シノザキ探偵事務所

風鈴

第1話 探偵

「んで?なんでこんなガキ連れてきたんだよ、真田さなだ

「いやぁ、どうしてもほっとけなくてさぁ」


 東京都墨田区に位置する小さな探偵事務所に訪れた1人の少年。


 その少年はモダンなデザインのソファに礼儀正しく腰掛けながら、同じく対に位置するソファに座った篠崎しのざき孝助こうすけの鋭い眼光を浴びている。


 目の前のガラステーブルには真田さなだ李人りひとが用意したティーカップがぽつんと置かれており、なぜか中身にはオレンジジュースが注がれている。


「おい坊主」と、篠崎は少年に対して、高圧的な態度で話を進めていく。


 探偵事務所の椅子に腰をかけた依頼者は、たとえどんなに小さな子供であろうが『お客様』だ。本来ならば毅然とした態度で接するべきだが、この男、篠崎孝助にそんな生優しい思考は存在しない。


「坊主、金はあるんだろうな?」

「お、おかねは……300円……あり……ます」


 子供は若干声を震わせながらそう答えた。


「300円だぁ?舐めてんのかクソガキコラ」

「まあまあシノ、話だけでも聞いてあげてよ。きっと君が好きな案件だよ。しかもほら、初回相談は無料って謳い文句もあるんだし、君が断れる義理はないと思うけど?」


 篠崎は窓から外を見て、無駄に太く強調された字で書かれた『初回相談無料!!』の立て看板があったこと思い出す。


「あのな、大体お前が連れてきた案件だろうが。自分で獲った魚は自分で捌きやがれ」

「僕だって普段ならそうしてるさ。でも今回ばかりはそれができそうにない」

「あ?どういうことだよ?」

「その答えは、この子の話を聞けば分かると思うけど?」


 そう言って真田は回りくどく篠崎を引きずりこもうとする。こうでもしなければ乗っかってこない男だというのを、真田はよく理解している。


 一方少年は、目線を篠崎と真田で行ったり来たりといった感じで、ティーカップに注がれたオレンジジュースは一向に口につけようとしない。


 やがて篠崎は観念した様子で、『面倒臭い』という表情を全力で作りながら少年から話を聞くことを決意した。


 その前にという様子で篠崎は立ち上がり、玄関前に置き忘れていた緑茶の入ったペットボトルを持ってきた。


「依頼内容を聞かせろ」


 篠崎はペットボトルの蓋を開けて、中身を口に含める。


「あ、えっと……あの……僕、友達……殺しちゃって——」

「ぶふーーーっ!!」


 口に含まれた緑茶は、噴水のように勢いよく噴出され、地面に滴る。


 その様子を見て真田は腹から声を出して笑った。


「と、友達をヤっちまったのか?坊主お前……」


 その話を信じきった様子の篠崎に、再び笑いが込み上げ、真田はまたしても大声で笑う。


「ギャハハ‼︎腹痛ぇー、バカだなぁシノ」

「あ?なんだ違うのかよ?」

「当たり前だろ、殺人犯の依頼なんて聞いたら色々とまずいだろう。僕が代わりに話そう。

 この子は鈴木すずき甚平じんぺいくん。10歳の小学5年生。

 昨日の昼頃、夏休みの自由研究発表会で必要だった友達の四郎くんが持ってきたクワガタが入った虫籠を、誤って倒してしまったらしい。中に入っていた土や、昆虫ゼリーは教室の床に散乱し、クワガタは死んでいた。

 これを見た甚平くんは、自分が殺したと思い込み、偽装工作をしたんだ。地面に落ちた土をかき集めて籠の中に戻し、クワガタは目立たないように土に埋めて隠し——」

「まてまてまて」


 と、ここで篠崎が真田を制止する。


「まさか、犯人探しが始まって、自分が犯人だと疑われた。だから助けてくれ。とか言い出すんじゃないだろうな?」


 甚平がバツの悪そうな表情で俯く。


 そしてその直後に「うん。そうだけど?」と真田が。


「ふざけんな。これの何が『君の好きそうな案件だよ』だ」


 篠崎は口を尖らせて言う。


「まあ、そう言うと思ったよ。でもね、これには続きがある。犯人を名乗るものが現れたんだよ」

「どうせその坊主を庇おうとしたとかじゃないのか?」

「篠崎……」

「な、なんだよ……」


 真田は篠崎のことを、いつも『シノ』と呼ぶ。が、今回は思い詰めたような表情でそう『篠崎』と呼ぶ。その違和感に篠崎は息を呑んだ。


「篠崎……正解だ。なんでわかったのー!?」


「なんでなんでぇ!んぅんぅ!」と抱きついてくる真田を「やめろテメ……!!」と引き剥がそうとする篠崎。


「で?だからなんだよ?真犯人が現れてチャンチャンか?結局何が言いたい」

「庇ってくれた女の子がクラスメートからいじめを受けて、今は自宅に引き篭もりがちらしい」

「ほう?」

「甚平くんは謝りたいんだってさ、その子に。そしてクラスメートにも、本当は自分がやってしまったと宣言したいと考えているらしい。でも、女の子の自宅がわからない。だから探して欲しい。これが、鈴木甚平くんの依頼内容だよ」

「なるほどな、事情は分かった。でも言っておくが、人探しは俺の好きなタイプの案件じゃねぇ」

「うん知ってた。こうでも言わないと話聞いてくれないかなーって」


 篠崎は立ち上がると、膝下程の高さの台座に置いてあったティッシュで、床を拭き始める。


「あの……お願いします。僕……どうしても謝りたくて」

「あぁ分かってる。だがな坊主、探偵は警察じゃねぇ。タダじゃ動かねぇんだわ」

「……」


 甚平は、泣きそうな顔で俯く。そんな甚平くんの肩に、手を置き、慰める真田。


「大丈夫だよ。シノはこう見えて優しいんだ」


 へ?と顔を上げた甚平に対して、篠崎は言う。


「依頼料は坊主の全財産、300円で受けてやる」

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