魅了


 クロードはキョロキョロと室内を見回しながら、


「お〜、お貴族様ってーかんじの部屋だな!」


 これとか高そうじゃね? と自分の顔ほどの大きさの花瓶を持ち上げたりした。


「クロード!」


 セドリックがもう一度呼ぶと、クロードはようやく振り返った。


「おぅ、セド坊。こりゃあどういう状況だ?」


 言って、パチンと指を鳴らすと、無残な格好をしていたシルティは一瞬でドレス姿に変身した。


「まぁ……!」


「なに……!?」


 驚愕の声をあげるシルティとエドガーに気をよくしたクロードは、「こんないい反応は久しぶりだぜ」と豪快に笑い出した。


「……クロード」


 ズキズキ痛む頭を抑えたセドリックに怒りの滲んだ声で呼ばれたクロードは、「へーへー」とおっくうそうに後頭部で手を組み、ごついブーツを踏み鳴らしてセドリックにの側に来た。


 そしてセドリックの横顔についっと顔を寄せると、潜めた声で耳打ちした。


「おまえさん、臭ってるぜ。……魅了薬の匂いがな」


 言われ、ハッとしたセドリックはとっさに服の臭いをかいだ。その様子にクロードが眉間に皺を寄せる。


「バーカ! 服じゃねぇよ。そんなショボい理由だったら、こちとらわざわざ人間どもの巣に乗り込んでこねーわ。バカが」


 2人の様子をぼうっと見ていたシルティとエドガーが、聞き捨てならない、といった様子でクロードに詰め寄った。


「魅了とはなんのことだ!?」


「セディのことをバカバカ言わないで頂戴!」


「わ〜うぜぇ〜」


 パチンッ、もういちど指を鳴らしてシルティとエドガーの動きを封じる。正確には、セドリックとクロードを取り巻く時間の流れをミジンコサイズ並みに遅めただけだった。


「……お前、こんな魔法も使えたんだな。知らなかった」


「まぁな。で、さっそく本題に入りてぇんだが、その前にお前の契約印を見せてくれるか?」


 右手を銃の形にしてピッと指さした先は、セドリックの左胸だった。


 セドリックは不快気に眉を寄せただけで、もくしたまま、ラバリエールとシャツのボタンを外し、バサリと上体左半分のみをさらした。


「ほぉ……」


 クロードは、腕を組みながら一歩分だけ顔を契約印に近づけた。ただびとの目には線画としてうるだろうそれは、魔法使いのクロードには記号と数字、そして古代語の羅列に見えた。


 セドリックがシルティの処女を喪失させ、子種を注ぎ込んだことで、契約印の半分は跡形もなく消え去っている。


 セドリックが言うに、『真実の愛の口づけ』が必要であったのに、シルティとの口づけではなぜか解呪に至らなかった。お互いの愛を確かめあった上で交わした口づけだったのに……だ。


 クロードは事態を軽く考えていた。愛だの恋だの永遠だのとほざくくせに、人間どもの心変わりは驚くほど早い。愛し合っているのに、恋におちることもある。だから今回の件も、そういったくだらないことが原因だろうと思っていた。しかし、


「――おい、セドリック。お前……大変なことになってるぞ」


「は……?」


 至極真面目な顔でセドリックを見たクロードの瞳にからかいの色はない。それになりより、魔法使いは嘘がつけないのだ。セドリックはクロードの言うことを信じるほかなかった。


「僕にもわかるように説明してくれないか」


「ああ、いいぜ。ちぃっとら長くなっちまいそーだけどな。ま、時間はある」


 クロードが魔法で机と椅子、お茶のセットを出現させた。小人サイズの使い魔がせっせとセッティングをし、終わると煙のように消えた。


「さぁ、話そうぜ」


 ニヤニヤと楽しそうな表情を浮かべるクロードに、若干苛ついたセドリックだったが、おとなしく聞く大勢に入った。


「まーずーは、なにから話そっかなー」


 ぴゅ〜と下手くそな口笛を吹いて椅子をガタガタさせていたクロードは、「なぁ、セド坊に選ばせてやるよ」と言った。


 セドリックは「はあ?」と非常に嫌そうな顔をした。


「まあまあ、おーちーつーけって〜。どっちも楽しくない話なんだからさ、演出くらい明るくしねぇとな!」


 と言って、ニヒルな笑みを浮かべたクロードは、「AルートとBルートのどっちから聞く?」と尋ねた。


 どっちを指定しても後味悪い話ならば、自分が決めるまでもないと思った。


「お前に任せる」


「オーケー。そういうと思ったぜ。じゃあ無難にAからだな」


 セドリックは真剣な顔をして首肯した。


「まず、セド坊。お前の契約印に魅了魔法が定着してる」


「な……っ!」


 顔色を変えて立ち上がりかけたセドリックに、「まぁ、座れって」とクロードがたしなめる。不本意そうにしながらもおとなしく従ったセドリックは「それで?」と続きを促した。


「あー、ちょいと小耳に挟んだんだがな。お前の姫さんが、貴族の兄ちゃんを愛してるって言ったのも、セド坊のことを愛してるって言ってるのも、どちらも本心で嘘じゃない。だが、俺の魅了薬は使用する相手に少しでも好意があれば通用する代物だ。だから今後、あの貴族の兄ちゃんを魅了することはないだろう。ただ問題なのは、姫さんの方だ」


 シルティに問題があると言われ、心臓が嫌な音をたてる。


「姫さんはお前のことを愛してる。まあ、その愛ってやつが家族愛なのか親愛なのは異性愛なのかは本人にしかわからないが、魅了魔法の影響をうけるのには十分だ。お前が姫さんのそばにいるうちは、姫さんはお前だけを愛する。だが問題は、お前と姫さんが離れてるときだ。一定の距離と時間、魅了魔法から解放されると本来の自分を取り戻すことになる」


「……そうするとどうなる」


「姫さんは貴族の兄ちゃんのことを愛する。……これが、真実の愛で契約印が解呪されなかった理由だ。セド坊。姫さんが男として愛しているのはあの兄ちゃんの方だ」


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