第87話 破壊の魔王と囚われの聖女
――――(ブラッドが玉座の間に現れる前のこと)
ブリューナク王国に潜入するまえに愛たちと作戦会議を練っていたのだが……、
『あの程度の城塞ならば突撃して、破壊することは容易い。だが根本という者が捕らわれているというならそうもいくまい』
『ブラッドはなにか秘策があるー?』
『ああ、あれを見ろ』
俺が指差したのは荷馬車。アレスという王子のマントや奴の従者が持っていた旗と同じブリューナク王家と思しき紋章が幌に描かれている。アレス王子たちが敗走する際に置き忘れていってしまった物なんだろう。
実は忘れ物は忘れた相手に返却した質の俺。
『いくらブラッドさまでもバレずに荷台に乗るなんて真似……できるわけが……』
『ククク……忠臣よ、誰が荷台になど乗ると言った? 仮に乗れたとしても荷台は駅ごとに臨検がある。俺に任せておけ』
そんなやり取りがありつつ、俺は馬車の裏に隠れ、ブリューナク王宮に潜入したのだが……。
潜入と言えば段ボール箱、段ボール箱と言えば潜入。この関係を否定する者はもはや存在しまい。
なんだか俺までブラッドに影響されたような口調になってしまっていた。
息を殺して物陰に潜み、辺りを見回す。俺は段ボール箱を探したが、なかった……。
その替わりにみつかったのがリンゴなどの果物を入れていた木箱!
俺はすぐさまヤドカリが新しい殻を見つけたかのように急いで木箱を被る。
ああ、この狭い空間がたまらなく落ち着く……。前世の上司、一之瀬のパワハラに耐えかね、段ボールのなかに潜み、やり過ごしたことは数え切れない。そう段ボールは俺にとって恩人(?)であり、戦友でもあるのだ。
ブリューナクの王宮内はなかなかに広い。
そこを木箱に隠れ衛兵たちの目を盗みつつ、アヒル歩きで進んでゆくのだ。だがいまの俺にはまったく苦痛ではなかった。むしろ楽しいと言える。潜入しながらアヒル歩きのトレーニングができるのだから。
俺はブラッドの身体で、どのくらいアヒル歩きで歩けるか挑戦したことがある。記録としては四十二.一九五キロは余裕でクリアしていたとは思う。
アヒル歩きで進んでゆくと地下牢へと通じる階段のところまでたどり着いた。階段の際で王宮を守る衛兵たちが噂話をしている。
「長年苦汁を飲まされ続けてきたリーベンラシアに大勝するなんて傑作だ!」
「おまえな……上の発表したことなんて信じるとか情弱にも程があんぞ」
「ああ? なんだよ、それ。なら、てめえは情報を持ってんのかよ」
「当たり前だ、じゃなきゃおまえにマウントなんて取らねえよ。噂じゃリーベンラシアに魔王が顕現したらしい」
「は? 魔王なんておとぎ話だろうが。おれのこと馬鹿にしてんのか?」
「おまえのことは馬鹿にしてねえよ。馬鹿なのはリーベンラシアだ。あそこの馬鹿王子が自身の身体を生け贄に魔王を復活させたって……」
「じゃあ、ブリューナクが大勝したって言うのは……まったく嘘だって言うのかよ?」
「いんや、嘘じゃねえ。リーベンラシアの王宮を破壊したのは確からしいが魔王となったブラッド王子に完膚なきまでに叩きのめされたんだよ、うちは」
「その魔王ブラッドがブリューナクに復讐に来たら、おれたちどうなるんだよ!」
「死ぬだろうな、確実に……もう世界の終わりだよ」
あの~、そのブラッドですがここにいるんですよね。
「あれ、こんな箱あったか?」
「さあ、知らねえな」
衛兵の一人が俺の潜んでいる木箱を指差し、マズい、気づかれると思ったときだった。もう一人の兵士が木箱の上にに座り、タバコをふかし始める。
「あー、ブリューナク王国がぶっ潰れたら田舎帰って、畑耕すわ」
「いいなあ、おれは王都出身だからここがなくなったら住むとこねーわ」
「ならおれの家で雇ってやるよ」
「おれがおまえの使用人? 馬鹿言ってんじゃねえよ」
「はは! そうだよな」
タバコを吸い終えた衛兵たちは交代の時間が来たのだろうか、持ち場を離れどこかへ行ってしまう。
せめて交代の人間が来てから持ち場を離れるべき、なんだがいまの俺としては衛兵たちの緊張感のなさはありがたく感じる。
箱から足だけを出して階段を下りると鉄格子に囲まれた牢獄が通路の左右に並んでいた。
牢獄のなかに囚人はいない。
大木によると横田という愛のクラスメートが王子アレスを籠絡、彼は自分に反対する者をすべて処刑してしまったらしい。
それって、ブラッドが『フォーチュン・エンゲージ』でやってたことじゃないかって心のなかで突っ込む他なかったけど。
牢獄のなかに誰かいないか、とぼとぼ歩いているとメガネをかけ制服を来た女の子に出くわす。
ああ、この娘に間違いない。
愛がズッ友のねーぽんとスマホの画像を見せて紹介してくれてたから。
だけど向こうは俺のことなんて知らなくて……。
「ひっ!? モ、モンスター!? わ、私なんて食べても美味しくないですから! みんなから嫌われるような女なんです」
「ククク……俺をミミックにでも勘違いしたか。だが違う! 俺の名はブラッド! リーベンラシアの王子だっ!!!」
「ひっ!? ま、魔王ブラッドがなんで私のところに!?」
いけね、木箱をずっと被ったままだった。このままじゃ、魔王が木箱を被ったおかしな奴だと勘違いされてしまうじゃないか。
―――――――――あとがき――――――――――
作者よりお知らせです。
ASMRを書き始めましたんで良かったら、また見てください。
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