第121話 姫騎士と駆け落ち
「グラッドさまにお願いがあります。私を連れて、この国を出てくださいませんか?」
「えっ!?」
姫騎士からの申し出に驚きを隠せない。
てっきり俺のことを恨んでいるかと思っていたのだが……。いやいや、脇に兵士たちが潜んでいて……なんて考えたが、わざわざ二人きりになる必要はない。
俺は手を組み、その上に顎を乗せる。
「詳しく聞かせてもらおうか」
姫騎士の真意を測りかねてのことだ。
「はい……」
姫騎士は俺の座るソファーの隣に腰掛けてくる。それ自体はおかしなことじゃない。内緒話を誰かに聞かれないためにも距離を詰めて話すことは大事なことなんだから。
しかし、その距離感おかしい。
まるで恋人同士が電車のシートで揺られるように肩を合わせてきていたのだ。
「近いぞ! 貴様は俺のことが嫌いなんじゃないのか!?」
「どうして私がグラッドさまをお嫌いになることがあるのでしょうか? 私のしくじりからお漏らしを誰に言うこともなく、さらに下着まで替えてくださり従者の下へと運んでくださった……。あなたがただの幼い商家の令息とはとても思えないのです」
姫騎士の話しぶりから俺は恐ろしくなって彼女の表情を窺うと、俺を見つめる瞳がとろんと蕩けており、気づくと手を重ねられていた。
「それに無理やり貞操を奪われるのではないかと覚悟を決めておりましたが、まったくそんなことはなく私の身体は清いまま帰していただけました。私に言い寄る男たちは獣と呼ぶに相応しい者たちばかりで、それでいて勇気も強さも聡明さも持ち合わせておりません……」
ふうっと深いため息をつきながら、姫騎士は目線を下げる。
お顔は乙女ゲーの王女だけあり、すこぶるかわいいというか凛とした美しさがある。尚且つ気丈な彼女を分からせてやりたいと邪な心持つ野郎がいてもまったくおかしくない。
「なるほどな。貴様の想いは分かった」
「じゃあ、いますぐに!」
「まあ待て。いま動くのは得策とは言えない。俺は王子妃が決定するその日が安心と疲れから周囲の気が緩み、警備が手薄になり出国しやすいと思う」
「っ!?」
誰にでも考えつきそうな適当な言い訳を伝えると姫騎士は澄んだ瞳を大きく見開いて驚いていた。
「さすがは私が見込んだだけあるグラッドさまですわ。そんな素晴らしいアイデアなど思い付きもしませんでした……。ですが私の人を見る目は間違っていなかったと思います」
「最初は不審者扱いされてたんだがな……」
「そ、それは……人には間違いというものがございますので……申し訳ありません……」
「まあいい。それよりも理由だ、理由」
「はい、兄であるアスタルはあろうことか、リーベンラシアの王太子ブラッドとの婚約を提案してきたのです! ブラッドは魔王と周辺国から噂され、冷酷無比、残虐非道……加えて無類の女好きで数々の令嬢を攫い夜な夜な破廉恥なことをしていると聞き及んでおります」
おお! 王道の異世界恋愛パターンが出てきて、ほっこりする。
あれだよな、最低の男の下に嫁いだら実はヤンデレ溺愛してくる最高で理想の男だったっていうパターン。
根も葉もない部分もあるが、俺の意思に反して破廉恥なことをしていることは事実……。その事実を知ればヴァイオレットは幻滅するだろうけど。
「あ、うん……ブラッドさまを良く思っていない人はそれなりにいるよね……」
「そうです! 魔王ブラッドと話すだけで妊娠してしまうという専らの噂……兄の欲望のために私をブラッドに差し出すなど考えられません」
俺にはそんなスゴい能力があったんだ!
だったらヴァイオレット……貴様はもう妊娠しているっ!!!
そんなことが言えるわけでもなく、おかしなことになった原因について探ることにした。
「ちょっと待て。なぜ貴様をブラッドに差し出すなんて話になってるんだ? 俺は聞いて……あ、いや事情を訊かせろ」
「はい……兄が一目惚れした女性がブラッドの愛妾だったようで、私を代わりに差し出すことで彼女をもらい受けるつもりだったようです」
サイテー……。
惚れた女のために自分の妹を差し出すとか、控え目に言ってあり得ねえよ。
もし俺が和葉から愛とは縁を切って、とか言われたらその時点で和葉と別れ、彼女と縁を切っていたと思う。
俺が愛にとって最高の兄であるかどうかは分からないが、愛情を持って接してきたつもりだ。いまは……口では言えない関係だが……。
少なくともサイテーな兄であるアスタルに一言物申してやろうとメラメラと怒りの炎を燃やしていると姫騎士がなにか言ってきた。
「私たちはお互いに裸を見せ合った仲。これからは夫婦二人で隠し事なしに生きて参りましょう」
えっ?
いま夫婦とか言ってなかった?
俺の聞き間違いかな?
―――――――――あとがき――――――――――
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