第35話 聖女のキス

 ジークフリートは同級生のレオン、先輩のアレックスを伴い、ブラギノール高原へ出発してしまったらしい。


 ちょっと舐めプ過ぎないか?


 本来遠征に行くとなれば、一日程度の準備ではまったく足りない。だが、キャステル高原が危ないとなれば、あまり時間は掛けてられなかった。なぜならキャステル高原は王国でも有数の避暑地で重要な観光資源だからだ。


 どうすれば、と思案しているとガヤガヤと寮の窓の外が騒がしい。


 窓を開け放つと俺は眼下の光景に驚いた。


 軍事パレードかよ……。


 ずらりと並んだ屈強な兵士たちの姿。それも百人とか少人数なんかじゃない。それこそ、隣国と戦争でも始めるんじゃなかってくらい、学院の庭を埋め尽くしていた。


「一、二……八、九、十っ!?」


 面積から大体の人数を割り出すと十万もの軍勢で驚く他ない……。いくら三人が有力貴族であってもあれだけの人数を揃えるのは至難の技だ。


「失礼いたします!」


 俺があまりの光景に目を奪われていると部屋の外から声が掛かり、入室を許可するとあの三人が入ってきた。


「メイガス家の重装歩兵タンク魔導師ウィザードをブラッド殿下に捧げます」

「そうか、あの重装歩兵で守り、魔導師の水力ですべてを押し流すつもりだな」

「はい! 仰る通りにございます」


 入るやいなや、まずオモネールが跪いて、俺に頭を下げる。オモネールのメイガス伯爵家は水魔法に長け、王国魔導師軍の一翼を担っていた。


「殿下っ! オレはー親父から騎馬傭兵を拝借して来たぜーーーっ! 魔王軍すら怖れぬー命知らずどもだっ!!!」

「ほほう、それは面白い」


 次にソンタックが器用にスライディング跪座を決めながら、報告してくる。ソンタックのアゼル子爵家は狂暴な異民族を上手く手懐け、傭兵としていた。


「しかしだ、あの数の兵士が移動し、戦闘となると兵站が問題になるな」


 だが……。


「ご心配には及びませんぞ、ボフゥゥ。我がユージン男爵家は商業ギルドの監督官を務めておりますゆえ、いくらでも物資は用意できますぞ」


 コビウルがドンと胸を拳で打ちながら、自信満々に答えた。コビウルのユージン男爵家はオモネール、ソンタックのように軍事貴族ではなかったが、街道の整備と管理を任され、商業ギルドに顔が利く。


 功を焦るあまり、三人で出発したジーク、かたや俺はというとオモネールたちが忖度し、あらかじめ遠征の準備を済ませていたようだ。


 三人が原作と違って、有能過ぎる……。


 俺たちが話し合っていると、また入室を求められ……みんなの前にフリージアが姿を現したのだった。だが風邪でも引いたのかってくらい顔が赤かった。


「あの……ブラッドさま、どうかお気をつけて」

「貴様に言われるまでもない」


 恥ずかしがり屋のフリージアを見て、オモネールたちが気を利かせてくる。


「我々はお邪魔虫のようですな」

「うおおー、燃えてきたぁぁーーっ!」

「では殿下、また後ほどですぞ、ボフッ」

「いや貴様ら、そんな遠慮は……」


 俺が言い終わる前に三人は部屋を出て行ってしまった。フリージアをいじめるどころか、まさか彼女に気を使うなんて……。


 俺の部屋なのに、二人取り残された気分だ。


 三人が去ったというのにフリージアの顔はまだ赤いままで、なにか言いたそうなのに口籠もった様子たった。


「なんだ、もじもじして。言いたいことがあればはっきり……」


 んん!?


 唇に触れる柔らかな感触と柑橘類を思わせる爽やかな香り……。


 俺はいきなりフリージアにキスされていた。こんな大胆なこと、原作じゃ、好感度マックスになってからだったと思うのに。


 一瞬、時が止まったかと思ったが、フリージアの唇が俺の唇から離れた途端、時間が動き始めた感じがした。


「聖女の口づけは厄災から身を守る加護となると言います」


 それだけ告げるとフリージアは部屋に入ってきたとき以上に顔を赤く……それに加えて首筋や腕など全身の白く透き通る肌を桜色に染めて立ち去ってしまう。


 思わず唇を押さえて、呆然と立ちすくんでいた。キスされてから、どれくらい時間が経過したのか分からないが、気づくとリリーが小悪魔のような視線を向け俺を見ていた。


「ふ~ん、二人ともファーストキスだったんだぁ」


―――――――――あとがき――――――――――

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