2-6
思わず犬彦は、空いているほうの手で自分のこめかみを押さえる。
なんだか頭痛がしてきたような気がして。
メッセージの送り主は、烏羽玉島の長岡氏だった。
あの長岡氏に名刺を渡してしまったのが運の尽き(いや、社会人として仕方がなかったのだ)あれから長岡氏はちょくちょく犬彦へ連絡してくるようになったのである。
『新年明けましておめでとうございます。
今年もまた変わらずの若旦那のご健勝を確信しております。
さて、このかくもめでたき新年、若旦那はどのようにお過ごしでいらっしゃるのでしょうか。
我々島民一同は、若旦那のご帰島をひたすらにお持ちいたしておりました故に、新年早々若旦那のお顔を拝見することができず、落胆の気持ちでいっぱいでございます。
瑠璃子さんも若旦那がお側にいらっしゃらなくて寂しい思いをしておられることでしょう。
この烏羽玉島はもはや、若旦那にとっての故郷でございます。
今さら何を遠慮なさることもございません、ここは若旦那がやがて間もなく住まう土地なのですから。
すぐにでも烏羽玉島へお越しください、いつでもご連絡お待ちしております』
またこれだ、いつもの不毛な定期連絡…。
しかもこういったメールやら何やらを犬彦へ送ってくるのは、長岡氏だけじゃなかった。
コンサル相手である瑠璃子からの連絡は当然としても、他にも驟雨からや(なぜか驟雨は頼んでもいないのに、日々の瑠璃子の近況について定期的に報告してくる)数回程度しか顔を合わせたことのない島民からもジャンジャン犬彦のスマホへメッセージは送られてくるのである…!
(若旦那、次はいつ島にいらっしゃるんですか? 若旦那、アジは好きですか? 若旦那、今度サーフィンしませんか? …などなど)
まさか長岡氏は、犬彦の名刺の拡大コピーでもとって、回覧板みたいにして島中に回したりしたのだろうか?
一度、たどたどしい文章ながら、がんばって慣れないメールを送信したのだろうという意気込みが感じられる、高齢のおばあさんからの『若だんな。いつるりこさんと祝言をあげてくださりますか』というメッセージを見たとき、犬彦は激しい眩暈を覚えた。
…ああ、もういやだ、電波の届かない世界へ行きたい…!
そう、江蓮とともに、心安らぐ静寂の世界へ…!
次の瞬間、スッと仕事用スマホの画面の明かりをオフにした犬彦は、なめらかな活舌ではきはきと栄治郎へ宣言した。
「栄治、ロッジの鍵をよこせ。
不気味な廃墟など、どうでもいい、怪奇現象だとかくだらない地元の噂のことなど、江蓮の耳に入れなければいいだけの話だ。
俺は行くぞ、江蓮をつれて、世俗から遠く離れた理想郷へと…!」
こういった話の流れで犬彦は、江蓮を連れ、今度の連休に二泊三日でキャンプ旅行へ行くことに決めたのだった。
それは、煩わしい人間関係から遠く離れた場所で、江蓮とふたりのんびり過ごす目論見で決断したわけなのだが、まさか、人里離れた山の中でもっと面倒くさい血みどろの人間関係に巻き込まれることになるとは、さすがの犬彦にもこのときは予測できなかったのである。
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