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 「ああ…それなんだが、本当はどこか静かなリゾート地のホテルにでも予約を入れるつもりだったんだ、しかし思い立ったのが直前すぎたもので、もうどこも満室でな…。

 山梨の方の貸し切りのロッジなら抑えることができたから、今回は二泊三日でキャンプのようなことをしようかと…江蓮が嫌でなければ」



 「キャンプ!!」



 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭のなかに、アルプスの少女ハイジに出てくるような山小屋とその周辺の美しい山々の光景が思い浮かんできた。


 大自然のなか、青空を鳥たちはのびのびと翼をひろげて飛びまわり、微笑みを浮かべたヤギたちがちりんちりんと首元の鈴を鳴らしながら散歩をし、そんなのどかな風景を横目に広々とした芝生の上で、俺と犬彦さんは、でっかい牛肉串を持ちながらバーベキューをする、…もちろん肉だけじゃなくて、そのあとは鉄板で焼きそばを作ったり、マシュマロを焼いたりして食べるのだ!


 正月中はずっと賑やかで、たくさんの人に囲まれて過ごし、身内といえど父さんにそこそこ気を遣いながら生活していたから、もう誰に気を遣う必要もなく、大自然のなかで犬彦さんとふたり、のびのびと楽しく過ごせたのなら、どんなにいいだろう…!



 「ロッジには最低限の設備が整っているらしいが、それでもホテルとは違って至れり尽くせりというわけにはいかない。

 自分たちで毎回食事を作らなくてはならないし、電波が届かない山の中だからテレビもネットも見れないぞ、もしそういうのが嫌ならば、もっと別のプランを考えることもできるが…」



 「いいえ! キャンプ行きたい! 行きましょうキャンプ!」



 いつもだったら確定路線で物事を発表する犬彦さんの歯切れは、なんだか今回に限っていまいち悪かった。

 もしかすると犬彦さんは、都会っ子な俺が、山の中でのキャンプ生活についていけるかどうか心配していたのかもしれない。


 だけどそんなのはノープロブレムだ。

 だって俺は、日々炊事洗濯なんかの家事を、犬彦さんと分担して何年もやっているんだから、キャンプなんてちょちょいのちょいだ。

 友達とみんなで河原でバーベキューをした経験だってあるし、そのときの俺の活躍ぶりはなかなかのものだったと思う。(鉄板の設置とか、食材の準備とか、実際料理したりとか、あれこれね)


 俺が元気よく行きたいと答えると、犬彦さんはなんだかホッとしたような表情を浮かべた。

 そっと微笑んでから、犬彦さんは豚キムチをもぐもぐと食べる。


 つられるみたいにして俺も、豚キムチを白米といっしょにもしゃもしゃ食べながら、あーキャンプかぁ、キャンプ…と、頭の中をアルプスの光景でいっぱいにしながら、それならあれを準備してこれをこうしなくちゃと、すぐに旅行の計画を立てはじめた。


 落ち着いてよく考えてみれば、俺たちが行くのは、山梨にあるロッジであって、想像のなかのアルプスはまったく土地柄的にも似つかないはずなのだが、そんなこと幸せでいっぱいの俺には関係ないのだった。

 

 

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