第127話 犠牲はつきもの

 おっさん蜘蛛がキモ神父により浄化という名でこの世から昇天させられてしまった。


 王子妃選の選考会場はとても乙女ゲーとは思えぬほどの惨状だ。


 不幸中の幸いで犠牲者はおっさんを含んだ二名だけだったのが救いと言えるかな……。


 レンガや柱が倒れた瓦礫のなかでただ一人うなだれ、ぺたんと座り込んだまま起き上がらない者がいた。


「こんなことって……」


 従者だった者に寄り添い、真紅のドレスの上にさらに顔や肩に手まで赤く染まっていた、従者の流す鮮血で……。


 とんでもなく声が掛けづらい。


 慰めるべきなのか、お悔やみの言葉を告げるべきなのか、逡巡しているとブラッドが勝手に言葉を吐いてしまう。


「身の程を弁えず、俺に刃向かったからそのうようなことになったのだ」


 なんちゅうデリカシーの欠片もない発言なんだよっ!!!


 俺が自己嫌悪に陥っていると赤いドレスを着たリーゼが口を開いた。


「あなたの言う通りだわ。でもね、王子妃選に出ることはドミニクが望んだことなの」

「ほう……」


 ブラッドは言葉遣いこそ最悪の部類に入るが令嬢の扱いにかけては光るものがある。さっとポケットから取り出したハンカチを令嬢に差し出したが、リーゼは首を横に振る。


「私とドミニクは愛し合っていたの……。だけど私は侯爵令嬢、彼は平民の召使い。あまり我が儘を言う方ではなかったけど、大抵のことは私に甘い両親が聞いてくれた。だけどドミニクとの結婚だけは許されなかったの……」


「ありふれた話だ。貴賤結婚はどの国も許していない、唯一の例外がフォーネリアの王子妃選だからな」


「ええ……、だから彼が望んだの。私が誰かと結婚しなければならないのなら、最高の相手がいいだろうと」

「そいつは本望だろうな。貴様を守って逝ったのだから」


 俺は目を見開いたままのドミニクのまぶたを閉じ、必要のなったハンカチを顔に被せる。


「私は王子妃選を下りようと思います。下りて彼の冥福を祈るために修道女として、これからは生きていこうかと……」

「そうか、なら俺の姉がいいところを知っている。あとで話しておこう」


「最後に一つだけ、よろしいでしょうか?」

「ああ、なんだ?」

「あなたは一体何者なのですか?」

「俺か? ただの商家の小倅だ」

「そう……ですか……」


「もし貴様が逝く未来には、転生先でそいつが待っていてくれることを祈ってやる」

「はい……ありがとう、ありがとうございます……ううっ、ううっ……ドミニク……」


 亡骸に寄り添い嗚咽するリーゼを置いて、俺は会場を去った。



 翌日。


「昨日、王子妃選に参加していたリーゼ・マインツから辞退の申し出がなされた。また残念なことに闘技中、二人の尊い命が失われたことに哀悼の意を表する。だが王子妃選は続行するものとする! 以上」


 バルコニーから出てきたアスタルが恒例の挨拶を告げると王宮の奥へと引っ込んだ。


 続行の二文字を聞いた観衆から歓喜の声が上がっていた。おまけに昨日の闘技の賭け金が裏で支払われている場面を見て、吐き気を催した。


「くそったれが」


 転生まえなら公営ギャンブル中に犠牲者が出たりなんかしたから確実に取り止めになるのに、あろうことかアスタルはしれっと一言だけ告げてギャンブルを続行すると言い放ちやがった。


 こちらでは俺が変なのかもしれないが……。


 まあこっちはこっちで問題を抱えてしまったのでそれどころではないのだが。


「リリエルお姉さま、お訊ねしたいことがございます」

「なーに、グラッド?」


 エーデルワイスと緑色の服を着た謎の人物がきゃっきゃっと戯れている。


「奴は何者なんだ!?」

「分かりません……」

「分からないのに勝手に招き入れるんじゃない」

「私は勝手になど……あれ? 私……どうしちゃったんだろう? あんな子、いたかしら?」


 リリーの受け答えが明らかに怪しい……。 


 彼女にこれ以上訊ねても埒が開かないようなので、俺は直接謎の緑色の服を着た奴と接触を試みた。


「貴様……愛だろ?」

「ううんー、愛じゃないよ。杉の妖精だよ」


 愛じゃねえかよ!


 身体は幼い頃に戻っているけど……。


 しかも慌てて、リッチルを後ろに隠してるし……。


―――――――――あとがき――――――――――

マジスクについて書いたのはつい先日のことなんですが、そちらを販売しているアルゴファイルが密林に巣くう転売ヤーどもに鉄槌を下してくれたようです。簡単に言うとプレ値で売るんじゃねえぞ! やってるとこがあったら出品取り下げさせてやる! みたいな。

いいですね、他のメーカーも是非ともやってもらいたいものです。

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