混乱
「ご感想はいかかです? エドガー・シュウィッツ・エルヴィル」
「……セドリック・ル・ウィルベリー……!」
鬼の形相で鋭くにらみつけてくるエドガーの姿に、セドリックは喜悦に満ちた表情を浮かべ、クックッと忍笑いをした。
「これを見てください」
あいている左手の人差し指で、シルティの滑らかな肌をなぞっていく。そこには数え切れないほどの花びらが散っていた。
「っん、ふ……ぁ、」
昨夜の行為を思い出すのか、シルティは、軽く触れただけで肌を泡立たせ、豊かな双丘の蕾を膨らませた。ピンと天井を仰いだ蕾は、セドリックにさんざんいじめられたせいで充血し、赤黒く変色してしまっている。蕾をカリッとひっかくと、「っん」と控えめな嬌声がもれた。
「……ここ、いじりすぎてしまいましたね。痛いですか、シル」
「ううん、へいきよ、セディ」
2人の情事の跡を色濃く残す淫らな肢体を見続けることが出来ず、ギリッと奥歯を咬みしめたエドガーは、「くそっ」と吐き捨て、沈痛な面持ちで視線を足もとに落とした。
「……さぁ、これでおわかりになったでしょう? シルティはもう僕のものだ」
うっそりと妖しく微笑んだセドリックは、ようやくシルティの手を解放した。
「あっ」
ヨロヨロとその場にへたり込んだシルティの肩に、セドリックが自分のジャケットを脱いでかけてやり、頭を抱え込むようにぎゅっと抱きしめた。
「ごめんなさい、シルねぇさま。怖かったですよね? 首の傷はあとで手当てしてあげます。ドレスは……もっと素敵なものをプレゼントさせてください」
「私は大丈夫よ、セディ。ありがとう」
しおらしく反省の色を見せるセドリックの背に、シルティがそっと手をそえた。シルティに抱擁され、顔に喜色を浮かべているセドリックに、黙っていられなくなったエドガーが怒声を浴びせた。
「なにをたわけたことを! 貴様、自分がなにをしたのかわかっているのか!? シルに無体を働いたあげく、もののように扱って……! そんなうわべだけの言葉でシルが許すものか! いや、たとえシルが許したとしても、私が許しはしない!!」
「小伯爵。あなた……さっきから『シル』『シル』と馴れ馴れしいですね。あなたはもうシルねぇさまの婚約者ではないのですよ。そして、シルねぇさまが愛しているのはこの僕であって、あなたではない。……いい加減、現実を受け入れて、身の程をわきまえた方がいい」
ゆらりと蜃気楼のように立ち上がったセドリックは、見下げるようにエドガーをにらみ据えた。
その視線を真っ向から受け取ったエドガーが、ハッと嘲笑する。
「貴様、さきほどのシルの言葉を聞いていなかったのか? シルは貴様ではなく、私を愛していると言ったのだ。身の程知らずは貴様の方だ」
「違う! シルねぇさまは僕を愛して――」
「そうよ。私はセディを愛している」
その言葉にエドガーが驚愕の表情を浮かべ、シルティに振り返った。唇をわななかせて一歩前に進み出る。
「……そんな。さっき君は私のことを愛していると言った。……私をからかったのか?」
シルティはふるふると顔を振った。
「いいえ、本当よ」
「だったら、」
「愛しているわ、エドガー。でもそれは男性としてじゃなく、家族愛のようなものよ」
「か、ぞく……」
「そうよ。あなたのことを尊敬している。2人で過ごすうちに、親愛の情が生まれたのよ」
淡々と話すシルティの姿を、信じられない思いで見つめる。混乱する頭を落ち着かせるために片手で額を押さえたエドガーは、きつく目をつぶったまま、戦慄く唇を動かした。
「……だったらなぜ泣いた」
「え……?」
「君はさっき、私を愛していると言って泣いただろう。本気で愛していないのなら、なぜ泣いたのだ!」
拳を握りしめ、喉の奥から絞り出すように問うたエドガーに、シルティはきょとんとしたあと訝しげに眉をひそめた。
「……なんのこと?」
「なに?」
「私、泣いてなんかいませんわ。それに私は、お父様にあなたとの婚約破棄をお願いしました。私はセディを愛している。あなたが傷つけたセディを、私の身体で癒したのも、私がセディを愛おしく思っているからですわ」
「……変なことをおっしゃらないで。セディが誤解してしまったらどうするの」冷たく言い放ったシルティは、愛おしそうに自分を見つめるセドリックに両手を伸ばした。
セドリックを胸の中に抱き込むと、ぎゅうっと強く抱擁し、幼子にするように頭を撫でた。
「愛しい私のセディ……いいこね……」
「シルねぇさま」
腕の中から抜け出し、シルティに口づけようとしたセドリック。
とその時。
応接室の床に文字と記号の羅列で構成された円陣が出現し、目を開けていられないほどのまばゆい光を放った。
「くっ、なんだこれは……!」
「魔法陣だよ」
「……魔法陣?」
エドガーがセドリックの言葉を繰り返し、信じられないといった様子で円陣を見た。
そしてその光が消える頃、この場に似つかわしくないひとりの男が現れた。無精髭を生やし、珍しい黑髪はボサボサで、切れ長の目の下にある濃い隈が印象的な。
「よう。セド坊。なんだかおもしれーことになってるみてぇだなぁ」
「……クロード!」
名を呼ばれたクロードは、前歯に埋め込まれた金歯を見せつけるように、ニヒルな笑みを浮かべた。
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