第1章 麒麟の透明人間(5)

 全校集会が執り行われるとのことで体育館にやってきた。


 どこの教室に行けばよいかわからず彷徨っていたところ、続々と生徒たちが体育館に向かって行くのが見えたのでついてきた次第だ。舞台上で校長先生による話が永遠と続いている。



「えーまず、演劇部の皆様、というよりまあ、演劇部の特定の生徒さん。お願いですから勝手なことはしないように。門や校内の装飾は明日までに撤去してください。昨日も勝手になんかお祭り騒ぎを起こしてましたが、よくもまあ昨日の今日でここまで新たな催しの準備ができたものだと、その創作意欲と作業の速さには多少の感動を覚えるわけでありますが」



 やはり先ほど校門付近で見た騒ぎのことであった。昨日もなにやらやっていたそうであるが、これも勝手に。


 すごい人たちがいるのだなと、もはや関心が勝っていた。おそらくこういう人たちと争うのは違うなと、別ベクトルの話題だなと与謝の中で整理がついていた。



「えーまあそれはいいのですが、もう1つ。こちらは重要なお話になります。もし何か知っている方がいましたら、我々に連絡ください。学校宛のメールでも結構です」


 重要な話と前置きして始まったその話が、今回開かれた全校集会のメインであった。


 話を聞くと周りの生徒たちはざわざわと騒ぎ出し、収集付かぬまま全校集会は解散となった。


 教室に戻っても、生徒達のざわつきは続いていた。特に女子生徒たちが中心となってその話題を繰り広げている。


 最後方窓際から2番目に位置している席、そこで涙を流しながら顔を手で覆っている女子生徒が、その話題の中心人物であった。


「キモすぎ。美優のロッカーで見つかったらしい」


 金髪の女子生徒が、泣いている向田美優という女子生徒をさすりながらそう話す。他にも2,3人の友人達も集まってきた。


「ほんと最低」


「犯人わかったらボコしてやれ庄司」


 庄司と呼ばれたガタイの良い男子生徒は腕捲りをして自慢の筋肉を見せつけている。


「任せとけ。犯人キモすぎだろ。見つけたら絶対ぶん殴ってやる」


「うちの生徒?何もわかってないの?」


 中性的な顔立ちの男子生徒は机に座りながらそう話す。


「証拠は見つかってないらしい。マジで可哀想。どこのどいつだ、うちの美優を盗撮しやがったのは」

 金髪の女子生徒はぎゅっと向田を抱きしめて頭を摩る。向田はそっと頭を金髪の女子生徒に預け、変わらず顔を手で覆って泣き続けている。


 全校集会での校長の話、その話は教室に戻っても未だ盛り上がり続けていた。

 どうにも向田美優という女子生徒の部室のロッカーの中から隠しカメラが発見されたとのことであった。校長の話では誰が被害を受けたということまでは話されてはいなかったが、泣いていた向田美優の姿から真相は一瞬で広がった。カメラを発見したのはバスケ部の部長で、向田は盗撮されていたことを今朝ほんの数十分前に知ったとのことであった。気持ちの整理がつかないのも当然のことだろう。


「美優!」


 教室後方の扉が開かれ、茶髪で色白、やや垂れ目の甘いマスクをした男が入ってきた。手で顔を覆っている向田の様子を見て茶髪の男は急いで駆け寄る。クラス中の生徒がその光景を同情を帯びた目で眺めていた。


「三原さんだ。かっこいい」


「やっぱりあの2人付き合ってるのかな…」


 クラスメイト達の間で2人に関する噂話が飛び交う。


 三原という生徒はこの学校でも有名なイケメンで、向田美優と仲が良かったようだ。付き合ってはいないようだが、既にベストカップルだと学校中で噂されているらしい。


「先輩、なんか知ってます?付き纏ってる変な男がいたとか」


 金髪の女子生徒、芦田美月は苛立ちを含んだ目で三原の顔をじっと覗き込む。三原も芦田の方に顔を向けた。


「俺もわからない。だけど許せないよ、こんなこと」


 三原は向田の肩に手を置いて話しかける。


「盗撮犯は俺が絶対捕まえるから。だから、安心して」


 その言葉に反応するように、向田は泣きながらも小さく頷いたように見えた。


「先輩、何か分かったら俺らにも教えてください。そんな変態野郎ほっとけねぇ!」


 庄司は筋肉に力をこめながらそう話す。


「ありがとう。よろしく頼む。美優のことも、どうか気にかけてやって欲しい」


 三原はそこにいた数人に目配せをした。全員はその期待に応えるように小さく頷き、向田に慰めの言葉などをかけ続けた。


 友達や仲間といった、青春の香りも織り交ぜながら繰り広げられているこの盗撮犯の話を、この物語の主人公になるはずだった与謝証明は真横の席にちょこんと座り静かに聞き耳を立てて聞いていた。


 窓際最後方、与謝という名字なのものあってその主人公席を確保していた主人公である。たらりと頬を冷や汗がこぼれ、居ても立ってもいられず机に突っ伏した。


「そんなん俺めっちゃ怪しいじゃねぇか!!馬鹿!!」


 与謝は心の中で思いっきりそう叫んだ。謎の盗撮魔が現れたタイミングで透明人間が登校してきた。


 そんなのもう私が犯人ですと答え合わせをしているようなものではないか。


 しかも向田美優という女子生徒は隣の席に座っている生徒とのことだ。


 今まで不登校だと思っていた隣の人が実は透明人間で、盗撮犯の話が出た日に何故か登校してきた。


 確実に理由があると思われるだろう。


 そして、本当に不登校だったのか?その疑問にも行き着くはずだ。


 実はずっと登校していて向田のストーカーをしていた。盗撮なんて悪事のほんの一部でしかないのではないか。


 あらゆる罪をでっち上げられ、変態透明人間の烙印を押されて前科持ち。確実に終わりだ。


 与謝自身ですら自分以上に怪しい人間がいるとは思えず、今すでに自白した方が楽になる気すらしてきていた。吐きそうだ。


 どうやって自己紹介しようか、透明人間だということをどう明かせばみんなすんなりと受け入れてくれるだろうか。手紙とか回ってきたらどうしようかな。なんてことで悩みたかった。そんな理想的な悩みは全て吹っ飛んでしまった。


 前日眠れずずっと考えていた高校デビューのプラン及びその設計図は再び全て砕け散り、死んでも自分が透明人間だとバレてはいけないという真逆の生き方を強いられることとなってしまっていた。


 透明人間なのに見つかってはいけないという状況、何がどうなったらそうなるというのだ。与謝の頭の中は混乱でいっぱいであった。


 与謝は息を潜めながらその場に留まっているというこの息の詰まる状況に耐えられず、静かに教室から脱出しようと立ち上がった。しかしその拍子に椅子がわずかに音を立ててしまい、周りの生徒達の注目が集まってしまった。


「やっべ!」


 心の中でそう呟き、声を出さないように手で口元を覆った。


「美月、物に当たんなって」


 庄司が芦田を揶揄う。


「蹴ってないって」


 そう言って芦田は庄司を軽く蹴飛ばした。どうやら怪しまれてはいないようであった。与謝はその隙に静かに彼らの後ろを通り抜けて教室から脱出した。


 教室から出る際にちらりと振り向くと、顔を手で覆って泣いていた向田美優という女子生徒の顔が見えた。


 泣いていた女子生徒は、今朝共におばあさんを助けてくれたあの女の子であった。

 

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