第1章 麒麟の透明人間(6)
今朝、明るい笑顔でおばあさんに手を差し伸べていた彼女が、今はその手で涙に紅潮した顔を隠していた。
目の前に飛び込んできたその事実だけで、与謝の心はぐっと力強く締め付けられたかのように、苦しくなった。
その事実によって暗く沈んだ心は、周囲に漂う陰湿な雰囲気を強く感じ取った。
ふと教室を見渡すと、ちらちらと彼女の方を見ながら、こそこそと何かを話し合う生徒たちがあちこちに散らばっていることに気づいた。
まるで彼女を避けるかのように遠く離れた場所に佇む生徒たちから陰湿な雰囲気は生み出されていた。
ちらりと何度も視線を向けては、小声で何やら話し合っている。
「いいよね。顔が良いってだけで三原先輩と仲良くできて」
「本当は心配してもらいたいがために自分で仕掛けたんじゃないの?」
教室を出てもそんな陰口が聞こえてきた。廊下から向田美優の姿をちらちらと見やりながら、クスクスと嫌らしい陰口を叩いている者たちがいた。
どうして泣いている女の子を見て、そんなことが言えるのだろうか。目の前で起きている現実に対してふつふつと怒りが込み上げてきた。
彼女のことを詳しく知らない与謝にとって、今朝おばあさんを助けていたあの彼女の姿が全てであった。
そんな彼女の人となりが、容姿を理由に偏見の目で見られ、勝手な決めつけで潰されていくるのが腹立たしかった。
なにより、そういった目に遭っている彼女の姿はこれまでの自分自身に重なるところがあった。与謝には、そんな陰口を無視して通り過ぎることはできなかった。
「…なあ、あんたらさ」
陰口を言っている2人組の女子生徒たちに思わずそう話しかけてしまった時、廊下の奥から微かな爆発音のようなものが聞こえてきた。
次第にその音は強くなり、焦げくさい臭いとともに距離を縮め、与謝の方に近づいてくる様子が感じられた。
「……なっ?!」
近づいてくる音の正体。それは眩いほどの光を四方八方にまき散らしながらものすごい速度で与謝の元に飛んできていた。まるで自分を食い殺そうと襲い掛かってくる龍かのように、巨大なロケット花火はますます接近し、与謝は慌てて駆け出した。逃れる術はないが、なぜか自らに向かってくる花火から逃れるため、必死に駆けまわった。
「なななななんで?!」
走り続けてもその距離は縮まることなく、一瞬でロケット花火は与謝の背後にまで迫っていた。
接触寸前、何かにつまずいて与謝は顔から地面に倒れ込んだ。
間一髪、ロケット花火は与謝の頭上をかすめ、壁に激突して勢いを失った。どこかから「峯ぇ!」という叫び声が聞こえてきたような気がした。
「…ついてねぇ」
学校一の人気者になるつもりだった男の姿とは思えない、地面に倒れる情けない自分の姿がなんともみじめで情けなく、与謝は涙声でそうぼそっと呟いた。
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