第61話 ドキッ! ヤンデレだらけの混浴温泉1

――――客室内キャビン


 てぇてぇ尊え……。


 愛はフリージアに肩を寄せ、再会できた喜びを甘受しているようだった。フリージアも愛の髪を撫でている。フリージアは人間ができたもので、転生した俺ではないと伝えつつも愛から向けられる好意に嫌がる素振りは見せない。


 馬車の客室内は現代で言うところのローカル線の車内と同じような感じだ。俺の隣にはリリーが座り、その対面には愛とフリージアが座っていた。


「恐ろしい植物モンスターが出没したというので討伐しに来たのだが、まさか人間だったとはな。とんだ徒労だ、まったく……」

「う~ん、愛はモンスターじゃないよ、杉だけどぉー」


 杉? 世界樹ユグトラシル的な奴か?


 万年杉はもっと樹木樹木してる見た目だし……。


 昔から愛は頭が良すぎて、俺の理解を超える不思議ちゃんなところがある。それでも俺にとってはかわいい妹であることは変わらない。ブラッドに転生してしまった今でもだ!


 それにしても臣下からの報告を聞いて明らかに強敵と思ったのだけど、まさかその植物モンスターが前世の妹の愛だったとは……。


 もちろんジークフリートのように他を出し抜き、手柄を上げようなどとは思っていない。ただオモネールたちに任せるには今回は荷が重いと思えたのだ。


 愛は膝の上に置いていた紺色のスクールバッグの中を漁っていた。


「ほら、杉だよ」

「「……」」


 バッグの中に入っていた二本の木の枝を両手に持つと水平よりやや上へ向け掲げていた。俺とリリーはそんな小学生のような演劇を見せられ、閉口してしまう。


 だが……。


「愛さま、素晴らしい杉の演技ですね。思わず本物かと思ってしまいました!」

「ありがとう、おにぃ! おにぃなら分かってくれると思ったんだよー」


「あ、愛さま……私はおにぃさまではなく、フリージアなのですが……」

「いいの、いいの」


 愛はフリージアのふくよかな胸元に顔をうずめ、親愛を示している。


「でも酷いよね。愛がおにぃに会いにいこうと思って国境を通ろうとしたら、『怪しい奴!』って捕まえようとするなんて」

「それが兵士たちの仕事だからな。仕方ない」


 ブラッド語で冷静に愛に突っ込んだが、そもそも愛が『フォーチュン・エンゲージ』の舞台である異世界へ転移してきて、俺と再会を夢見ていたとか胸熱過ぎる……。


「ブラッドさま!?」

「ブラッド殿下?」

「ん~、ブラッドが泣いてる?」

「馬鹿を言え! ただ目にごみが入っただけだ!」


 照れ隠しと愛にバレないようにそんな嘘をついて誤魔化した。



――――温泉街テルモエ。


 俺たちが街のメインストリートを歩いていると、バスローブというより浴衣のような柄物の衣装を来た者たちが目の前を通り過ぎてゆく。原作設定だとヨーロッパではなく異世界恋愛なので、その辺りの設定は正直ガバい。


 日本の温泉街と明らかに違うのは老若男女問わず、みんな美男美女ということ。


 愛が推す宿屋があるとのことで行き着いた先が温泉街テルモエだった。


 確か原作では……。


「むかーし昔、とある貴族の令息が狩りの途中美しいエルフを森で見かけ、追いかけるとそのエルフが泉で水浴びをしてたの」


 俺がエピソードを思い出そうとしていると愛が俺たちに教えてくれている。やっぱり愛は『フォーチュン・エンゲージ』が相当気に入っているらしい。


「私、気になります! 愛さまのお話!」

「あなたが話したいなら、き、聞いてあげてもよろしてよ」


 恋バナを期待したんだろうか、エルたそみたいに目を輝かせたフリージアと聞きたいはずなのに上から目線を取るリリーは愛の話に食いついていた。


 こくりと頷くと子どもに話を聞かせるように語り始めた愛。


「令息はエルフの美しさに目を奪われたのだけど、裸を見られた彼女は怒り心頭で森人魔法で令息を追い払おうとしたんだけど、運悪く魔法がミノタウロスに当たっちゃって、エルフにまっしぐら。ミノタウロスの角がエルフに刺さろうとしたとき、彼が庇ったんだよ」


「令息さまはどうなったんすか!?」

「もったいぶらずに教えなさいよ!」

「彼は死んじゃった!」

「「えっ!?」」


「大丈夫大丈夫、ダイジョーブ教授! 令息は最後の力を振り絞りミノタウロスを倒して、エルフを守ったの。息を引き取った令息はエルフたちの住処へ送られ、土に埋められ復活したから」


 フリージアとリリーは、大きく息を吐いてほっと胸を撫で下ろしている。


「その後の二人は結ばれ、でめたしでめたしー」


 愛の話を聞いたフリージアはハンカチで目頭を押さえ、リリーは手の甲で目を拭いたかと思ったら、「感動なんてしてませんから!」とこじらせている。二人に話を聞かせた愛は物凄く満足そうな顔をしていた。


 話し終えた愛は俺たちを案内するため、先頭に出たときだった。


「で、その二人の末裔がフリージアちゃんなの」

「えっ!?」


 ぼそっとつぶやいて、お勧めの宿屋に向かいずんずん先を行ってしまう。


 そんな設定……俺は知らない。


 なんで愛が……。


 まあコアなファンなら知っている話なのかもしれない。そう自分を納得させることにした。


 俺はなにか大事なことを忘れていたような気がする……。


 しばし考えたのちにさーっと血の気が引いてゆく。


 もしかして原作内のエピソードに誰が食いつくか試していたんじゃ……。い、いや俺が『フォーチュン・エンゲージ』をプレイしてたことは愛は知らないはずだ。


 男だから単に興味のない恋バナをスルーしたと。


 下手に言い訳するわけにもいかず悶々としていたが、いい具合に外湯の看板を見かける。


「俺は露天風呂に行ってくる。貴様らは先に宿屋を抑えておけ」

「愛が抑えとくから、ブラッドはゆっくり浸かってて」


 先に宿屋に行こうとか言われると思っていたのだが、愛たちはすんなり俺のわがままに納得していた。気分を紛らわすためにエルフの隠し湯だったという露天風呂に向かうのだった。


―――――――――あとがき――――――――――

作者、欲しかった文庫本を入手しました。中古なんですが『プラスティック・メモリーズ』(電撃文庫)を……。電子ではあるのですが紙本は恐らく絶版。お値段も当初の価格より1.5~2.0倍ほどに。紙本派の作者にとって、美品の文庫本が買えたのはありがたい!

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