第88話 魔王より本当に怖い子は……。
ねーぽんこと……確か名前は根本だっけ。「私なんてモブ中のモブだから」と自分を卑下して、モブを連発していた。なら愛称はネモだ。
「た、食べても美味しくありませんし……犯しても気持ち良くもないと思います……」
衛兵たちから俺の噂話を耳にしていたのか、ネモは俺を完全に魔王だと勘違いしている。だが噂とは裏腹に俺は魔法らしい魔法は使えない。それゆえ馬鹿王子などと揶揄されてるんだろうけど……。
魔王というより力王と言う方が正しい。
俺はネモを閉じ込めている檻の鉄格子に手を掛ける。掴んだ瞬間、馬鹿になりそうな気分がした。まあ馬鹿王子の俺だからまったく問題ない。
おそらく魔封石の成分を練り込んだりされてるんだろう、魔法の使える受刑者対策で魔法で破壊されることを防いでいるように思えた。
両腕で二本の鉄格子を掴んだが中心から引き裂く動作だ。俺がジムに寄った際、使っていたバタフライマシンは両腕を締め大胸筋を効率よく鍛えられるのだが、逆に広げるようなマシンはなかった。
そんなこともあろうかと俺はいらなくなった鉄格子をもらい、しっかりと両腕を広げる運動で広背筋を鍛えている。
ギギギッ!
ブチブチブチブチ!!!
「ひぃぃぃぃっ!?」
鉄格子から悲鳴のような軋む音がしたかと思うと鉄格子は俺の引き裂く力に耐えきれずにちぎれた。俺に本気でムチャクチャにされるとでも思っているんだろうか、ネモはエドヴァルド・ムンクの『叫び』みたいに悲鳴をあげている。
ここまで怖がってしまうなんて……。
やはり手を使うべきではなかったか?
手で触らずとも俺の筋トレセットメニューをフルコースで行えば身体からほとばしる熱で鉄格子を溶かすことは造作もないことなんだが、一緒にネモまで燃え溶けてしまっては意味がない。
「なななな……何でもしますから命だけは……どうしても会いたい人がいるんです」
牢獄に入るとネモは慌てたように隅に寄り、身を小さくして答えた。さっきまで俺をあんなに怖れていたのにはっきり目を合わせて……。
「どうしても会いたい人だと?」
もしかしてアレスだろうか?
愛が言うには、ネモはアレスから溺愛されていたらしいが、その後大木からの話よるとアレスは横田に浮気し裏切られてしまったということだ。
なんて不憫な子なんだろう。
自分をいじめていたクラスメートに好意を寄せてくれている恋人を寝取られるなんて……。
彼女を寝取られた俺はネモに同情の念を覚えてしまっていたが、ネモは意外なことを口にする。
「はい! 親友の愛ちゃんに……ちゃんと会って謝りたいんです。愛ちゃんに聖女にしてもらったのになにもできなかった。ううん、できなかっただけじゃない、横田さんが好き勝手するような状況を作り出してしまったんです」
「ほう……彼氏よりも友情を取るか」
「よく分かりません……でも愛ちゃんは私の大事な大事な友だちなんです!」
ガーンと胸に響くネモの一言。
むかーし昔見た、古い映像で見たことある鉄球付きのクレーン車の鉄球がぶち当たったかのような衝撃が俺の心に走った。
ああなんだろう、忘れていたこの感じ。
年齢を重ねると不感症になってしまうわけじゃないと思うが、青春特有というかJK同士の熱い友情に俺は思わず目頭が熱くなる。
「貴様の殊勝な心掛けに俺は……俺は……」
「魔王さまが……
「泣いてなどおらんわ! だったらこんなところに籠もっている暇はないぞ。いますぐ愛に会いにいく」
「魔王さま、いったいなにを!? それに愛ちゃんを知ってるんですか?」
知ってるもなにもネモより俺の方が愛に詳しいと思う。
だって俺の前世の妹なんだもん。
「ネモよ、貴様が愛とソウルフレンドなのは分かった。俺も愛とはソウルフレンドだ」
「ネ、ネモ??? ソウルフレンド??? 魔王さま、何を仰って……」
「話はあとだ、ぼやぼやしていると愛が危険で危ない」
「愛ちゃんが!?」
正しくは愛に喧嘩を売った子たちなんだけど……。
たぶん中学から友だちになったネモは知らないだろう。
愛が小学校一年の頃だったろうか、クラスの生き物係りとしてうさぎのお世話をしていた愛だったが、愛のかわいさ、聡明さを妬んだ女子と男子に見向きもしない姿勢を悔しがった男の子たちが手を組み、悪さをしたらしい。
うさぎは愛が朝登校し、声をかけようとしたら飼育小屋で無残な姿で息絶えていた。
担任の先生をはじめとする教師たちは野犬の仕業で片付けようとしたが、愛は『見た目は子ども、頭脳は大人』の某少年探偵ばりの明晰さを発揮、瞬く間に犯人を調べ上げた。
俺は犯人が誰なのか先生たちに報告するかと思っていたが、愛は先生たちに伝えることはなかった。
しばらくすると不思議なことが起こる。
うさぎ事件に関わった生徒たちが次々と転校していったかと思うと行方不明になったのだ。先生や保護者たちはうさぎの呪いとして、このことは口外しないよう
決して激高したりすることのない愛だが大切なモノが傷つけられると、いつも大切なモノを傷つけた当事者たちに不可思議なことが起こっていた。
「いくぞネモ! しっかりと俺に掴まれ! 途中で離すと真っ逆さまに落ちるぞ」
「は、はい。って、服の上からじゃ分からなかったけど、な、なんて逞しいお身体なの!? それにしっかりと抱かれているのにちっとも苦しくないし、むしろ安らぎを覚えてしまうほど優しさ手つき……ま、魔王さま……♡」
なにか俺の腕のなかでネモはぶつくさ呟いていたが、愛と再会できると思い、期待に胸を膨らませているのだろう。
愛いわく、女子たちはネモの覚醒を怖れていじめていたと言っていたけど、眼鏡っ娘が好きな男子にはぶっ刺さる容姿をしていると俺は思った。
「いくぞ、【ラビットアッパーカットっ!!!】」
大木から得た王宮の見取り図によると牢獄の直上が玉座の間らしい。なので間髪入れず、屈伸。
左手でネモを抱えたまま、右拳を突き上げる。屈伸の姿勢から縮めた筋肉を開放、俺は勢いよく天井を幾層も貫き、勢いが付きすぎて玉座の間すら通り過ぎてしまった……。
―――――――――あとがき――――――――――
ネモといえば……やはりわたモテのネモこと根元陽菜! ってそっちかーい。
ネモ「ジムとは違うのだよ、ジムとは」
作者「カラーリングを同じにされると分からなくなる」
ネモ「……(にわかめ!)」
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