第6話 クズ王子(外道)

 俺はブラッドの犯した同じ轍を踏むまいと『フォーチューン・エンゲージ』を振り返っていた。


――――【回想】


 細やかなレースの施されたテーブルクロスの上にフランス料理と良く似た食事が並んでいた。ブラッドは部屋でフリージアと食事を取っていたのだが、ブラッドは白磁に盛られたステーキを一口手をつけただけで、ナイフとフォークを投げ出す。


「なぜ俺の大好物であるブリストル牛のステーキがないのだ?」


 彼らの傍で料理の説明していた料理長のアルボンがブラッドに問い詰められた。十七歳と年端のいかないブラッドに三十路のアルボン……。身分の違いはブラッドを傲慢にさせていた。


「も、申し訳ございません、飼育小屋が先日の家事で焼けてしまい……ご用意することが適いませんでした……」

「はあ? 用意ができないなら手配をかけて用意するのが筋であろう? 貴様はブァカなのか?」


 実はアルボンに責はまったくなかった。ブラッドとその取り巻きのオモネール、ソンタック、コビウルたちが迷惑ユーチューバーのような馬鹿をやらかしたために過ぎない。


 ブラッドたちは燃えた飼育小屋の前からそそくさと姿を消し、偶然通りかかったフリージアがジークフリートに助けを求めて、なんとか鎮火することで王宮に火事が広がることは防げていた。


 そんな背景があるのに、跪いて誠心誠意に謝罪するアルボンに向かって……。



 ジャバジャバジャバー。



 ブラッドはワイングラスを容赦なく逆さに返してしまう。


「ははははは! まるで不味い赤身肉のようだ」

「くうぅぅぅ……」


 頭から流れるワインでアルボンの白いコックコートが真っ赤に染まっていた。アルボンは歯を食いしばり、ただただブラッドから受けた屈辱に耐えている。


 そこへアルボンを庇うようにフリージアが声かけした。


「ブラッドさま……料理長も精いっぱい努力をして、代わりの品物をご用意してくださったのです。こちらをいただきましょう」

「フリージアさま、お心遣い感謝申し上げます」


 フリージアはアルボンにハンカチを渡した。アルボンは顔に垂れるワインをフリージアから渡されたハンカチで拭うと、両手を組んで彼女を女神か聖女でも崇めるかのように感謝していた。


 そんな二人を見て、ブラッドはギリギリと歯ぎしりして、不満を露わにしている。決してフリージアとアルボンが話しているから嫉妬しているのではなく、フリージアがアルボンに慕われたことに嫉妬しているのだ。


「フリージア、貴様が召使いどもを甘やかすからつけ上がるのだ。こいつらは王族を試してるのだ。そんなことも分からんとは、次期王妃失格だな」


 ブラッドがパンパンと手を叩くとドアの向こうに控えていた侍従たちが集まりだす。


「殿下、なにごとでしょう?」

「そこにいる役立たずを摘まみ出せ。今日でそいつは解雇だ」

「御意!」

「いやだぁぁーーーー!!!」


 解雇とブラッドは告げたが、アルボンが連れてゆかれたのは王宮の暗部……牢獄だった。



 俺がブラッドを男として最低だと思ったことがある。


 ブラッドは隣の部屋に住まうフリージアを自室に呼び出していた。


「ブラッド……さま……?」


 ブラッドの侍従がドアを開けたので、フリージアが促され入るがブラッドの姿はない。きょろきょろと辺りを見回しても部屋にはいなさそうに思えた。


(またイタズラなのね……)


 たちの悪いブラッドがフリージアを呼び出して、どこかであざ笑っているのだろうと部屋から退出しようとしたときだった。


「あああーーーーーっ、ブラッドさま、すごいぃぃーーーーーーっ!!!」


 踵を返した途端、フリージアの妹の声が部屋に響いてしまう。フリージアが声がした方を向いてみると寝具のかかったベッドがギシギシと揺れていた。


 恐る恐るフリージアがベッドの傍らに寄り様子を見てみると、ブラッドがフリージアの異母妹リリーに跨がり、汗をかいていた。


 枕に突っ伏して、恍惚とした表情のリリーは、真っ青になっているフリージアに向かって言い放つ。


「ああん、お姉さま! 来ていらしたんですね。処女には刺激が強かったかもしれませんわ」

「貴様のように口うるさい女より、リリーのように素直な女の方が愛らしい」


 フリージアに優しい言葉を一度たりともかけなかったブラッドが妹のピンク色の髪を撫で、愛おしそうな目で見ている。


 思春期ともなれば、二人がなにをしていたかなどうぶなフリージアでも分かる。フリージアは二人の裏切りに今まで努力してきていたことがすべて無駄になったような気がしてきていた。


 フリージアはブラッドのことがそれほど好きではなかったが、嫌悪していたわけではない。ブラッドのために尽くそう、そうすればブラッドに愛されるまでは行かなくとも、目をかけてもらえると淡い期待を抱いていた。


 もうそれも叶わないと感じるとまぶたからどっと涙が溢れそうになる。悲しくても二人の前では泣くまいと思い、逃げるようにブラッドの部屋から出てゆく。


「リリー、見たか? あの顔!」

「ええ、見ましたわ! 泣き虫お姉さまのあんなに悔しそうな顔! 本当に堪りませんわ」

「はっはっはっはっ!」

「おほほほほほほっ!」


 逃げ去ったフリージアを大きな声であざ笑う二人だった。



 ついにはブラッドはあろうことか貴族の子弟が通う王立学園の卒業記念パーティーにおいて、フリージアに婚約破棄を宣言し、リリーを伴侶とすることを決めてしまう……。


 こんなクソ王子……ざまぁされて当然なんだ。


 だけど、中身は俺なんだよ!!!


 これからどうやって挽回してゆけば……。


―――――――――あとがき――――――――――

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