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「そこは猟をするときの中継基地として使うのに、すごく便利な場所にあるんだ」
なるほど、この栄治の弾んだ声…やはりそうだったか。
電話越しだから当然、その表情は見えないものの、いま栄治郎が向こう側でにっこり笑っているであろうことが犬彦にはよく分かった。
「周囲に民家は一軒もなく、見渡す限りがハンティング可能エリアなんだ。
鹿たちの楽園だよ、もちろん鳥もたくさんいる、イノシシもいるけどね。
ロッジの近くにはきれいな小川もあるから、獲った肉はすぐに処理して、その場で料理して食べることもできるんだよ、素晴らしいだろう?
このロッジでならば、現代人が失ってしまった本来の人間らしい生活を満喫することができる」
栄治郎の面白いところは、普段は頭の先から足の指まで全身、資本社会に浸かって、それを自分のために使いこなしているというのに、だからといってそれに依存することはなく、もしもそういった現代の社会のシステムが一気に失われるようなことがあればそれはそれでいい、そうなればあっさりと原始的な…栄治郎の言うところの、本来の人間らしい生活というものに馴染んでいくんだろうな…と思わせる、現在の自分のステータスにまったく執着していない点だった。
犬彦が思うに、栄治郎という人間個人は、狩猟という趣味を持つことで、自分のうちに秘めた何かを維持しようとしているのかもしれない。
「だから、いつか長期休暇が手に入ったときは、お前も同行のうえ、そのロッジで狩猟生活を心ゆくまで満喫しようかと思ってね、ずっと前から、きちんと設備を整えて、いつそうなってもいいように準備してたんだよ。
そういったわけであるから、その山深いロッジでよければ宿泊者第一号として、君たちに鍵を預けよう」
「宿泊者第一号?」
「ああ、残念ながら私も多忙なものでね、まだ現地に足を運んだことがないんだよ」
「だったら今の、理想的なロッジの周辺の情景についての説明はどこから来たんだ?
さも自分の目で見てきたように言いやがって」
「写真で確認したんだよ、あとは私の財産管理人から聞いた査定結果だね。
彼は信用のおける人物だし、自分の目を使ってグーグルアースでも見た、その場所は間違いなく、俗世を離れてのびのびと静かに休暇を過ごすにはうってつけの場所だと保証できる。
ただ…その場所でお前たちが休暇を過ごすにあたって、いくつかの不安材料があってね。
厳密に言うと、お前というよりは、江蓮にとって…という意味だが」
それまでの、猟のことを考えてどこかウキウキとした口調から、少し真面目さを帯びた声色に変わった栄治郎に対して、犬彦は注意深く耳をすましながら尋ねる。
「その不安材料というのはなんだ?
俗世を離れて静かに過ごせるということは、つまり…人里を離れているからこその危険があるということか?」
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