第72話 自分爆弾

 大木のトレーニングも終わろうとしたころ、俺に言葉を掛ける前に衣服を正し畏まりながら、オモネールが声を掛けてくる。


「ブラッドさま、お伝えしたいことが……」


 オモネールはフリージアから治癒を受け、完治しているようだった。彼が受けた傷は欠損こそなかったが骨が折れており重傷だった。


 衛生兵ヒーラーでは到底欠損を治すのは無理だ。欠損を治すには聖女でなければ……。


 フリージアは聖女の権能を自覚し、完全覚醒も近いのかもしれない。


 まあその素晴らしい権能も無駄に使われている感が否めないでもないが……。


「オモネール、俺の独断で大木を鍛えることにした。不満があれば遠慮なく言ってみろ」


 大木はオモネールを傷つけたことが後ろめたいのだろう。捕虜になってしまえば、今度は自分がやられる番なのだから。


「争いの上での切った張ったは必然。私ならば人質だけでなく拷問に掛け、情報を聞き出します」

「ひっ!?」


 オモネールがじろりと大木を見ると、大木は俺たちに背を向けたあと、頭を抱え、しゃがみ大柄な身体を小さくしていた。恐らくいじめられっ子に蹴られたり、殴られたりしていたのだろう。


 俺がオモネールに視線を送ると深く頷いていた。


「おまえがブラッドさまに忠誠を誓うというなら、今までの狼藉は許そう。だがブラッドさまを裏切るようなことがあれば、その肉を一つ一つ切り刻んでじわじわといたぶり拷問死させる。どうだ?」

「ご、拷問したりしない?」


「おまえ次第だ。忠誠を誓うのか、誓わないのか、答えろ」

「は、はい……命を保障してくれるなら……大木忠臣ただおみです……よ、よろしく……おねがいします……」


 大木は亀の姿勢を止め、オモネールが差し出した手を取るが決して視線を合わせずおどおどしている。


 オモネールが大木に俺に跪き方などを指導していると……。


「ブラッド、おにぃみたい」


 ぎくりっ!


 愛の一言で俺の背中にたらたらと汗が吹き出てくる。しかも筋トレで掻いた心地よいものでなく、脂汗と呼ばれるものだ。


 大木を矯正してあげるつもりでトレーニングしてたら愛に身バレしそうになるとは……。


「フリージアから教わったのだ!」


 俺は遠目から見守っていたフリージアに口裏を合わせるよう目配せした。


 左手の人差し指と親指で輪っかを作り、右手の人差し指をその輪っかに出し入れする仕草と合わせて……。


 不本意だがフリージアの望むご子息を提供しなければ、彼女も首を縦に振らないだろうと踏んだのだ。


「ええ! わ、私がブラッドさまにお伝え致しました」


 ゴリゴリなマッチョだった俺がフリージアみたいな美少女にTS転生とか想像しただけで吹き出しそうになるが、愛にバレないよう必死に笑いを堪えた。


「ふ~ん、そうなの? フリージアちゃんがそう言うならねぇ……」


 ジト目でずーっと俺を見てくる愛。


「な、なぜ愛さまがこちらに!?」


 そんな愛を見て、大木は両手を上げて大仰に驚いていた。


「あ、おーきんだ。愛の最愛の人を追いかけて、ここまで来たんだよ。もしおーきんが愛の最愛の人を傷つけるようなことがあれば……愛はおーきんのこと……」


 愛が大木をちらと見ただけで大木は直立不動になり、震えが全身に走ったかと思ったら頭髪が猫みたいに一瞬逆立ってしなしなと萎えた。


 人間が本当に恐怖を覚えたとき、ああなるのだが、一瞥しただけで同年代の男の子を畏怖させるなんて俺の妹の底が知れなくなる。


 俺に向ける視線はまったくそんなことはないが、疑いの目で見られているのは間違いない。


 俺はいたたまれず、話題を変えた。


「さっそくだが貴様に頼みたいことがある。見たところ召喚師サモナー獣使いテイマーのようだが、こいつらを使い魔にすることはできるか?」


 クマァァァァァァ!!!


 とでも叫び声が聞こえてきた。


 俺のあとを追って、ブラッディベアの幼体がついてきていた。


 身体を張って俺が躾たのだが、飼うには正直不安が残る。


 俺にとっては甘噛みに過ぎないのだが兵士の一人がおふざけで手を出したら、腕が食いちぎられそうになり、急いで助けたが辛うじてついていた腕がぷらーんとなっていたのには俺でも血の気が引いた。


「やってみます……」


 流石テイマーというべきだろうか?


 二頭のブラッディベアはグルルルルッと唸り声を上げて大木を威嚇するが、大木は臆することなく二頭へ近づく……。


 危ないっ!


 俺は思わず大木の腕にブラッディベアの二頭が噛みつこうとした瞬間叫びそうになったが、大木は腕をそのまま左腕を差し出し、右手で頭を撫でていた。


臣獣契約テイム】完了!


 大木は痛がる様子もなくブラッドベアを撫でており、ブラッドベアも犬みたいに大木を舐めていたのだ。


 ちょっと驚いた。


 口だけの『熊を守る会』と違い、いじめられっ子の大木が何人もの人間を殺めているブラッドベアを手懐けてしまったのだから……。


「いじめれているときにぼくを慰め、癒やしてくれたのはモフモフたちだったから……もしダメでもぼくはこの子たちに食べられても構わないって」


 ああ……やっぱり単なるポーズと本気では違うのだ。


 成り行きとはいえ、大木のドラゴンを倒してしまったお詫びになれば……と思ったんだが、二頭と大木が戯れる姿を見たら、救われたような気がした。



「ブラッドさま、ソンタックとコビウルが……」


 オモネールは俺に教えてくれた。二人は国王であるビスマルクと王都の民を逃がすために尽力していたらしい。


「ブラッドさま!」


 大木は俺のことを少しだが信用してくれたんだろう。クラスメートたちと対峙することを決意してくれていた。


 大木がブラッドベア手懐ける間も俺はずっとスクワットを続けていた。


「俺が城門を破壊したら、貴様らはそのまま突入しろ。指揮はオモネールに任せる」

「御意!」


 俺が戦いにゆくと分かり、フリージアたちが寄ってくる。


「ブラッドさま、どうかご無事で」

「ブラッド殿下、途中で死んだりしたら許さないんだからね!」

「愛もブラッドの活躍をみたいしー、頑張れー」


 三人とハグしたあと、俺は膝を曲げぐーっと力を溜める。さっきまで筋トレしていたのは威力をセーブためだ。



 俺は戦闘機乗りみたいに敬礼したあと高く飛び上がる。


―――――――――あとがき――――――――――

自分爆弾はくに○くんの大運動会の自分魚雷のオマージュですw

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