第90話 ヤバい粉

――――賢者がやられた?


――――堤の魔法を無詠唱で弾き返しただと!?


――――やはりブラッドは魔王だったんだ! 


 アレスの後ろは玉座を残して、後ろは壁を含めてすべてなくなっている。脇に控えていた転移してきた愛のクラスメートやブリューナクの貴族や群臣たちがざわついていた。


 まだ愛やネモをいじめていたクソ女が五体満足であることを願った。俺の妹とその友だちにクソ詰まらねえことをしてくれた落とし前はこの程度じゃ済まされねえから!


「な、なんなよ、この馬鹿げた魔法は! ふざけんじゃないわよ。どういうことなの、アレス!」

「まさかこんな早くに魔王ブラッドが降臨してしまうとは……。ジークから聞いた話ではただの無能で女っ垂らしの最低な男とのことだったが……」


 ジークフリートの奴……他国にまで俺の悪口を流すなんて最低だな。


「ブラッドさまはそんな方ではございません! 訂正しなさいっ!」

「そうよ! ブラッドが最低ならジークフリートは地の底より低いところにいるゴミムシみたいな存在よっ!」


 フリージア、リリー!


 二人はアレスの批判に反論し、俺を擁護しようとしてくれていた。でもリリー、それだと俺は最低のままなんじゃ……。


 俺がリリーの言葉にもやっていると、


「ブラッドさまは私たち姉妹を夜な夜な抱いてくださり、寂しい心を満たしてくださる素晴らしいお方です」

「ブラッド殿下は中折れ知らずの性豪なんだからっ」


「……」


 そういうねやの話は表に出さないで欲しい。放っておくと俺の評価が連日ストップ安になる。


――――かわいそうに……、リーベンラシアの聖女が魔王に淫紋を刻まれてしまったか……。


――――しかも姉妹で毒されたか……。


――――美女を隠せ!


――――この国の女をすべて孕ますつもりだ!


 一国の女の子全員を孕ませるとか、それこそどんな性豪なんだよ!!!


 ひそひそと周りにいた者たちが俺のことを噂していた。その機運に乗じてアレスは従者たちに語りかけた。


「皆の者、聞け! 魔王ブラッドはブリューナクの国民を生け贄に完全覚醒を目論んでいる。奴を野放しにすれば、我らの命どころか、世界が滅ぶ! いまここで我々が魔王ブラッドを討てば、我々は後世にまで英雄として語り継がれるであろう!」


 引き際とか、カリスマ性とか、やっぱりジークフリートよりも一枚も二枚も上手だよな。


 アレスの演説に盛り上がっていたブリューナクの貴族と群臣を横目に俺は玉座に座る女に目を向ける。


 別に睨んだわけじゃないが、目つきの悪いブラッドだ。玉座の女は蛇に睨まれた蛙のようにたじろいでいる。さらに語りかけながら一歩踏み出すと椅子から転げ落ちた。


「なあ、ちょっと話を訊かせろ。貴様が愛とネモをいじめてた奴か?」

「ひっ!?」


 俺はこのとき、前世の妹たちを思うあまりブラッドであることをすっかり忘れていた。


 怒りが沸点に達しようとしていたとき、ふと俺の肩に手が触れていた。


「アンメルツ、もう止めようよ。ちゃんとねーぽんに謝れば、ねーぽんも許してくれるかもしれないし……」


 振り返ると俺の傍らに愛がおり、玉座の女に投降を呼びかけているようだった。ネモも愛の言葉に同意し、首を縦に振っている。


 玉座の女はアンメルツと言うのか……珍しい名前だな。


 ふむふむと俺は関心しているとアンメルツは顔を青くし、おしりを床に引きずりながら後退りしていた。


 ネモはアンメルツにいじめられ、アレスを寝取られ、投獄されていたというのに許してしまうなんて、どんだけ人がいいんだよ。


 聖女かよ。


「うん、聖女だよ」


 わっ!?


 俺が心のなかでネモの優しさにツッコミを入れていたら、いきなり愛が振り返り満面の笑みで俺の心のなかを読み透かしたような言葉を投げてくる。


 いくら前世の妹とはいえ、ここまで兄の心を読んでくるなんて……。


 脳筋の俺は置いておいても、大人顔負けの心理戦に長けた愛に挑めば並みの人間なら太刀打ちなどできないだろう。


 俺も罪に向き合い、反省する子には酷い仕打ちをするのは気が引ける。そもそも愛とネモがアンメルツを許そうとしているのだから。


 さて……アンメルツが投降したとして、どんなお仕置きで済ますしてやるべきだろうか?


 だがその想いをすべて無に返すようなことが起こる。


 突然笑い出したアンメルツ。

 

「あーはっはっはっ! この程度で勝ったつもり? あたしには切り札があるのよ、アレスやっちゃって」

「しかし……あれは禁忌で……」


「うっさいわね、ここで負けたらすべて終わんのよ、あんただってあの魔王の靴を舐めるとか嫌でしょ!」

「もう諦めよう……樹李亜。魔王ブラッドと対峙した私はよく分かる。奴には敵わない」


「はあっ!? やってみるまで分かんないじゃない。あたしは嫌よ。岡田や根本に屈するなんて死んでごめんだから!」


 アンメルツは地面を踏み鳴らすようにアレスに近づき、彼の胸ポケットからひったくるようにして奪った小袋を俺たちに見せつけた。


「あんたたち、これがなにか分かるぅぅ?」


 堤の状態を見て、なんとなーく事情は察していたがアンメルツという女はまったく反省する気はないらしい。


 俺は空気を読んで分からないと答えようとしていたら、


「あ、それね、ゾンビパウダーでしょ。瀕死の人に掛けるとゾンビ化しちゃう粉。賢者のツツミンに掛けてリッチにでもするつもりなのかー、ふーん」


「あたしの言いたいことぜんぶ言ってんじゃねえよ、空気ってもんを読みなさいってば! あたしはあんたのそう言うとこが嫌いなのよ!」


「愛は別にアンメルツのこと嫌いじゃないけど。ねーぽんをいじめたりしなきゃ、友だちになってもいいよ」


 愛とアンメルツのやり取りを見聞きしているとなんとなく二人の関係が見えてくる。アンメルツはプライドがやたら高いが、常に愛に完敗し苦汁を舐めさせ続けているようだ。


 だが愛はダウナー系でやる気が無さそうに見えて、なにからなにまでハイスペ過ぎて勝敗には拘りがない。


 それは無自覚で常勝という絶対勝者のなせる技なんだろう。我が前世の妹ながら誇らしいを越えて、むしろ恐ろしい……。まあ俺の前ではただのダウナー系のかわいい妹なんだが。


「はあ!? 友だち? あたしとおまえが友だちとか同列とかふざけんじゃないわよ。いまここでどっちが格上か証明してあげる。どうやって魔王を手懐けたかしんないけど、賢者をゾンビ化したリッチに勝てるわけないんだから! 堤、さっさとあいつらを始末してよ」


「うーっ、うーっ」


 アンメルツは小袋の紐を解いて、皮膚が焼け爛れた男の頭の上でひっくり返す。すると紫色の怪しい粉が宙を舞い、男の爛れた皮膚へと付着した。


 あれがゾンビパウダー……。


 男の皮膚からは煙が上がり彼は悶えていたが、徐々に増す禍々しい雰囲気から俺は内心ワクワクしてしまっていた……。


―――――――――あとがき――――――――――

作者、ずんだもんのプラモが出たので作ってみたのだ。パーツがランナーから離れる際に飛んでいってしまい行方不明に、しかも極小パーツと来たもんだ。LEDライトを頼りに、無事発見! なんとか完成に至ったのだ。キット自体は作りやすく、填め合いなども良好なのだ。但し、お値段だけは……。そこはプラモ化してくれたことに感謝するのだ。

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