第102話 売られた聖女

――――【フリージア目線】

(王立学院女子寮、フリージアの部屋)


「どういうことなのですか! ブラッドさまの下を離れて、いまさら他家へ嫁げなどと……」


 珍しく学院にいる私のところに訪ねてきた両親の理不尽な申し出に思わず声を荒げてしまいました。そんなのおかしいに決まっているのです。半ば私を追い出した両親なのに……。


「フリージア、おまえはブラッド殿下に都合よく利用されているんだ。殿下は数々の令嬢と浮き名を流し、泣かせいると聞く。おまえのことなど、これっぽっちも想っていない卑劣漢だ。おまえのしあわせを考えたら、他家へ嫁ぐのが最良の選択なんだよ。

おまえには話していなかったが、フォーネリア王国の第一王子の妃として、擁立してくれるというではないか、こんな話断れば二度とない。なあ、悪い話ではないだろう?」


 婚約破棄も私を想ってのこと。そんなお優しいブラッドさまが卑劣漢などありえません。


 たとえ父親であってもブラッドさまを悪く言うのは許されないことだと思った私は……。


「訂正してください。ブラッドさまは卑劣漢などではありません。私はあのように慈悲と思慮の深い方は存じ上げません。訂正し、ブラッドさまに謝罪がなくば私はお父さま、お継母さまと話すことはございません」


 私が二人の話に耳を貸さず口を噤んでいるとお継母さまはお父さまに渋い顔をして詰め寄りました。


「あなた、だから自由になどさせるべきではないといったのに。自由など与えれば、つけあがるんです。わがまま言ったときにフリージアなど勘当しておけば良かったものを……」


「しかし、王家はフリージアを婚約者としたことで我々に援助を……それに婚約破棄したのに拘らず、ブラッドさまが援助を継続して……」


 ブラッドさまが実家に援助!?


「あなた! あの程度で足りると思っているのですか!」


 お継母さまがお父さまを叱責するように言い放つとお父さまは「まあまあ……」とお継母さまをなだめておりました。


 お父さまがほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、お継母さまは席から立ち上がると私を指差し、眉根を寄せながら言い放ちます。


「フリージア! あなたが嫌がろうがこれは決定したことです。私たちの決定に不満があるなら、二度とエルナー家に踏み入れないことを誓いなさい」


「私はブラッドさまの婚約者として家を出たときから、その覚悟はできております。私の心はブラッドさまから生涯離れることはないでしょう。申し訳ありませんがお引き取り願います」


 これ以上、両親と話しても無駄だと思い、席を立とうとしたときでした。


 ドアが開いたかと思うと、フード付きの外套マントで容貌を隠した者が無断で私の部屋へ侵入してきたのです。


「淑女の花園にノックもなしに入ってきたことを許して欲しい」


 謝罪しながらフードを後ろへやると黒髪に、蒼い瞳で切れ長の目をした男性でした。ただ彼の左目は眼帯で覆われています。


 それを見て両親が慌てて、彼に駆け寄ります。


「アスタルさま! このような場所にいらっしゃっては……。私ども家でパーティーを開催して、ご歓待いたしますので」

「それには及ばない。すぐにフォーネリアに戻らなくてはならないからな」


 両親との話もそこそこに彼は振り返り、跪いて私の手を取ろうとしてきました。


 ブラッドさま以外の男性には触れられたくなかったので首を全力で左右に振ると、彼は諦め、跪いたままここに来た理由を話し始めたのです。


「フリージア、私はキミを一目見たときから心を奪われてしまった……。キミは私のように美しい令嬢は私の妃が相応しい。ブラッド王太子は確かになかなかの男だ。だが彼はキミだけを愛してはいない」


 ……。


 相当な自信家のようです。彼の物言いを聞いただけで私もブラッドさまがときどきなされている虚無顔というものをしたくなりました。


「ブラッドさまの愛は海より広く深いのです。姉妹揃ってブラッドさまに愛されることは私が望んだこと、それを他人、ましてや人攫いのような格好をして淑女の部屋に押し入る輩に、とやかく言われる筋合いはございません」


「はは、キミの言い分はもっともなことだ。非礼はこのあと十分に詫びよう。あまり手荒な真似はしたくなかったが、キミのご両親も私との婚姻を望んでいる。大人しく私に従えばキミがしあわせに暮らせることを保障しよう」


 謝るくらいなら最初から、と私が彼に反論しようすると彼は左目の眼帯を外したのです。


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 彼の眼帯の奥にはアメジストのような紫の瞳が隠れており、紫の瞳と目が合った瞬間、私の全身の力が抜け意識が朦朧としてきて……。


「彼女のことは私に任せて欲しい。王子妃選では彼女が私の妃に選ばれるよう算段は立ててある」

「フリージアが妃に選ばれなかった場合は……」


「安心してくれ、それはない。なんとしてでもフリージアを私の妃として迎える。あなたたちは私の邪魔だけはしないでくれ」

「フリージアが王子妃になったときは……」


「もちろん、毎月フォーネリアから援助させてもらう」

「「ありがとうございます!」」


 彼と両親の話声だけが聞こえていたのです。



――――【リリー目線】


 今晩の夜伽で、ブラッドさまをどう癒やして差し上げるか、ご相談しようと伺ったときです。


 珍しくお姉さまのお部屋が騒がしい。


 鍵穴からそーっとなかの様子を覗いてみると、お姉さまはだらんとなってしまった身体を知らない男に抱きかかえられていたのです。


 部屋のなかにはお父さま、お母さまもいっしょ……。


 なにやらお話を聞いていると怪しくなってきました。


 ドアが開いたのでブラッドさまの胸像の後ろへ隠れました。


「それではさらばだ」

「「援助の件、よろしくお願い申し上げます」」


 男はお姉さまを抱きかかえたまま、廊下を堂々と歩いていったのです。


 た、大変! お姉さまが誘拐されちゃいましたわ!


 これで私がブラッドさまを独占できる……。


 ううん、お姉さまは私を許してくれた、なら今度は私がお姉さまに受けたご恩をお返しするときが来たんだわ。


 いつまでもお姉さまに預かりっぱなしというのも癪ですし!


 とにかくブラッドさまに知らせないと!


「リリー、ボクと契約して聖女になってよ!」


 足下から声が聞こえてきて、目を下にやるといつもお姉さまがだっこしていた白い猫もどきがなにかほざいておりました。


 まあっ!? 獣のくせに喋れるなんて!


 マジでキモいのでヒールで踏みつけると変な鳴き声をあげていました。


「ムギュッ!!!」

「あら、ごめんあそばせ。いまそれどころじゃないんですの」

「ブラッドより酷い……」


 いつも一緒にいるくせにお姉さまを守れない役立たずの従魔と契約するなんて、ごめんこうむりたいところです。


―――――――――あとがき――――――――――

本話が公開される頃にはメガニケのエヴァコラボの真っ只中ですね。数ヶ月前くらいにSNSで見たのですが、かなーり昔にセガからGUNアクションフィギュアというゼンマイ式のおもちゃが出ていたようです。初号機がニケたちのように物陰(ビル)にハイドしながらライフルを撃つという代物。さすがセガです、20年後の未来を予言していたなんて!(それはないw)

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