第三幕

第一場

 千晴さんが予約を取っておいてくれた店に、椿と一緒に向かった。若者はこんな居酒屋を古めかしいなどと言うが、昔はこういう安い店こそ盛り上がったものだ。盛り上がる店でアルコールの力を借りたら、きっと言えるはず。

「では、乾杯!」

「三人でお酒って久しぶりだね。」

「みんな大人になったんよ。」

「椿は千晴さんがいると訛るよな。」

 千晴さんは、誰かと一緒になりたいと思った時、どうするのだろう。俺には壁がないのだから、もっと積極的にならなければならないと思う。

「ほんっとにすごかったわあ、深冬ちゃんだからできる表現があるんやろな。」

「千晴こそ、あんたそのものを求めとる人がいるやろ。」

「映像や舞台と、一瞬を切り取る写真を撮ること、全然違うで。」

「じゃあ、おあいこやん。」

 あはは、と二人が笑っている。

 撮影現場では、くるくる動き回っていたかと思えば急に寂しげな顔をしたりしていた。可愛いとか美人とか、そういうことじゃないけど、妙に興味が湧いてくる人で、それが俺にとっての椿なのだろう。

 同窓の萩森は、先輩の葉月さんによくわからないけどなぜか惹かれてしまうと言っていた。葉月さんは目の前にいるのに壁に隔てられているように感じる人で、俺は何が良いのかわからない。でも、萩森と葉月さんが二人でいると、壁が見えない。あいつと俺は違うんだ、それは当たり前のこと。だけど、気が付いてしまった。よくわからないけどなぜか惹かれる存在、思い当たる人がいる。

「そういえば、前に飯誘ってくれただろ。あれの埋め合わせはいつにする?」

「大楽終わってから、打ち上げみたいにやったら良くない? そうだ、千晴も予定合えば来なよ。」

 ああ、やっぱり千晴さんにあらかじめ言っておいてよかった。

「ごめん、ちょっと立て込んでて。」

「こんな時期に? 大変やね。」

「ごめんね、二人で行ってきて。」

「個室取るのは俺がやっとくから。行く予定だったところ、どこ?」

「うちらで行くなら普通のご飯の方がええわ。」

「そういうことじゃなくて。」

「星野さんがこれだけ言ってるんだから。」

 千晴さんありがとう! 助け船を出してくれる人がいるとは、なんて心強いんだ!

「ええ……。」

「こんなに仲良しの人がいてさ、一緒に仕事して打ち上げ行くなんてさ、わたしうらやましいよ?」

「もう、そこまで言うなら別にダメやないけど、後悔しないでよね。」

「ああ。」

「エステサロンや。話題の最新研究に基づく施術が受けれるんよ、食事つきで。」

 俺は思わず「は⁉」と言ってしまった。千晴さんは「えっ」と反応し、引きつったままで顔が凍っている。

「後悔しないんだよね?」

 にやにや笑いながら、俺を見ている椿。おい、お前なあ!

「聞くけど、なぜ俺を誘ったんだよ⁉」

「ほんとは四人で、あ、エマとルーシーの全員ね。それで行きたかったんだけど予定合わなくてさ、初日終わったあとにマチネの二人でってことなら何とかなったの。ソワレに出る人誘うわけにいかないし、別に男が行ってもええやんなぁ?」

「だからって、俺はねえだろ!」

「しょうがないでしょ! 嫌なら蕎麦にでもすれば?」

 ハア、と思わずため息が出てしまう。ただし、決して本気でイラついているわけではない。断じてそんなことはなく、むしろこういうところが良い。

「ものすごく美味い蕎麦屋、探しておく。」

「やった、タダ飯~!」

「なんで奢りなんだよ⁉」

「あははははは、ほんっとに、仲ええなぁ!」

 千晴さんが爆笑している。

 ふう、ひとまず、これで一歩進んだ。



「今日はありがと!」

「わたしも、楽しかったよ。」

「あざした!」

 三者三様に別れを告げて、ホテルに戻る。俺と椿はスタッフが部屋を取ってくださったので、行き先は同じだ。タクシーを拾い、二人で乗り込んだ。

「ドタキャンした理由、萩森から連絡があったからなんだわ。」

「へえ、萩森くんが?」

「奥さんと、また一緒に暮らすことになったって。」

「最高じゃん! おめでとう!」

「にぎやかだけど時間がゆっくりなところだってよ。公園と学校と施設があるらしくて、なんか、椿と千晴さんが逢った場所に似てる気がするんだよな。まさか同じってことはないだろうけど。」

「電車はもう廃線になってて、廃校は昔の水産高校?」

「どうだか。廃線も廃校もそこらじゅうにあるから、さすがに同じじゃないだろ。」

「川があって、海が近い?」

「川沿いのボロアパートで会ったあと二人で海岸を歩いた、とは聞いた。」

「川、海、公園、廃校、施設、廃線。これが全部揃う場所なんて、そんなにたくさんあると思えないよ。」

 しばらく黙っている。どうやら少し体が冷えるようだ、と勝手に決めつけてカーディガンを脱ぎ、椿の肩にかけた。

「ありがと。」

「……ねえ、思ったんだけど、千晴とはずっと仲良くしてるし、萩森くんは奥さんと再会できたし、私はまた君と一緒に作品に参加できて、みんな繋がってるんだな、なんてね。」

 椿は俺を見上げた。

 この目を向けられると、心臓がドクっとする。今までこんなことなかったのに、急に変わった自分に戸惑ってしまうが、俺は俳優である。平静を装うことくらいできる、いや、できているはずだ。ずっと繋がっていようと言いたいが、今はまだ我慢。入念に準備を整えるためだ。

 特別の気持ちを、ちゃんと、伝えたいから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る