第3話
次は五組対六組。今度のクラスは強豪だ。バスケ部の子が二人もいる。うちのクラスの紗良ちゃんや京香ちゃん、彩花ちゃんだけでリードを取り、そしてそれを守り続けられるかは未知数だけど、ベストを尽くすしかない。
審判は一年の男の子だった。かわいらしさが抜けきらない審判がブザーを鳴らして、試合開始。この試合に勝ったら、決勝進出だ。優勝するために、ここは何としても勝たなくては。負けたら三位になってしまう。それは嫌だ。五組は優勝したいんだから。昨日の昼休み、みんなで決めたんだから。
彩花ちゃんがセンターサークルに立つと、審判はボールを高くつき上げた。
六組の子のほうが若干早かった。彩花ちゃんはボールに触り損なり、風を切った。すると、ものすごい勢いで速攻を成功させられ、先制点を与えてしまった。最初の一点は六組に入る。その瞬間、五組の生徒が盛り下がるのが手に取るように分かった。それでも私は写真を撮り続ける。六組に負けようが、晴れて勝利を手に入れようが、そんなことは関係ない。私には私の役割があると信じる。試合で活躍はできないかもしれない。でも、そうじゃない、それだけじゃない。別の形で、みんなの心に残ることができる。それが写真だと思う。私は写真を撮る。誰に頼まれたわけでもないけど、これは私がやると決めたことなんだ。
六組は順調に点数を稼いでいった。私の出番になったころには点数は十点ほど離れていて、文化部勢の私たちには到底埋められそうもない差だった。
私は走った。何もかも忘れてボールを追いかけた。それは他のメンバーも同じだったと思う。しかし相手が操るボールをカットすることが出来ない。カットしようとしても逃げられてしまう。なんとかマイボールになったとしても、相手にすぐ取られてしまう。バスケットカウントを待つことなく、あえなく相手にポイントを入れられてしまった。
「ナイスファイト!」
「広瀬さん走って~!」
応援の声が体育館に響き渡る。
その声に掻き消されそうな小さな音が鳴った。ブザーだ。出番が終了した。
私は何もできなかった。私がコートの中でプレーしても、全然意味なかった。私は、このメンバーで、もう少しできると思った。活躍したかった。
私はスマホを手に取った。何かしようと思ったのではなく、自然に。もちろんスマホ依存というわけではなく、写真を撮るためだ。第二クオーターと第三クオーターの間の時間、汗だくで休憩をとるメンバーをスマホカメラに納めようとした。
運動が出来なくても、私だからできるということはきっとある。私だから役に立てることがきっとある。そう信じるんだ。信じていれば、私はみんなのためになれる、きっとそうだ――
試合は第四クオーターの終盤に差し掛かった。依然として両組の点数は拮抗しており、どちらが優勝者となるのかはまだまだわからない。私はスマホカメラをビデオに切り替えた。走るメンバーを追いかけつつ、写真も撮った。スマホの性能の良さに、私は感謝した。ビデオを撮りながら写真も撮るなんて、私がこのスマホを使い始めてからは初めてだ。だって、わざわざ撮るようなことがなかったから。普段の私の生活では写真なんて撮らない。必要がない、そんな生活だから。それはまあ、寂しいけど。
紗良ちゃんが走る。走ってもボールに追い付くことはできず、相手チームがポイントを入れてしまった。これで五組は劣勢になる。総合点数は現段階で六組が上回っている。それに、今ボールを保持しているのは相手チーム。
もう駄目か……。
そう一同が思った時、夏美ちゃんが動いた。
夏美ちゃんがボールをカットした。そのままの姿勢でパスを出す。その相手は紗良ちゃん。紗良ちゃんは待ってましたとばかりにドリブルを一回つくと、ポンっと手からそれを空中に向かって押し出す。試合時間、残り一秒。
ボールはネットの中を通過した。点数が入った。スリーポイントだった。
五組の決勝進出が決定した。
キャーー!!
女子の声だ。全部、全部、私のカメラで、記録されている。
うぉーー!!
男子の声。こっちも全部、記録できている。
さっきの紗良ちゃん。あれは最高だった。その前の夏美ちゃんも。夏美ちゃんと紗良ちゃんのチームプレーがなければ、私たち五組は負けていた。
私は撮った動画をクラスLINEに送信した。ちょっと勇気がいることだけど、今だからできた。
「あ、広瀬さん!」
「え、何?」
「広瀬さんが、さっきの紗良のスリー、動画撮って送ってくれてる!」
「ええ‼」
早速彩花ちゃんが話題にすると、一斉に既読が付いた。みんながこれを見てるんだ。
「広瀬さんありがとう!」と口々に言われる。
「ありがとう、南ちゃん。」あの友希ちゃんも。
こんなの、私にとっては初めてだ。いつも目立たない、ただそれだけで、ただそこに存在している、それが私。今までの私。でも、今日初めて、ここにいる意味を見つけた気がする。二年五組にいる意味。それは、私の手で。大きな意味があった。大きな意味をつくった。
私は「ありがとう」と呟いた。
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