ビールと魚肉ソーセージ
春野訪花
ビールと魚肉ソーセージ
冷蔵庫を開けた。
スッカスカのそこに鎮座するは、ビール缶ばかりだ。あとは魚肉ソーセージ。見ているだけでもの悲しくなってくる光景だ。
ため息をつきながら、ビールとソーセージをひっ掴む。
そして、散らかりに散らかった室内へと向き直った。いつから積まれているのかわからないゴミ袋。その中身は全てが弁当の空箱で、無数の黒い箱に割り箸やバランが彩りを添えている。そのゴミの群れを一歩二歩で抜ければ、低いテーブルが置いてある。灯りの真下に置かれるそれは、さながら取調室のような物々しい雰囲気が漂っている。……のは、確実に自分の思い込みだが。テーブルの上は床と同様に散らかされて惨状を作り上げている。
パソコン、それと大量の紙と本。崩れ落ちた本が、テーブルから床に坂道を作っていた。
――あー……やりたくねー……。
酒が進む進む。それがまたもの悲しく、一人ため息をついた。そのため息を拾ってくれる者も、慰めてくれる者もいない。ちゃんとやりなさいと叱咤されることもない。
壁に掛かったカレンダーをちらりと伺う。
バツ印で潰された日付の先、後三日で締め切りだ。赤く、でかでかと「〆」と書かれていて、あんなに張り切ってでかくする必要あったか?と過去の自分を恨む。恨んだところで、締め切りは締め切りだし、刻一刻と時が進んでいくのには変わりない。
ため息を被ったビールを煽る。
苦いそれは、すぐに全身を回って頭がぼやぼやしてきた。
何やってんだか。
積まれた本の上にビール缶を置いて、魚肉ソーセージの封を切る。一口かじりながら、スリープモードになっているパソコンを、文字通りたたき起こした。
立ち上がった画面に映るのは、文章入力ソフトだ。チカチカと点滅するカーソルは、冒頭の冒頭、ゼロ文字目で存在感を放っている。
――あー……やりたくねぇ……。
やりたくねぇも何も、やらねばならない。
自分の文章を待っている人は山ほどいる。読者などは漠然としすぎているので知りはしないが、編集さんに申し訳が立たない。
最近交代したばかりの新人編集。自分が歴が長くて慣れているからと任されたのに、同タイミングでスランプ。もっと簡単にスキルアップができるはずが、こんなものに巻き込んでしまって申し訳ない。
はーー……。
と、何度目かもわからないため息をついて、かじりかけの魚肉ソーセージを缶の上に置いた。そして、キーボードへ手をかける。
かけ、は、したものの。
当然のように、脳内に湧く文字はなく。
うなりながら、それでも一文字でも進めようと、這うようにキーボードを打つ。
『何も書けない。困った。助けてくれ。』
ふざけているのか。
いや、真剣そのものなのだが。
はーーーー。
今日一番のため息が出た。
もうダメだ。
酒とソーセージを掴んで、押し込むように食らった。
ビールと魚肉ソーセージ 春野訪花 @harunohouka
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