第2話
「いやー、よかったね」
「女子強ええ」
「やっぱりバスケ部の紗良ちゃんとか京香ちゃんがすごいね。女の子だけど好きになちゃいそう!」
口々に感想を言い合いながらクラスメイト達は教室に戻ってきた。友達同士でしゃべりながら歩いてくるから、一人でさっさと行動する私より断然遅い。
私はスマホの画面を確認していた。
さっき撮った写真。みんなの真剣な表情が液晶画面に映し出される。アップにして見てみても、それは変わるはずはないのに、なぜか私はズームして見ていた。
みんな、素敵。もちろんかわいいし、それに、なんか、かっこいいな。
「バレーの時間すぐだからもう行かなきゃ」
友希ちゃんが小さな声で言った。それを聞き漏らさなかった夏美ちゃんが声を張り上げる。
「五分後にバレー始まるので移動してください。」
夏美ちゃんは学級委員を務めている。いっぱい仕事もあるのに頭もよい。何でもできる人っているんだな、と私はいつも感心する。かっこいいな、と思う。
バスケで体が熱くなった女の子たちはタオルを首にかけたり水筒の茶を飲んだりしてリラックスしながら、私たちは屋外にあるバレーコートに移動した。
よし、次もいっぱい写真撮ろう。頑張って、みんなの雄姿を記録しよう。そして、この目に焼き付けるんだ。
一同がバレーコートに集結した。私はみんながコートのラインに沿って並んで観戦している後ろに位置取りする。この場所からなら、みんなを一枚の写真に収めることが出来る。相手は二年七組。うちのクラスにはバレー部エースの白石くんがいるから、男子の第一セットは間違いなく勝てる。それに、運動神経のいい子は他にもいるし。
私はみんなより五メートルほど後ろでかがんだ。
さっきの試合で活躍し、汗を流している紗良ちゃん。
紗良ちゃんの相方を務めるためにコート内を走り回った京香ちゃん。
ほかにも、図書委員でしっかり者の友希ちゃんに、同じくしっかり者で学級委員の夏美ちゃん。みんな最初の試合を終えて緊張が取れたのか、かなりリラックスした調子で声を出していた。女の子たちは、推しの男の子の姿を目で追っている。推しがいない子はみんな白石くんを応援していた。白石くん、モテるなあ。
「白石くんがんばれ!」
「村田く~ん!」
「七瀬くんファイト!」
予想通り、白石くんと運動が得意な七瀬くんのコンビがゲームを引っ張っていた。
私はそれを見るのではなく聞きながらシャッターを切る。カシャ、カシャ。お揃いで作ったクラスTシャツを身にまとい、三十三人が一丸となった姿は美しい。私は思わず見とれてしまった。
七組側のコートから飛んできたボールを七瀬くんが受け止める。そのボールをセッターのポジションについた村田くんがトンっと空中にやわらかく押し上げ、そして白石くんが地面にたたき落とす。その構図は五組のリードを保ったまま第二セットの女子への引継ぎを迎えた。
全八クラスでトーナメント戦をするので、一種目あたり、三学年すべて合わせて二十一試合行うことになる。よってどうしても時間を節約しながら進行しなければならず、バレーボールは第二セットまでしかない。女子がこのままリードを守れるかが勝負の決め手だ。男子は無敵だとクラスの誰もが信じていた。
女子にもバレー部のエースがいる。茜ちゃん、七海ちゃんと同じグループを形成している美緒ちゃんだ。茜ちゃんは両親が外国の出身で、少し変な日本語を話す。そんな茜ちゃんの親友が七海ちゃんで、その二人のグループに今年から美緒ちゃんが加わった。
私は知っている。去年までは友希ちゃんと美緒ちゃんがいつも一緒にいたことを。友希ちゃんは最近いつも一人でいる。ケンカしたという話も聞いたことがないし、なぜ二人は分かれてしまったのだろう。女子の難しさを、私はそこで感じた。
友希ちゃんは無口な子で、美緒ちゃんもそれは同様。私は、その二人では話題が持たず、美緒ちゃんが茜ちゃんに引き抜かれたのだという風に見ていた。なんとか友希ちゃんがこれから一人にならずにいられればいいな、と私は願う。
一学期も終わりに近づいた夏の日、私は一人で帰っていく友希ちゃんを見た。慌てて追いかけて、走って抜き去るギリギリのとき、私は「友希ちゃんまた明日ね!」と声をかけた。果たしてそれが正解だったのかはわからないけど、あの子がそれをうれしいと思ってくれていたらそれでいい。
五組のコートに飛んできたボールは奈菜ちゃんの腕でバウンドして、そして沙絵ちゃんに渡される。沙絵ちゃんはそのボールを美緒ちゃんにパスして、美緒ちゃんがアタックする。これで女子もゲームを進めていた。
私は一人ひとりのサーブする瞬間をスマートフォンに収めていった。
美緒ちゃんの姿勢はかっこいい。いかにも経験者という感じがする。
沙絵ちゃんはちょっとぎこちない。小柄だから力が弱いのだろう。
奈菜ちゃんは反対になれた手つきでボールを飛ばす。大柄でしかもテニス部だから、腕は鍛えられている。
そして茜ちゃん、香鈴ちゃん、七海ちゃん。みんな緊張した様子だ。特に香鈴ちゃんは、この六人の中では一番下手だろう。私がそんなことを言える立場じゃないけど、なんとなく見ててそう思う。
私は友達がいない。このクラスのなかで一人浮いてしまっていると思う。学年が上がり、新クラスが発表される日、友達を作るために一番大切な日、私は風邪をひいて学校を休んでしまった。そのせいでこの二年五組の中で親しい友達を作ることが出来なかった。広瀬南。みんな私を広瀬さんと呼ぶ。
美緒ちゃんが私をチラッと見たのが分かった。画面の中の美緒ちゃんがこっちを見た。私は目が合った気がした。
友達がいればな。ふとそう思った。美緒ちゃんなら仲良くしてくれるかな。
でも、難しいよな。美緒ちゃんは茜ちゃんたちのグループだから。茜ちゃん、七海ちゃんとも親しくならない限り、あの三人のグループに入れてもらうことは難しいだろう。私もクラスの一員になりたい。こんなところで一人スマホをいじるのではなく、あの列の中に入って、バレーに出場している子たちを応援したい。
ひそかな思いを抱えたまま、わたしはそっと、バレーコートを後にした。次は男子のサッカー。広いコートを駆け回るクラスメイト達をカメラに収めることは、私には難しすぎる。肝心のカメラだって、スマホだし。まあ、いいや。写真撮影はあきらめよう。
私は元来、人の多い場所が苦手。友達がいれば気も紛れて平気なんだけど、なにせいっしょに観戦してくれる子はいない。私は生まれて初めて、学校を抜け出すことにした。格技場と本校舎をつなぐ渡り廊下の下を通ると正門がある。その門をくぐった先は、学校の外。塀の外。私たちの未知の世界。
私は歩きながら思考する。
私たちは普段、朝から夕方まで、学校にいる。つまり、その時間帯の外の世界を知らない。どんな人が歩いているかとか、空気はどんな味なのかとか、私たちは何も知らない。それって、おかしくない?学校に居たくても居たくなくても関係なく、強制力が働いているせいで、私たちは門の外にでられない。
今日くらいはいいじゃない。いなくなっても、きっと誰にも気づかれない。
正門の前にやってきた。真ん中に立ち、右足を一歩、外に出す。続いて左足も同様に。これで、私は学校から抜け出した。
ほんの一歩出るだけで、世界が変わったような気がした。自分でほんの少しの努力をしよう。そうすれば世界は変わる。
私は駆けだした。
走る。走る。すがすがしい午前の空気で満たされたこの世界を、私は駆け抜ける。この場所では、クラス全員お揃いで作ったクラスTシャツも。ただのシャツになる。学校内では意味を成すものも、ここならなんでもなくなる。
なんて気持ちいいんだろう。
南の脳内で、パッヘルベルのカノンが流れていた。管弦楽部でストリングスの子たちがいつも練習している曲。南はカノンという言葉を知らず、何かのトレーニングかと思っている。
ニ長調の滑らかな美しいメロディーが、南の気分に一致する。新入生歓迎会での演奏が脳内再生されて、ただのトレーニングでも上手に弾けると綺麗なんだな、と。カノンはいま、南の心の中に響いている。
南はJRの線路沿いにある
なにこれ、こんなところ初めて見つけた。学校からたいして離れていないのに知らない場所があったなんて。小さな白い花から、甘い香りが漂ってくる。甘くてしかもすがすがしい。最高。
中津川行きの列車が走り去っていった。あの電車に乗れば、中津川へ行ける。乗り換えれば、そのもっと先へも。なんてすばらしいんだ。電車に乗ればどこへだっていける。どこまでででも飛んで行ける。
突如、スマホが耳慣れた音楽を奏で始めた。それはLINEの通知だった。スマホのロックを解除し、メッセージを確認する。
「あっやばい。もう行かなきゃ。」
それは夏美ちゃんがクラスLINEで発言したものだった。
「女子バスケ五分後開始です。まだ来てない人、急いで体育館に来てください。」
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