏切り者の勝ち主人公にこき使われる未来が確定しているとなったら心境は複雑だ。この感情を割り切れるほど大人ではない。
金だけ貰って獅子王と無関係な生活を送りたい気持ちになってきたが、人材を確保したい会長との約束を反故にしてしまうので無理だろうな。
「――冬茉と同じクラスで良かったよ」
思考の海を平泳ぎしていると、ポンと肩を叩かれた。
「おう、俺も伊吹と一緒で嬉しいよ」
「校内でもよろしく」
「こっちこそ」
昨日は入寮式があり、寮の先輩と顔合わせを行った。
一般入試組の寮だけあって先輩も普通な感じで、とても居心地が良かった。
先輩だけでなく同級生になる連中とも親睦を深めたわけだが、部屋が隣という偶然もあって最も仲良くなったのはこの北沢伊吹だ。
あっという間に関係が深まり、お互い名前で呼び合うようになっていた。
「難しい顔してたけど、考え事でもしてた?」
「緊張してただけだ」
「確かに緊張するよね。僕等のクラスで一般入試組は四人しかいないからさ」
「そいつは肩身が狭そうだな」
今後については後で考えるとしよう。
伊吹とお喋りしながら歩いていると教室に到着した。すでに開いていた扉を通って室内に入ると、そこには入学初日とは思えない光景が広がっていた。
「同じクラスになれて嬉しいですわ」
「よろしくお願い致しますね」
「今度お茶でもいかがですか?」
ある男子生徒の席を大勢の女子が取り囲んでいた。
囲まれている男子生徒の顔がちらりと見えた。
そこには小学生時代から知っている幼なじみであり、親友と呼べるほど仲の良かった相手であり、先ほど新入生代表で挨拶をした男であり、獅子王グループの後継者でもある男が座っていた。
「……あれが例の」
俺が停止していると、背後で伊吹がつぶやいた。
「えっ、何か言ったか?」
「何でもないよ。ほら、早く席に行こうよ」
「お、おう。そうだな」
困惑する俺を伊吹が引っ張る。
席に向かう途中だった。どうしても気になったので横目でちらちら見ていると、一瞬だけあいつと目が合った。
反応は……なかった。
俺に気付いていないようだ。これはまあ予想通りだな。昔と違って今の俺はコンタクトを装備しているし、美味しい食事のおかげで体も成長している。外見で気付くわけがない。
あのクソ両親すらも俺だとわからないだろう。自分でも鏡を見て首を傾げるくらいなわけだし。
自分の席に到着して間もなくして教師がやってきた。
「入学おめでとう。クラス担任の小早川です」
担任は女性の教師だ。外見はモデルのように美しいが、纏っている雰囲気はキャリアウーマンのように鋭い。花冠学園の教師なので間違いなく優秀な人だろう。
「早速ですが、まずは自己紹介をしてもらいます。名前と自分のアピールをしてください。では、出席番号順にお願いします」
定番の自己紹介が始まった。
他人の自己紹介とか興味がない。今の俺が考えるのはあの元親友をどうするかという点に尽きるのだから。
最初の生徒が終わり、続いての生徒が立ち上がった。興味ないと言ったが、その生徒の髪色が他の人とかなり違うので自然と視線が向かう。
「えっと、
金髪の少女だった。
花冠学園では特に髪色の指定はないが、名門校なので基本的には地味な髪色が多い。だから非常に目立つ。
髪色が派手なだけではない。どう見てもギャルだった。メイクも派手で、いかにも陽キャという雰囲気が漂っている。
「アピールポイントはいくつもあるけど、こう見えても勉強が得意です。あっ、ここに入学した目的はある人を追いかけてきたからです。ってわけで、よろしくぅ」
他の生徒はギャルの登場に驚いているが、俺はそこまで驚いていなかった。
彼女は一般入試組だ。
昨日の入寮式で驚かされたから二度目はない。圧倒的なインパクトがあったからな。ただ、入寮式では顔を見せた後でどこかに消えてしまった。
ざわめきを残しながら自己紹介は続いた。
「初めまして、
その少女が立ち上がった瞬間、多くのクラスメイトが視線を向けた。何事かと俺もそっちのほうを見る。
凄まじいレベルの美少女が立っていた。
顔面偏差値が半端じゃない。今まで俺が見た誰よりも美しい。テレビで見るようなアイドルと同格といっても過言ではない。
「特技は歌とダンスです。私のことを知っている方も多いと思いますが、よろしくお願いします」
本人は注目など気にしていないように涼しい顔をしていた。
今の発言からして、芸能人だったりするのか?
などと考えていたら。
「――
その名前を聞いた瞬間、ビクッと体が震えた。
思わず声の方向を向いた。聞き間違いであることを願ったが、残念ながらその願いは叶わなかった。
見覚えのある小さな少女が立っていた。
「花冠学園に入学できて嬉しく思っているわ。これからよろしく」
その少女を見た瞬間、過去の嫌な記憶が蘇る。
数年前、クソ親に連れられて各地を転々としていた頃にこいつと同じ学校に通っていた。かつての俺はこいつと同じ名前だった。貧乏で男だった俺と、金持ちで女だった兎川。何もかもが正反対だった俺達は周囲から何度も弄られた。
兎川自身に何かをされたわけではないが、名前弄りをされたあの時は本当に嫌だった。
嫌な気分になっていると、俺の番になった。
「西田冬茉です。特にアピールするところはありません。よろしくお願いします」
無難に自己紹介を終えた。
俺に向けられる視線はない。誰も興味がないといった感じだ。当たり前だろう。一般入試組で、特に目立つ容姿でもないからな。
「……」
だが、一人だけ俺を真っすぐに見つめている生徒がいた。
それが南野蒼葉だった。
目が合うと、あいつは見たことがないくらい爽やかな笑顔で会釈してきた。それから何事もなかったように前を向いた。
……何だ今のは?
俺には気付いていないと思う。仮に気付いていたとしてもあの態度は変だろ。
頭の中に疑問が浮かび上がったまま、自己紹介の時間は終わった。
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