初めての世界で

第1話

 permanentは「永遠に」。これだけがわからなかった。

 昨日、英単語テストの追試があった。私だけ不合格だった。ほかのみんなはさも当然のように満点で合格して、私はこの学校で一番バカなんだな、と思った。たかが単語一つわからなくても人生で困ることなんてない。面倒くさいことこの上ないと思う。

 ゆるっとのんびり過ごそうよって、部活や塾で忙しそうにしている同級生を見ているといつも思う。だって、大学に行くことがすべてじゃないでしょ? 自分がいたい自分でいればいいじゃない。


 さて、今日は球技大会だ。生徒会が主催し、先生方は、いなくなったのではないかと錯覚するほど、校舎内から姿を消す。職員室に籠りきりになる。

 二年生は男女混合バレーボールと、女子バスケットボール、男子サッカー。これらの種目でクラスごとに順位を争う。優勝したから何かあるとか、最下位だったからどうとか、そういうことは全くない。だけど、燃える子は燃える。燃えない子は燃えない。それでも大多数は前者で、後者は私くらいしかいないと思う。

 私は昔から、球技大会のようなみんなが一丸となる行事が苦手だった。小学校の運動会、学芸会、中学校の体育祭や生徒会主催のクラス対抗企画。そして、高校の球技大会。どれも、私はみんなの輪の中に入っていけなくて、いつも独りぼっちで、だから嫌。いつもただそこにいるだけ。そのことは嫌いだし、それを打開するために何も行動できない自分はもっと嫌い。

 はーあ。早く帰りたいな……。



 体育館に続々と生徒が入ってくる。二年五組対二年三組のバスケットボール第一試合が、これから行われるからだ。

 南はバスケットボールに選手登録していた。彼女の親友の美緒みおはバレー部に所属しているため、問答無用でバレーボールに登録していた。

 バスケに出場する五組の生徒は全部で十人。背番号順に、紗良さら彩花あやか夏美なつみ京香きょうか優菜ゆうな瑞希みずきゆい、そして南、愛理あいり友希ゆき。ちなみに、バレーに出場するのは、美緒、沙絵さえ奈菜ななあかね香鈴かりん七海ななみ。スポーツ万能の彩花や京香、愛理は仲が良く、朝からずっとワイワイ騒いでいる。反対に、おとなしい系の結、優菜、夏美は隅の方で小さくなっておしゃべりしている。南は美緒と二人でいるが、会話はない。

 美緒は最近、南と過ごす時間より部活の友達や茜、七海と過ごす時間のほうが多くなっている。友達なんてそんなものだ、と南は思う。どうせ友達関係なんて長くは続かない。

 クラス内では、沙絵と香鈴はいつも一緒に過ごしているけど、来年はきっとバラバラのクラスになって疎遠になる。南はいつも、冷淡というべきか、悟っているというか……。あっさりした考えをもっていた。

 美緒が一緒にいてくれなくなると、南はぼっちになる。しかたない、美緒しか友達がいないんだから。しかも、その美緒だって、強い友情で結ばれているわけではないのだから。


 第一クオーターに出場する紗良、彩花、夏美、京香、優菜はコートに入って練習している。紗良は右からのレイアップシュートを決めた。夏美はフリースローの練習をしているが、今のところ一本も決まっていない。

 この五人のメンバーの中で期待されているのは紗良と京香だ。二人は仲がよく、同じバスケ部で活動している。また、彩花は小学校時代バスケ部だったため、期待されるメンバーのうちの一人だ。

 五組女子の作戦はこうだ。

 まず第一クオーターで紗良と京香、彩花が出場し、一気にポイントを重ねる。第二、第三クオーターは文化部勢の南、瑞希、結、愛理、友希が、点数を取れないことは覚悟の上で鉄壁のディフェンスを行う。体育の授業内で練習の時間が設けられたため、この五人はバスケ部経験者の三人からレッスンを受けた。そして第四クオーターでまた紗良、京香たちがポイントを稼ぎ、そして圧勝する。


 審判を務める三年の男子生徒が体育館に姿を現した。いよいよ試合が始まる。審判は体育倉庫に入り、使用するボールを選定している。その間に第一クオーターに出場する合計十人はコートの真ん中で列を作った。あとは試合開始のブザーが鳴るのを待つだけである。ブザーは審判のタイミングで鳴らされる。

 さあ、これから始まるぞ、楽しい楽しい球技大会が。

 でも、南の表情はさえなかった。


 ジャンプボールをする選手がセンターサークルに入った。応援に来た生徒たちはコート外から二人の選手の手先を見つめる。五組で一番背の高い彩花がその役目を買って出た。緊張の一瞬。そしてブザーが鳴らされた。


ブーーー。


 審判がボールを高く投げ上げる。最高点に達し、そして落下してくる。ボールは彩花の手にあたり、そして突き飛ばされた。優菜がそれをキャッチし、すぐに紗良に回す。紗良は素早くドリブルを始め、目の前に立ちはだかる三組の生徒二人をまとめて抜き去り、右からのレイアップを決めた。先制点は五組だ。最初の一点は五組に入る。

 歓声が巻き起こった。

「紗良ちゃんすごい!」

「いいぞ紗良!!そのままがんばれ!!」

 そんな生徒たちを、南はスマートフォンの画面越しに見つめていた――



 やった! 紗良ちゃんが決めた!

 この試合は簡単に勝てるかも。五組、案外いいじゃない。体育大会の時は一組にぼろ負けしたのに、今回は良い調子。

 緊張が高まってくる。一クオーターあたり五分、それが終わったら次はいよいよ自分の出番だ。大した活躍ができるとは思えないけど、何気に緊張してしまう。

 心臓の音が高鳴るのが、自分でもわかった。

 そして、カメラでドリブルする彩花ちゃんをおさめる。私は友達がいないけど、それでもこのクラスの一員になりたいんだ。ただそこにいるだけの存在でいるのは、もう嫌なんだ。

 私はひたすらシャッターを切り続ける。五組の思い出を私が記録に残す。話す相手は誰もいないのに、一人で大声を張り上げて応援するのは、むなしい以外の何物でもない。仕方ないから、こうするしかない。

 ドリブルしている紗良ちゃんにズーム、パスを出そうとしている夏美ちゃんにズーム、そして私が座っている位置から遠くでボールを取り合っているときは引き画で。私が持ちうるすべての技術を総動員して撮る。とにかく撮る。

 夢中になっていると、五分間はあっという間に過ぎ去り、いよいよ私の出番だ。

 第二クオーターと第三クオーター。合計十分間を任されている私たち五人はみな文化部で、体力がない。自分たちが点を入れられなくても、相手の攻撃を防げば勝てる。そうやって、試合が始まる前、私たちに向かって京香ちゃんは言った。その言葉を信じ、私たちはディフェンスに専念する。

 蟹股で立ち、いつでもどこへでも動ける姿勢をとったうえでコート内に五角形を作るようにメンバーを配置する。私は一番ゴールに近いところの位置を任せられた。理由は背が高いからだそうだ。私はクラスで彩花ちゃんの次に背が高い。一六五センチ近くある。

 走る、とにかく走る。

 撮る、とにかく撮る。

 五分かける四で二十分。風のように一瞬で過ぎ去っていった。

 作戦は大成功。三組相手に、圧勝だった。

「いやー、よかった」

 応援に来ていた男子たちの歓声が場内に響く。

「私のおかげやな」

 彩花ちゃんが言った。ジョークのつもりだろうけど、何せ本当のことだから、誰も笑わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る