第4話 花冠学園と後継者

『一緒に花冠かかん学園に通って、卒業式の日に花束の交換をするの。それでね、卒業したら結婚して幸せに暮らすの。絶対勝ち組になりましょう!』


 ふと、あの約束を思い出した。


 桜の木の下で交わした約束は地獄みたいな生活を送っていた俺の心を支えてくれた。あの約束があったからどれだけ苦しくても頑張ることができた。いつまでも色褪せない大切な宝物で――


「クソだな」


 今となっては忌まわしい記憶でしかない。あの約束を思い出すだけで怒りがこみ上げ、かつての自分の殴り飛ばしたくなる。


 さて、本日は花冠学園の入寮日だ。


 正門付近には多くの人が集まっていた。


 生徒だけでなく大人の姿も多数あった。生徒の近くに立つ親らしき人達の多くが高そうな服だったり、見るからに高価な宝石類を身に着けていた。改めてここがそういうレベルの学園だと理解した。


 ちなみに俺の服は会長からのプレゼントだ。

 

 ここに通う生徒からしたら安物だが、俺にとっては充分すぎるほど高価な服だ。最初はこの服も遠慮したのだが、あまりにも貧乏っぽいと逆に目立つと説得された結果されて受け入れた。


 金持ちだけじゃない。テレビで見かけたことのある女優の姿もあった。どうやら子供が入学するらしい。


「……テレビか。映らないように気を付けないとな」


 テレビカメラは女優の近くだけじゃなかった。


 花冠学園は関係者以外の立ち入りが禁止されているので、入寮日は撮影する大チャンスだ。国の未来を背負う生徒を撮影できるとあって、メディアとしては絶対に見逃せないイベントである。


 俺も昔はこの光景を見て憧れていたものだ。自分もあそこに映ろうと決意していた。


 しかし、今は違う。目立つことにメリットがない。


 生徒達の間を縫うようにして歩く。


「確認しました。それでは、寮へ移動してください」


 手続きを済ませ、案内を貰ってさっさと歩き出す。


 騒がしい正門を抜け、花冠学園の敷地に足を踏み入れた。途中でいくつもの視線を感じたけど全部無視した。


「……」


 誰もいない場所まで歩き、足を止めて大きく深呼吸をした。


 多分、俺は感動していた。


 あの約束は消えてしまったが、それでも花冠学園はずっと目指し続けた場所だ。憧れの場所に立っていることにテンションが上がった。


 右手に巨大な校舎があり、左手には街がある。


 花冠学園の大きな特徴として学園に街が併設されている。カフェ、映画館、公園、ショッピングモール、プール、美容院など生活するのに困らないよう様々な施設が設置されている。


 無論、街で働く人はきっちりと身元が確認されている。店によっては生徒がアルバイトすることも可能だ。


 そして、校舎と街を囲うように高い壁がある。壁の内外に警備員が配置され、侵入も外出も許さない。


 私立花冠学園――


 元々は華族の子弟が通う国立の学校だった。それが歴史のあれこれを経て、今は私立の高等学校になっている。


「わぁ、これが花冠学園なのね!」


 感動していると、弾むような声が聞こえてきた。


 案内を手に持った少女が瞳をきらきら輝かせていた。自分と同じようにテンションが抑えきれない少女の姿に何となく親近感を覚えた。

 

「あっ、お姉様だ!」


 少女は遠くに見える人影に向かって消えていった。


 微笑ましい光景に気分を良くし、目的地に向かって歩き出す。俺の暮らす寮は九号棟は校舎から最も離れた場所にある。


 しばらく歩き、ようやく到着した。


「……これが寮なのか?」


 到着したが、建物の大きさについ言葉が漏れた。外観はどう見ても高級マンションだ。明らかに寮のレベルじゃない。


「これでも一般入試専用だよ」

「っ」


 独り言に返事があり、慌てて振り返った。


 男子生徒が立っていた。俺よりも少し小柄な男子生徒で、手には案内を持っているので同じ新入生だ。


「突然ゴメンね。僕も同じ感想だったからつい声を掛けちゃった」

  

 そう言って近づいてきた。


「君も新入生だよね?」

「あ、ああ」

「僕は北沢きたざわ伊吹いぶきだよ。よろしくね」

「西田冬茉だ。よろしく」


 俺達は握手した。


「それで、これが一般入試専用って?」

「この九号棟は一般入試で合格して入学した生徒だけが集められた寮なんだ。だから、他の寮に比べると少しグレードが低いみたい」

「これで?」


 都内ならどれだけの家賃が必要になるだろう。獅子王所有のマンションで暮らしていたが、あそこは使用人が生活する場所なのでここまで豪華ではなかった。

 

 それ以前のボロアパートなど比較するのもおこがましい。


「ビックリするよね。豪華すぎて震えちゃったよ」

「気が合うな」

「そうだね」


 笑い合った俺達は軽く話をした後、寮に入った。


 入寮の手続きを済ませると、部屋に移動した。


「ここで暮らすのかよ」


 想像していたよりもずっと広い部屋だった。


 生徒にはそれぞれ個室が与えられる。家具も一流の物が設置されており、生活に不便しないようになっていた。


 寮にはコンビニもあり、フィットネスジムに温泉、プールといった共用施設もある。


「……至れり尽くせりだな」


 恵まれた環境での生活を想像すると自然と笑みが零れる。


「って、油断するな!」


 緩みそうになる頬を張り、自分を律する。


「一歩でも間違えたら退学だ。ちょっとした油断が命取りになる」


 最も気を付けなければならないのは【花制度】だ。

 

 花冠学園は毎学期ごとに規定の花を集めるという制度があり、生徒達はこの花を獲得するために生活することになる。


 集めるといっても現物を渡されるわけではない。内部でストックされ、卒業式の日に獲得した花の数を花束にして受け取るのだ。この花束を交換すると将来の約束を交わしたことになる。


 花束とかくだらない?


 違う、全然くだらないことはない。


 花は優秀な成績を収めた者に贈られるものだ。花束が大きい者は優秀な者となる。実際、跡取りなどで揉めていた場合にも花束の大きさで決まるとかあるとテレビで聞いた。


 ちなみに、昔は卒業式に渡されるのははなかんむりだった。これが学園の名前の由来となっている。


「俺は絶対にやるぞ。ここでの生活を笑って自慢できるようになる。でもって、卒業式の日に花束交換をして絶対勝ち組になる。そして、いつかあいつ等と再会したら言ってやるんだ」


 頭の中にある場面を思い浮かべる。

 

 場所はそう、高級レストランだ。


 俺を裏切った許しがたい幼なじみ共はそのレストランで食事をしているのだ。会話の内容は非常に下品で、一般人を見下すものだ。


 そこに俺と獅子王次期会長が入る――


 天下の獅子王会長の横にピッタリと寄りそう俺を見て奴等は真っ青な顔になってガタガタと震え出した。


『どうした、冬茉よ』

『懐かしい顔があったもので』

『フン、あの貧相な顔をした連中か。貴様はこの私の右腕なのだから、下等な連中と付き合うことはない。さあ、行くぞ』

『かしこまりました、会長』


 見える、見えるぞ。


 会長に信頼されて付き従う俺を見て震えるあいつ等の姿が。可哀想に、泡まで吹いているではないか。

 

 素晴らしい。その光景を想像するだけで気分が良くなる。


 この未来を手にするためにも次期会長に気に入られなければならない。揉み手しすぎて指紋が消えるくらい媚びを売る。バレないように注意はするが、今後を考えたら好印象を与えたほうがいいに決まっている。


「よし、後継者の名前を確認しておこう」


 俺は荷物の中に入っていた会長からの手紙を開いた。


 一枚目には今後の生活についての話と、注意事項が書かれていた。驚くことに会長の直筆だった。


 二枚目には後継者に関する情報があった。


「よしよし、後継者の名前は……南野みなみの蒼葉あおば?」


 何度も名前を確認する。


 全身から力が抜けていく。ガクガクと体が震え、鏡に映った俺の顔は真っ青になっていた。


 獅子王次期会長は俺を裏切った元親友だった。

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