第1章 麒麟の透明人間(23)
「屋上にいる人を全員透明化させる?!」
三原から連絡が来てすぐ、綾多華と与謝は誰もいない演劇部の部室で作戦会議をしていた。
屋上で部活動に勤しんでいる演劇部の全員を透明化させようというとんでも作戦が綾多華から飛び出し、与謝は驚愕の声を上げていたところだ。
「ああ。お前触ったもの透明化できるだろ?だからそれで屋上にいる演劇部員全員透明化させて、そこに三原を呼び出す」
「…と、透明化できたとして、それで?」
「三原に洗いざらい吐かせる。できるだけ警戒を解いて、自分のやったことを自白させる。周りの演劇部員たち全員を、三原の発言の証人にしちまうんだ」
「な、なるほど。その数に聞かれたんなら証拠も何もないか」
「そういうこと」
「なるほど…」
綾多華と与謝は向かい合うように椅子に座り、膝を突き合わせて考え込む。
「でも全員透明化は」
「厳しそうだよなぁ」
2人はがっくしと頭を落として大きくため息をついた。
何が透明化されるかもはっきりとしていない中、何十人もの人間を透明化させるというのは無理難題であった。
綾多華はその空想に長けた脳みそを使ってあらゆる方法を考えた。
与謝とみんなが肩を組めばいけるかとも考えたが、しかしその場合誰かががっつりと透明人間である与謝に触れていないといけない。
まだ与謝は盗撮犯としてやり玉に挙げられる最有力候補だ。何より透明人間がいると明らかになったら部活どころではなくなって騒ぎになってしまう。そんなところに三原は呼べないし、気やしないだろう。
「そもそも他人を透明化させる力はバグったりしてるし、難しいな…」
綾多華がうんうんと頭を悩ませている間、与謝は部室の奥の方をちらちらと眺めていた。
「…ところで、あいついるけど、こんな話して大丈夫なのか?」
与謝は部室の奥の方のソファーで寝ている白髪の生徒を指してそう尋ねた。誰もいないところで話をと言ってここに来たのに、人が寝ていた。
白髪の時点で察しはつくが制服もかなり着崩しており、中にはドクロが描かれたシャツを着ている。不良なのは疑いようもないところであった。演劇部は実は不良の溜まり場だったということだろうか。
綾多華はちらりと奥のソファーの方を見て、
「あーいいよ。あいつが起きてるとこ見たことないし。害はないって」とだけ答えた。
「なんだそれ。てか起きてるとこ見たことないって、そんな奴いるの?」
「透明人間がいるんだから、それくらいの奴はざらにいんだろ」
「まあ、そうか。そうなのか?いやまあ問題ないならいいけど…」
綾多華は立ち上がって部室にある黒板に手をつきながらうーんと頭を捻っている。
「なんかねぇかなぁ。全員を透明化する方法。例えばさ。演劇部員全員をこう、ブルーシートの上に乗っけて、そのブルーシートにお前が触ったら全員透明とかにならない?」
「んーわっかんないけど…」
なんて話をしていると、
「あれ、いたんだ?」
と演劇部の部室の扉を開けて1人の女子生徒が入ってきた。
びくりと体を震わせ、綾多華はその女子生徒の方を見る。
「あ、亜希か。お疲れ」
華奢で小さな女子生徒がそこに立っていた。篠田亜希。綾多華と同じ、演劇部の1年だ。
「誰かいる?話してた?」
「いや、ひとりごと」
「ふーんいつものか。あそうだこれ、お土産」
亜希は鞄から大きなターバンを取り出した。どのように鞄に収まっていたのか不思議で仕方がない直径1メートルほどのバランスボールを思わせるような大きなターバンをよいしょと取り出し、そのまま綾多華の頭にかぶせた。
がっぽりと綾多華の首までターバンがかぶさった。
「…なにこれ」
「インド土産。誰が見ても大爆笑するお土産ってお題だったもんで。こんなドデカターバンしてる人いたらひとまず笑うでしょ。どの国の人でも」
「いいじゃん」
「でしょ。中々良い旅でした。配信もそこそこ数字が回りましてよ?」
ふらふらと、ターバンの重さにつられて綾多華の頭が左右に揺れる。
そんなことをしているとまた1人、男子生徒が部室にやってきた。
「ういーす。って、え?なにこれ」
その男子生徒はふらふらとドデカターバンを揺らす謎の生物を見てぎょっとした表情を浮かべる。
「雅人か」
綾多華はターバンを持ち上げて片目だけ出してその男の姿を確認した。
演劇部の1年、斎藤雅人。容姿端麗で、基本的に花形な役は彼が担当することが多い。綾多華の脚本においては美麗なキャラは早々にギャグテイストで殺されることが多いため、あまり重要な役となったことはない。
「なんのコスプレ?」
「もらった。インド土産」
「亜希ちゃん帰ってきたの?」
「うい」
隣にいた亜希は片手をあげた。
それに合わせるように「うい」と言って斉藤も片手をあげて答えた。
「あ、そうだ。なあお前ら。最近バズってるマルコスって知ってるか?」
「マルコス?」亜希は首を傾げた。
「人間そっくりのロボットのことだよ!人の何十倍も賢くて力も強いロボットなんだけど、見た目や話し方は人間と遜色ないらしい。心理学者やFBIとかじゃないとその人がマルコスかどうかわかんないんだってよ!」
「だからなに?」亜希は再び反対側に首を捻った。
「いやまあ、実は君らに言わなきゃいけないことがあってだな…」
斉藤はかけてもいない眼鏡をクイっと上げる動作をした。
「お前をマルコスだとは思ってねぇよ。バカがすぎるからな」
綾多華の淡白な切り替えしに雅人はガクッと肩を落とした。
「…あ、そうだ。亜希ちゃん、これ」
そう言って斉藤は手に持っていた紙袋から大き目な箱を取り出した。ゲーム機でも入っているかのようなかなり大き目な箱だった。
「おお!」
それを見て亜希の目がキラキラと輝きだした。
「あたしも念願のVtuberデビューだ!」
「暴露系Vtuberって、どこの需要に答えようとしてんの?貸すだけだから、壊さないでよ?」
亜希は箱を受け取って小さくステップを踏んで喜んでいる。
綾多華の位置からは箱の側面しか見えず、何を渡したのか見当がつかなかった。
「なんだそれ?」
綾多華は大きな頭を揺らしながらゆっくり椅子に座って斉藤に尋ねた。
「VRのヘッドセットだよ。持ってるって言ったらよこせってうるさくて」
亜希はさっそく箱を開封し、中に入っていたヘッドセットを頭につけた。
「うお!何も見えません!」
「電源つけないと…あと、一旦、初期化したいから貸して」
「このまま使うから大丈夫です」
「いやまあなんというか、やましい事はないんだけど一旦、一旦…一旦一旦一旦……」
綾多華は奇妙に動き回る亜希の姿をじっと観察していた。
どういうわけかその姿に異常に惹かれた。その動作やポーズから何かを感じ取れるような、そんな可能性を感じた。
そんなことを考えているうちに持ち上げていたターバンがようよう耐えられなくなり、垂れ下がって再びずぼっと綾多華の視界を覆いつくした。
なるほど、これがVRの視界かと納得した。確かに何も見えない。しかし大きな違いは、亜希にはおそらく仮想空間が見えているということだ。今頃この暗闇がパッと晴れ、空を飛び中世ローマを旅しているかもしれない。
目の前に広がる絵物語の世界。
その景色に思い馳せた瞬間、綾多華の脳裏に誰一人いない煌びやかな屋上の景色が広がった。
三原に見せたい光景はまさにこれだ。誰一人いない、しかしVRの外の世界では変わらず演劇部が部活動を行っているという屋上の状況。
この景色を見せるために、一体どうすればよいのか。
思考をさらに深めたその時、一瞬目の前の暗闇が切り開かれ、屋上の景色が目の前にパッと広がったような気がした。まるで自分がその場にいるかのような光景であった。
この一瞬の閃きが、答えであった。綾多華は発想の方向を転換させた。
屋上にいる部員を透明化するんじゃない。
三原の見ている景色から、部員を消してしまえばいいんだと。
「…これだ!」
綾多華は立ち上がった。立ち上がった拍子に頭につけていたターバンがさらにずぼっと首の下まで突き抜けた。
「部員を透明化するんじゃない。三原の視界から部員を消しちまえばいいんだ」
綾多華はターバンを無理やり上げて与謝に向かって話しかけた。
「…まーたひとりごと始まっちゃったよ」
亜希はVRヘッドセットを上げて、声を上げた綾多華の姿を横目で見た。まあいつものことと、再びVRを装着して仮想現実に戻っていった。
声を発していいものか戸惑う与謝は、綾多華に近寄って小声で話しかけた。
「なに?どういうこと?」
「三原に、あたしが書き替えた世界の光景を見せる。屋上からあたし以外の人間の姿が消えた光景を。あたしとお前で、偽VRを作るんだ」
「に、偽VR?」
「ああ。それしかない」
「いやでも、どうやって?あんな感じのヘッドセットつけてもらうのか?」
「……サングラスかなんかかけさせて、それをお前がずっとバレないように触りながら移動して…」
「いや無理だろどう考えても!」
あと一歩。どうやってその景色を疑われずに見せればいいか。綾多華はターバンを投げ捨て、斉藤の方に近寄っていった。
「これ借りるぞ」と言ってVRヘッドセットの空き箱を取り上げた。そして何の断りもなく、パッケージが書かれている面の段ボールをビリビリと破いた。
「だーー何してんの?!」
斉藤はガクッと膝を落としながら当然の疑問を訴えた。しかし綾多華はそれを一切無視し、その切り取った段ボールを与謝に見せつけた。
「これを、お前が持って移動する」
綾多華は与謝の正面と思われる辺りに段ボールを広げた。
「三原の目の前にこの段ボールを固定して、つかず離れず」
「マジかよ。超力業じゃん…」
綾多華はさらにぐっと、与謝に向けて段ボールを突き付けた。
「世紀のイリュージョンのタネなんてのも大抵力業だよ。お前は三原の視界を奪い続ける。あたしは現実を書き換え続ける。そんで騙し切る、三原のクソ野郎を」
見出された突破口。
しかし地味で大変な作業を言い渡され、与謝は再び「マジか」と小言を漏らすのみであった。
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