第150話 姫騎士に身バレする

「デバインドラゴン、その子を離して! 代わりに私を食べなさい!」


 ヴィオレットはドラゴンのまえに立つと両手を広げ、立ちふさがっていた。


「ほ、ほら! あの子もああ言ってることだし、私なんか食べてもおいしくないわよ」


 クリスタという娘は自分を庇ってくれたヴィオレットに感謝するどころか自己保身に走っている。俺のなかでどちらを助けるべきか答えは出ているのだがクリスタを見捨てるとヴィオレットが悲しむ……。


 騎士道精神は素晴らしいがもっと自分の身を大切にして欲しい。


 踏み切ったと同時にデバインドラゴンの横腹に蹴りを見舞う。かなり硬い鱗だと聞いていたけど、その通りだった。デバインドラゴンの腹肉をかなり押し込んだ手応えはあったんだけど、鱗には傷がなかった。


 ただヴィオレットに向かっていた注意は逸れ、ドラゴンは俺を睨んでいる。


「無茶するな」

「グラッドさま!」


 俺の下に駆け寄ってきたヴィオレットは凛とした騎士の佇まいを捨て、か弱い乙女に戻る。


「申し訳ありません……」


 クリスタを守ろうという気持ちが先に立ち、恐怖心が薄れていたんだろう。だけど俺に肩を寄せたヴィオレットは小刻みに揺れていた。


 あーダメだ。


 本当は怖いのに一生懸命頑張ってるところを見せられると……。


 甘えを見せてくるヴィオレットにぐらぐらと芯を揺さぶられていると、デバインドラゴンが変化を見せていた。


 クリスタを咥えたまま足取りが左右にふらつき、まるで酔っ払いが千鳥足で深夜の飲み屋街を歩いているよう。目が据わったかと思うと首が急に天上を向く。


「お、落ちるぅぅぅーーー!!! ああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……」


 堪えきれずクリスタの叫び声が聞こえたかと思ったらすぐに途切れてしまう。


「グラッドさま、私は彼女を!」


 ヴィオレットはすぐさま剣を抜き、いまにもデバインドラゴンに切りかかろうとする勢いだ。


 そんな彼女の肩に手を伸ばし、声をかけた。


「貴様の力では自ら死ににいくようなもの。そこで俺の戦い方というものを学んでおけ」

「は、はい……」


 効くとか効かないとか関係ねえ!


 効くまで殴りつける!!!


「ヴィオレット、こっちだ」

「えっ!?」


 俺は急なデバインドラゴンの状態変化を察知し、ヴィオレットを抱えて、巣穴から退避した。無制限脳筋戦法をしようとしているとデバインドラゴンの頬が膨らみ、ブレスを吐き出して……。


 ブレスじゃなかった。


 デバインドラゴンは飲み込んでいた物を一気に吐き出しており、主に未消化の昆虫型モンターのなかには飲み込まれたと思ったクリスタが含まれている。


 俺の蹴りが効いたのか、よほどクリスタが口に合わなかったのか……。


 間違いない、クリスタがマズかったんだろう。


 ゲロ塗れのクリスタがむくりと身体を起こす。


「良かったです」

「よかないわよ! どうしてくれんのよ、こんなゲロ塗れにしてくれて! どうしてもっと早く助けに来てくれないの? ホント役立たずなんだから!」


 巣穴から漂うツーンとした刺激臭に貰いゲロしそうになるなか、ヴィオレットは耐えクリスタの八つ当たり気味の苦情に耳を傾けている。


 俺はクリスタの声は無視し、デバインドラゴンを気づかった。


「食べ物には気を使えよ。何でも拾い食いすると腹を壊すぞ」


 ふと思った。


「貴様の国の守護聖獣を蹴ってしまった」

「そんなこと気になさらないで……」


 フォーネリア王国の人間はやたらとデバインドラゴンを持ち上げているが、ヴァイレットの守護聖獣に対する畏敬の念は薄いらしい。


 ただ俺は守護という文句が引っ掛かって仕方ない。


「おい、そこのトカゲ。守護聖獣とずいぶんと仰々しい名だが、貴様の主人である王女ヴィオレットに刃向かうとは躾がなってないな」


 ゲロ塗れの巣穴で戦うのは気が引けたので俺はデバインドラゴンを挑発し、巣穴から引き出そうとしていた。


 流石にデカいな。


 ミーシャのようにデバインドラゴンが人語を話せるのか分からなかったが、ドラゴンは巣穴から這い出て俺たちと対峙していた。


 翼を展開し、宙に浮くデバインドラゴン。


 単純に大きさを比べるなら蟻と象とまではいかないまでも、ドラゴンにとっては人間など取るに取らない存在なのかもしれない。


「そこに隠れていろ。片付けてくる」

「私も……いえなんでもありません……」


 俺が岩陰を指差し指示すると、ヴァイレットは何か言いたげな表情を見せる。第一印象こそ最悪だったがヴァイレットの見せる健気なところは素晴らしい。


「良い子だ」


 そのまま素直に岩陰に移ろうとするヴァイレットを石の上に立ち、頭を撫でた。


「あ……」


 顔を真っ赤にさせて、はにかむヴァイレット。


「グラッドさま、ご武運を」

「ああ、ドラゴンステーキを燻製にして、フォーネリア王国から逃げる道中食べてやろう」

「はい」


 硬い表情の多いヴァイレットは俺の詰まらない冗談にくすくすと笑いながら返事してくれていた。



 デバインドラゴンはミーシャとは違い、パワータイプだと俺は誤解していた。



 宙に浮き、俺を見下ろすデバインドラゴンがブレスを吐く仕草をする。だが仕草だけでなにも起こらない。


 不思議がっていると目のまえが眩しい光に包まれ……なにも変化が……。


 あれ?


 目線が高くなったような……。


「グラッドさま、あれはデバインドラゴンの【聖光ジハード】です。デバインドラゴンの放った聖光によりバフなどの効果をすべて無効に……」


 ブレスらしきものを食らった俺を心配したのかヴァイレットが駆け寄り声をかけてきたのだが、俺の姿を見て口を手で押さえ、絶句していた。


「なぜ、魔王ブラッドがここに……!?」


―――――――――あとがき――――――――――

想定よりだいぶ長くなってしまいましたが、やっと因縁の兄弟対決に決着をつける刻が来ました!

まあ勝つのは……なんですけどねw

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