第133話 盲目剣聖の恋

「嫌われてもうれしいのか?」

「はい、グラッドさまと二人きりで過ごせるこの時間がうれしくてたまりません」


 頬を桜色に染め、両手で顔を押さえて照れるユーセミリア。だが俺はぽかーんだ。


「俺と貴様は初対面だよな?」

「ええ、こうやって言葉を交わすのは昨日が初めてです」


 質問したことを後悔した。


 俺が過去にユーセミリアの生命の危機から救ったなどのイベントがあったのなら、彼女から受ける好感度は納得できる。


 だがなにもないのに、彼女は間違いなく俺に好意を抱いているのだ。


「ではなぜ俺に好意を寄せる」

「人を好きになるのに理由が必要なのでしょうか?」

「いや……ない……」


 質問を質問で返したユーセミリアだったが、まったく以てその通りで反論できない。


 ただ俺の勘がユーセミリアがとてつもなくヤバい子だと警告してくるのだが、俺のご子息は彼女とヤれば分かるさ! などと無責任に充血している。


 この紅茶は媚薬や興奮剤の効果があるんだろうか?


「グラッドさまにお会いしたことはありませんでしたが、ずっと心の眼があなたさまのことを見つめておりました。あなたさまのお姿は本来の物ではありませんね」


 ユーセミリアは俺が【幼体化】していることを見抜いていた。


「どうしてそれが分かった?」

「私はこの通り、眼が見えません。ですがそのおかげで心が見えるようになりました。眼が見える方の気づかない些細な音や振動、呼吸、触れる空気……それらすべてが私に教えてくれるのです」


 胸に手を当て、静かに息をする彼女。


 ゆっくりと閉じていたまぶたが開き、ユーセミリアの瞳が露わになる。サファイアを思わせる美しい瞳……だがその瞳に光はなく、俺の方を向いているが正確に俺の姿を捉えているとは言い難かった。


 ただ彼女の強い意思が感じられたことは間違いない。


「このように見えない瞳をさらけ出すのはとても恥ずかしいです……両親以外に見せたのはグラッドさまだけ……」


 それだけ言うとユーセミリアは瞳を手で覆い、顔を真っ赤にさせうつむく。まるで好意を寄せる相手に恥部をさらけ出して、恥ずかしがっている乙女のようだった。


 って、ユーセミリアも乙女なんだけど……。


 ただ俺の感じていた違和感は拭えない。眼の見えない薄幸の美少女であることは間違いないのだが、それにしても彼女は行動が大胆過ぎた。


「素性を隠しているのは俺だけじゃないだろう。その仕込み杖はなんだ?」

「さすがグラッドさま……」


 ユーセミリアは白杖を手にすると目にも止まらぬ速さで抜刀、白刃から放たれる輝きが一瞬見えたかと思ったら納刀されていた。


 紅茶に入れるため用意されていたレモンが見事なまでに輪切りにスライスされている。しかも彼女は椅子に座ったままで立った形跡はない。


 剣聖と呼ぶに相応しい技量の持ち主……。


「眼の見えない私を哀れんだ両親が与えてくれた護身術……。この術のおかげで危ない場面に遭遇しても幾度も助けられました」


 護身術という言葉に違和感を覚える。


 確かにユーセミリアのような見目麗しい美少女の眼が見えないと分かれば、それをいいことにジークフリートやマクシミリアンのようなクズ男が無理やりにでも関係を迫ってきてもおかしくない。


 ならわざわざ隠す必要などないのだ。


 オープンに武装していると分からせた方がいい。


「貴様の言う護身術とやらは依頼されて人を殺めることも含まれるのか?」


「ああ……私のことを見透かすグラッドさまのお心……益々グラッドさまのことが好きになりそうです。私の心の殻を服を一枚一枚剥いでゆくように裸にしてくださる……」


 ユーセミリアは俺の問いに正確に答えることなく、ただ両手で自らの肩を抱き、身悶えしていた。


 その仕草が穢れを知らぬ美少女然としたユーセミリアが見せるので淫靡でたまらない。


 宇宙空間のように膨張し続ける俺の股間を抑えるため前屈みになっているとようやく彼女は俺の問いに答えた。


「私はグラッドさまの暗殺を依頼されました。でもできません。もう今日で暗殺者は廃業です……私の技量では到底グラッドさまに敵うはずもありませんし、好きになってしまったあなたさまを斬ることはできないのです……」


「依頼主の依頼をこなさなければ貴様の身は危ないのでは?」

「はい……ですが私の命よりグラッドさまとの愛を貫く方が大切なのです」


 あーこれが普通の女の子なら、「はいそうですか」みたいに淡々とした返答をしていたと思う。


 だけど盲目の美少女が命がけで告白してくるとか反則だ。


「だが断る」

「はい……そう仰ると思っていました」

「がっかりしないのか?」

「グラッドさまがここに来た理由も存じておりますから」


「あいつとはそういう関係ではない」

「でも見捨てておけないのでしょう?」

「それは貴様もだ」

「好意を無碍にしておきながら、そういうお優しいところが卑怯なのです……」


 ユーセミリアは俺に身体を預け、大きなもふもふに包まれたかのような安堵した表情を浮かべている。


 どうして俺の下にはかわいそうな子が集まるのか……。


 ユーセミリアは俺に一つの刃を向けることなく固有領域を解き、どっと沸く歓声の舞台へと戻ってきていた。


 観衆に変化が見られないのでユーセミリアといた場所は時間の流れがこちらと違うのかもしれない。


「見届け人さま。私はこの決闘、グラッドさまに降参いたします」

「勝者……グラッ――――うっ」


 ユーセミリアは見届け人を呼んで俺を勝たせようとしていたのだが、見届け人が俺の勝ち名乗りをあげようとしたときだった。


 突然、舞台の上でうつ伏せに倒れてしまう。


「おい、どうした!?」


 なにが起こったのか分からないよう、わざとらしく見届け人の側に寄る。彼の背にはクナイのような刃が刺さっており、出血しているようだった。


 並みの者なら見逃してしまうだろうが刃を放ったのは優しそうな紳士、その傍らにはにこにこと笑顔を絶やさない淑女がいた。ユーセミリアの寄親だ。


「ユーセミリア、ダメよ。組織を裏切ることはできないわ」

「私を殺したければ殺せばいいのです。もう私はあなたたちの言いなりにはなりません!」


 彼女は寄親の説得をきっぱりと断る。


「仕方ない……あれを」

「ええ」


 紳士、淑女の二人は呪符のような物を翳す。するとユーセミリアが額を押さえており、


「い、痛い……痛い!」


 激痛のあまり人目も憚らず、床を転がっている。


「貴様ら彼女になにを――――!?」


 彼女の寄親を問い詰めようとしたとき、俺はニシキヘビのように巨大な蛇に胴体を締め上げられていた。それも何匹もの蛇に。


「ごめんなさい、ごめんなさい、グラッドさま! こんなことしたくないのに……」


 蛇により強制的にユーセミリアの方を向かされた俺は驚いた。


 彼女の額に一つの眼が開いていたからだ。額の眼はじっと俺の姿を捉え、見えない両目はずっと涙をこぼし続けている。


 美しい黒髪は何匹もの巨大な蛇へとなり果てていた。


―――――――――あとがき――――――――――

コトブキヤからMATSUKAZE mdl.2 拠点防衛仕様というプラモが再販されるようです。作者はアーマードコアに詳しくないのですが、タンクベースにロボの上半身という造形にワクワクしてしまいます。ガンタンクもいいのですが、やはり戦車のようなベースなのですよw ちな定価22000円と聞いて、作者の欲しい気持ちがすっきり洗車されました……。

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