第1章 麒麟の透明人間(11)

 体育館からやや離れたところにある部室棟に到着した。


 様々な部活の部室が並んで配置されている。


 女子バスケ部の部室は一番奥にあったが、人気はなく電気もついてはいなかった。


 昼休みに部室で駄弁ったりする生徒も多いらしいが、今朝の事件もあって控えているようであった。


 バスケ部以外の部室にも人気はなく、部室棟全体を見ても人の気配はほとんどなかった。調べるのであれば好都合だ。


「誰もいねぇか」


 腕を組みながら、綾多華はバスケ部の部室の前に立っている。


 ちょうどのタイミングで2つ隣のサッカー部の部室から女子生徒が出てきた。特に弁当箱なども持っていないところを見るに、昼休みの間に少し立ち寄っただけのようだ。


 その女子生徒は綾多華の存在に気づき、怪訝そうな表情を浮かべながら近寄ってきた。


「ちょっと、何してるの?バスケ部の部室は立ち入り禁止よ」


 その女子生徒は苛立ちを含んだ声色で綾多華に迫って話しかけた。


「事件あったの知ってるでしょ?しばらくは立ち入り禁止になったの。面白半分で来たんでしょうけど、そういうの困るの。被害にあった子の気持ちわかってるの?!」


 キリキリと鋭い目つきでその女子生徒は綾多華に近づいてくる。


「どこの誰?名前は?」


「峯綾多華」


 勇み足で近づいてきた女子生徒であったが、その名前を聞いてすぐに足がピタッと止まり、みるみると顔が青ざめていった。


「み、峯さん?……」


 天翔東高校には、今年に入ってできた1つの暗黙のルールがあった。


 この学校で優秀な成績を収め、部活で結果を出し、真っ当な人生を歩んでいくためには絶対に守らなくてはいけない1つのルール。


『峯綾多華とは関わるな』


 特に上級生を中心にその暗黙の了解は広がり、たった2か月でそれは鉄の掟となっていた。


 学校と短期間で様々なもめ事を起こしてきた綾多華の噂は、広まるにつれて次第に歪んでいった。もし綾多華と揉めれば何をされるか。


 次の日には心を失くし演劇部の奴隷になっている、卒業までどこかの地下室に幽閉されて何かよくわからない小道具づくりに従事させられる、などなど尾ひれつきまくりで噂が広まって、中には真実もあるが、ともあれ今ではまともな人間であれば近づかない危険人物と評されるまでになっていた。


 特に体育会系の部活は文化部とにらみ合っているのもあり、スポーツ推薦などの生徒は進路が潰されることを恐れ綾多華とは一切関わらないようにするのが常識となっている状態だ。


 女子生徒は震えながらすぐにひきつった笑顔を浮かべ、

「あ、あたしは、何も、見てませんのでぇ……」

 と言ってサッカー部で培った脚力をここぞとばかりに活かして一目散にその場から走り去っていった。


「とても、世界中を笑顔にしたいって言ってる人間の評判じゃないな」与謝はボソッとそう呟いた。


「全くだ」


 綾多華は腕を組み、仏頂面で女子生徒が逃げていった方を睨んでいる。綾多華にも少なからず何か思うところがあるようだ。


「…名前だけで怖がられるってすごいな。俺もそんな有名人になれるかな」


「それでいいんだっけか?お前の目標」


 綾多華は一度距離をとって部室棟全体を見渡してみた。


 どこの部室も電気がついてなく、辺りに人気もなかった。もうこの周辺には誰もいないのだろう。


 それを確認したのと同じタイミングで、校舎から授業開始を告げる鐘の音が鳴り響いた。その音が鳴ると不思議なことに、授業とは無縁の場所にはびっくりするくらいの静寂が訪れた。どうしてその場所にいるんだ、さっさと教室に戻りなさいと、学校から圧をかけられているかのような居心地の悪さを感じた。


 しかしその居心地の悪さを一切気にすることなく、綾多華は再度バスケ部の部室に近づいていった。


「誰もいない。現行犯の可能性は消えたな」


「なあ、授業はいいのか?先生にも言われてたろ?」


 知っててやっているのはわかっていたが、与謝は念のため確認してみた。


「調べるには授業中のが都合いいしな。つか、まともに授業に出れない透明人間さんが可哀そうだから一緒にサボってやってんだ、感謝しろ」


 綾多華は取ってつけたような理由を付け加えてわざとらしくため息をついた。


「俺のせいかよ…」


 やれやれと与謝もため息をもらした。


 その反応を見て綾多華はふふんと鼻を鳴らしてバスケ部ドアノブに手をかけてみた。そして力を込めたところ、予想していた抵抗感を感じなかった。


「ん?おい」


 片方の手で手招きをして与謝を呼ぶ。呼ぶ声とその動作に気づいて与謝もドアに近づいていく。


「鍵、開いてる」


「まじかよ」


 綾多華はドアノブをがちゃりと下におろした。カチャっと軽めの音を立てて扉が静かに開かれた。


「ちょ、入るつもりか?」

 与謝は小声で確認した。


「当たり前だ」


「危ないって!開いてるってことは、もしかしたら中に誰かいるかもしれないだろ?!」


「ちょうどいいじゃねぇか。そいつが犯人だ」


「わかんないでしょう?!ちょ、聞けって!」


 与謝の心配をよそに、綾多華は構わず扉を開けて部室の中を覗き込む。むわっと蒸し返すような生暖かい風と、ほのかに漂う制汗剤の香りが鼻先をくすぐった。


「誰もいねぇな、やっぱり」


 綾多華は部室の中に入り、中の様子を確認した。あたりは暗かったが、ロッカーが立ち並ぶだけで隠れられるような場所もなく、人の気配はなさそうであった。


「ふぅ」


 ほっと一息をつき、与謝は近くにあったベンチに腰掛けた。軋む音が部室内にこだまする。


「三原でもいたら一発逆転だったのにな」


 綾多華は鼻で笑いながらそう言ってドアを閉め、念のため鍵も閉めた。そのまま近くにあったベンチに腰掛ける。


「心の準備が……ていうか、なんかもう犯人捕まえるみたいな感じになってない?」


「そっちのが手っ取り早いだろ」


「簡単に言うなって。てか多分だけど捕まえんのは俺になるわけでしょ?慎重に考えてから行動しようぜ…」


「へいへい悪かったよ」


 綾多華はドアの前から移動して1つのロッカーの前で立ち止まった。


 電気はついていないが、窓から差し込む日光の明かりと非常灯の明かりだけでもなんとか周囲の探索は可能であった。電気をつけると意外と外からわかってしまうので、誰かがかけつける可能性を排除できるのはありがたかった。


「名前がない。これじゃどれが向田って子のロッカーかわかんねぇな」


 与謝も近づき、綾多華の右隣に立ってロッカーを上から下に眺める。


「確かに」


 びくっと体を震わせて綾多華が与謝から遠ざかった。そのまま右耳を抑えて警戒態勢を取った。


「急に近くで話しかけんな。怖いわ!」


 彼女のおびえる姿を見て、自分が透明人間だったことを思い出す。気を付けるようにしてはいたが、ここ1.2時間は普通に話しができていたので、つい昔のように接してしまっていた。


「ああ、悪い」


「気をつけろよおぃ。どこだ、この辺にいんのか?」


 綾多華はおびえながらも手を伸ばして、パタパタと何かを叩くかのように腕を振って与謝のことを探している。パタパタと手を振りながら綾多華が近づいてきて、そろそろ腕が当たるという間隔になってからかなり強めに腕をスイングさせてきた。


「いって!」


 バチンと大きな音を立てて与謝の腕が引っ叩かれた。


「わかっててやったろ!」


「声の位置でわかるっつの、ばーか」


 おびえた表情から一変して綾多華は笑顔でケタケタと笑っている。


「ったく…で、どうする?」


「とりあえず、何かないか探してみるか」綾多華は近くにあった段ボールの中を適当にまさぐった。


「何かって、なにを?」


「さあな。まだカメラとか残ってるかも」


「マジかよ。見つけたら?」


「どうせ見つかんねぇだろうから、どうするかは何か見つかった時に考えよう」


「了解。手あたり次第に行くか?」


「女子の部室だ、節度を持て節度を。ロッカーは、だめだな。鍵かかってる」


 綾多華はガチャガチャとロッカーをいくつか開けてみたが、確かめたものはどれも鍵がかかっていた。


「見られる範囲でだよ。ロッカーの上とか?あるいは、備品系の段ボールの中?」


「そうだな。まあさっと探してみよう」


 望み薄で数十分部室内の捜索を行ってみたが、予想通り特に何も見つけることはできなかった。梯子を使ってロッカーの上を確かめてもみたが埃のみ。辺りの段ボールを開けてみたりもしてみたが、それらしいものは何も見当たらなかった。


「なんもねぇな」


 綾多華の方も状況は同じのようであった。


「……おい、見ろ!」

 綾多華は何かを見つけたのか、声を上げて与謝に呼びかけた。


「何か見つけたのか?!」


 手がかりのない中で発生したイベント、与謝は急いで振り向いた。


 振り向くと、一冊の雑誌を手に取って少年のように目を輝かせる綾多華がいた。


「ダウダンのスピンオフが載ってる別冊キックだ!ギャグが過激ってことですぐ発行中止になっちゃったやつなんだよ!」


 雑誌をペラペラとめくりながらワクワクした表情を浮かべる綾多華を見て、与謝はため息をついた。


「…真面目にやれ真面目に」


 与謝は綾多華に近づき、そっと雑誌を取り上げた。


「うわ!なに?!」


 綾多華から雑誌を奪った瞬間、目の前から雑誌が消えた。というより、透明になった。

 いきなり目の前から消えた雑誌に綾多華は驚きの声を上げた。


「遊んでる時間ないだろ」


「それ貴重なんだって!ちょっとでいいから!」


「駄々をこねるな」


 いつまでもぶーぶーと駄々をこねるので、与謝はそっと雑誌をベンチに置いた。


 姿を現した雑誌を見つけ、やったと言わんばかりの笑顔でそれに飛びつき、再び雑誌に夢中になってしまった。

 仕方がないと、与謝は1人で捜索を始めた。


「…ギャグマンガとかは書かないの?」

 漫画に夢中な綾多華に雑談を振ってみた。


「あたし絵が終わってる」


 絵だけの問題ではないのでは?と思ったが、なんとなく言わないでおくことにした。


「じゃあやっぱ、映画がいいのか?」


「ああ。消去法ってわけでもないんだけど、映画なら世界中の人に見てもらうチャンスもあるし、言葉を使わなくても伝えることができる。あたしの夢は、世界中の人間を笑顔にして麒麟を呼ぶことだからな」


 気づくと、綾多華は雑誌を置いてバスケットボールを人差し指で回していた。


「透明人間がいたら一瞬かも。スケルトン・コメディ」


「なんだよそれ」


 カカカと笑いながらボールを回している綾多華を横目に、与謝は引き続き段ボールを開けたり何かないかと探している。


「そっちは?夢とかあるの?」と綾多華が尋ねた。


「夢ってわけじゃないけど、目標はやっぱり、この学校で一番の人気者になることだ」


 透明人間になる前から掲げていた目標。

 それを断念することは、もう自分が元の自分に戻れないような気を起こさせた。その目標を変わらず持ち続けることが、どんな姿になっても変わらず与謝証明という1人の人間なんだということを保証してくれているような、そんな気がしていた。


「有名になることは難しくねぇだろうけどな」


「見せ物的なことだろ?てか、盗撮犯としてか。いやなんていうか、かっこいいあの人!好き!きゃー!みたいなやつ」


「はーん」


 与謝のなりたい人気者像に一切興味を示さず、綾多華はベンチに座ってバスケットボールを回し続けている。


 少し恥ずかしくなって一度咳ばらいをし、与謝は辺りの散策を再開した。しかし自分だけが労働をしているようなこの状況に再び違和感を覚え、与謝は綾多華の方を振り向いた。


「マンガ読み終わったなら働けよ」


 与謝は綾多華に近づいていって回しているバスケットボールを取り上げた。


「うお、また消えた!」


 綾多華の目の前から再びボールが消えた。花火を持って消したときと同様、与謝の目からは何も変わらない状態のため、目の前の現象に対する大きな温度差が生まれていた。


 与謝は取り上げたボールをボール籠に向かって投げるが、与謝が手を離した瞬間ボールが現れたので綾多華は嬉々とした表情でそのボールを眺めていた。


「やっぱおもしろ。麒麟を連れてくるには絶対お前が必要だ。今確信した」


「これでどう世界中の人が笑うんだよ…」


 ガンっと鉄が揺れる音が響き、投げたボールが籠の枠に当たって飛び出した。かっこつけて投げたはいいが入る確率など5割以下もいいところだ。ボムボムと鈍い音を立てながら勢いよく跳ねまわり、そのまま地面を転がって部室の壁にぶつかった。


 ボールが当たった衝撃で、奥の壁の足首ほどの高さに設置されている制御盤のようなプレートがカタリと外れて倒れた。


 やれやれとそれを戻すために近づいて制御盤の全体像を確認してみたが、そこに制御盤らしき姿はなく、代わりに何やら不自然な空洞が広がっていた。


「ん?なんだこれ」

 その空洞を覗き込むと、なにやら赤い光とキラリと輝く光沢ある瞳のようなものが確認できた。


「…カメラ?」


 空洞の奥、赤い光を発していた物体の正体は小型のカメラであった。その不気味な赤い光は未だこのカメラが起動していることを表しており、今もこの部室内を撮影しているようであった。


「なんかあったか?」


 空洞の奥にあるカメラを眺めていると、後ろから綾多華に声をかけられた。


 その声に反応しなかったのも悪いが、綾多華は距離感を掴めず後ろから近付いてきて思い切り与謝のケツを蹴とばしてしまった。


「いってぇ!」


「あ、わりぃ」


「気をつけろよ!」


「気を付けようがねぇって。そっちが避けてくれ」


 綾多華は与謝の眺めていた壁の空洞に気づき身を乗り出してきた。そのまま雑に与謝を掴んで横にづらし、その空洞の前でしゃがみこんだ。


「こんなとこにすげぇのが残ってやがったな」


 パチンと背中を叩かれた。実際には首当たりにヒットしていたので一瞬目の前が白くなった。


「よう、三原とかいうゴミクズ変態野郎。掴んだぞ、テメェの悪事の証拠をな」


 綾多華は空洞の奥にあるカメラに向かってそう呟いた。


「やったな。これ見つけたのはデカいぞ」与謝も横からその空洞を見てそう呟いた。


「ああ。だが、これだけじゃ決定的な証拠にはならねぇはずだ。今朝見つかったカメラと同じ、こいつからも何も出ねぇ気がする」


「そ、そうなのか?じゃあどうする?せっかく見つけたのに放置ってのもあれだよな」


 綾多華は一度顎に手を当てて考え込んだのち何かに閃いたのか目を見開いて、

「このカメラ、犯人たちに回収させちまおう」と述べた。


「マジで?せっかく見つけたのに回収されちゃったら何も…」


「回収するってことは、犯人たちがここにやってくるってことだ。ならその様子を押さえちまえばいい。犯人が回収してる姿を、逆にあたしらがここで盗撮し返しちまうってことだ」


「お、俺らもカメラを設置するのか?」


「違う。お前がカメラになるんだ」


「な、なんだって?」


 綾多華は指で四角を作り、与謝をその枠内に収めるような形で覗き込んだ。あくまで与謝の声のする方向、ぼんやりとそこを眺めて。


「カメラを設置しても、そのあと無事回収できる保証はない。見つかったらそれこそあたしらが犯人にされちまう。だが透明人間のお前なら、誰にも見つからずに自由な角度で監視ができる。動く万能監視システムだ。近いうち、必ず犯人はこの隠しカメラを回収しにくる。その瞬間を、見えない防犯カメラことお前が逆に撮っちまう。どれだけ警戒しても、透明人間が待ち構えててカメラ回して待機してるなんて想像もできねぇはずだ。言い逃れできない証拠の1つくらい確実に手に入る」


 そう言って綾多華は辺りに転がっていたゼッケンを手袋代わりにし、外れたプレートをカチッとはめ直して元通りの状態にした。


「そんな上手くいくか?」


「三原本人が来てくれたらベストなんだけどな。まあ別のやつが来ても、そいつと三原は確実に繋がってる。そこの繋がりを見つけられれば状況は大きく動くに違いない。そこに関しては、お前に骨を折ってもらうことになるけどな」


 その犯人を尾行して証拠を得る。確かに倫理道徳を排せばどこまでだって尾行は可能だろう。

 もちろん常識から逸脱してこの透明人間の力を使いたくはないのだが、ここまでの証拠が見つかった以上ある程度の思い切った行動は致し方ないと考えてもいる。とはいえ、盗撮犯を捕まえるために盗撮することになるのかと考えると、やはりいい気はしない。


「仕方ないか。でもあの人味方結構いるみたいだし、もみ消されたりしたら…」


「なんとかなんだろ。透明人間がいりゃ大抵のことはなんとかできる」


「大事なとこ俺任せかよ」


「まあとりあえず、ここでは静かにスマホで撮影してくれりゃそれでいいから」


「それでいいって、それも結構面倒だぞ。てか俺スマホ持ってないからな?」


「マジか。落とした?」


「ああ。多分、綾多華と階段でぶつかった時か、ロケット花火に追っかけられたときに落とした」


「階段には落ちてなかっただろ?」


「わかんない。つーのも、俺にも理屈はよくわかんないけど、なんかスマホだけは俺と一緒に透明になっちゃったっぽい」


「あ?どゆこと?」


「いやわかんないって。病院で目が覚めた時にはスマホも透明になってたんだ。体の一部として解釈されちゃったのか、なんでかスマホだけは俺が触んなくても透明なままになっちまったんだ。俺からも見えない」


「なんだそれ。見えないんじゃ使えねぇじゃん。そもそもなんで持ってきてんだよ」


「いやそう、使えないんだけどさ。目に見えないし、一度手放したらもう一生見つけられなさそうじゃん?って考えたら、なんか肌身離さず持ってないと落ち着かなくなっちゃって」


「でも落としちまったんだろ。どうすんだよ」


「いやもう終わりだよ。いや終わらないか。俺スマホで動画見たりゲームしたりしかしないし、友達の連絡先とか1人も知らなかったし」


 与謝は徐々に声が小さくなっていき、最後の「知らなかったし」はほとんど綾多華には聞こえていなかった。

 気まずい沈黙が一瞬流れ、綾多華は一度咳ばらいをしたのちカバンからスマホを取り出した。少し古い機種のようで、カバーやフィルムのない裸の白いスマホだった。


「あたしの予備、渡しておく。それで撮影お願い。一応何かあればそいつであたしと連絡も取れるから」


「...あざっす」


「お前の落とした透明なスマホのことは、まあまた何かの機会に考えよう。今は三原達だ」


「……はいよ。まあ気乗りはしないけど、これで証拠押さえられれば超前進だもんな。とりあえず、今日はどのくらい見張る?」


「何言ってんだ。24時間ずっと見張るんだよしばらくの間」


 とんでもないプランに与謝は驚愕の声を上げた。


「ちょっと待て。俺は犯人が来るまでずっとここで待たないといけないのか?!」


「そりゃそうだろ。お前いないときに犯人来ちゃったらどうすんだ。あ、飯とかはなんとか届けてやるから心配すんな。てか飯っているのか?」


「いるだろ。てかそうじゃなくて!」


 綾多華は笑いながらパシパシと与謝の背中らへんを叩いた。


「今日中には来るって。まあそう心配すんな!」


「いやいや。勘弁してくれって本当……」

 与謝はがっくりと肩を落とし、絶望の表情で差し出されたスマホをつかんだ。


 その時だった。ガチャリと、部室の入り口のドアノブが下ろされる音が響き渡った。ふと視線を向ける先の、ガラス戸の向こうに人影が写っていた。

 誰かが、入ってくる。

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