第1章 麒麟の透明人間(4)
目覚ましの音、それが3回スヌーズして20分後に目が覚めた。
あるあるだとは思うが笑えない。今日は学校初日、何があっても遅刻できない状況で寝過ごしてしまった。
与謝は急いで準備を整えて家を飛び出した。
全速力で駅まで走り切り、完璧に乗り換えにも成功したため走ればまだ間に合う時間に最寄駅までつくことができた。
駅に着くと同じ制服を着た生徒たちが走っていくのが見えた。どうやら別の路線で電車遅延が起きていたようだ。
その生徒たちにまざるようにして与謝も学校に向かって駆け出した。
しかし、そんなときに限ってさっそく赤信号に捕まってしまった。
急がなくてはいけないのに、与謝は足をせわしなく動かしながら信号が変わるのを待つ。
信号が青に変わったのを確認して、急いで横断歩道を渡る。
すれ違い様に、荷物を背負ったおばあさんとすれ違った。しかし走り去っていく他の生徒たちと同様に、与謝も今は時間がない。ここで手伝ってしまったら学校に間に合わないかもしれない。それに自分は透明人間だ、いきなりご老人に声をかけたら驚かせてしまうかもしれない。
なので、バレないように後ろから荷物を手で持って支えることにした。
おばあさんは与謝の助けに気づかず、ただゆっくりゆっくりと横断歩道を渡っていく。
青信号がチカチカと変わり始めた。急がないと危ない。焦りを覚えて与謝が苦心していると、正面から女子生徒が急いで近づいてきていた。茶髪にショートカットで、運動部と思われるエナメルの鞄を肩にかけている可憐な少女であった。制服から同じ学校の生徒だと推測できる。
「一緒に渡りましょう。ゆっくりで大丈夫ですからね」
そういって女子高生はおばあさんの手を取り、学校へと向かう生徒たちとは逆方向に向かうおばあさんの手助けをした。
にこやかな笑顔を浮かべながら「ゆっくりで大丈夫ですよ」と語り掛ける彼女の優しさに充てられ、与謝はより一層を力を込めて荷物を持ち上げ続けた。
女子高生の助けもあって、おばあさんは無事横断歩道を渡ることができた。
振り返るともちろん信号は赤になっていたため、与謝とその女子高生は再びその信号で足止めを受けることになった。
「ありがとうね」と言っておばあさんは笑顔で振り返り、「ありがとうね、お2人さん」と言った。
その言葉に女子高生は辺りを見渡して不思議な表情を浮かべていた。おばあさんも、目の前に女子高生しかいないところを見て同じように不思議そうな顔をしている。
信号が青になった。
与謝は何も言わずに横断歩道を駆けていく。
朝からバタバタとしてしまったが、今日は何かいいことがありそうだと晴れやかな気持ちになっていた。学校へと向かう与謝の足は軽かった。
天翔東高校、校門前。
与謝は息を切らしながらもなんとか登校時間に間に合った。
ついにやってきた学校。
見上げる校舎は想像よりも大きく見えた。
目の前にそびえたつ巨大なアーチのような正門がそう思わせているのだろうか。あるいは、寝不足と体力切れが与謝を弱気にさせて校舎を大きく映しているのかもしれない。寝るには寝れたが合計睡眠時間は約3時間。はやる気持ちもあって眠りも浅い。
そんなこんなで体調は最悪だが待ち望んでいたのは事実、テンションは変わらず高かった。このどでかい正門の先に新しい人生が待っている。これまでとは違う、人気者としての人生が。
一歩、一歩と足を踏み出して、とうとう正門を超え天翔東高校の敷地に足を踏み入れた。
ガラッと空気が変わったような気がする。大きく見えた校舎がさらに大きくなって目の前に立ちはだかっているような気がした。
その空気を感じ取って与謝の体は大きく震えた。怯えではない、これから始める伝説の幕開けに対する武者震いであった。
やってやるぞと、与謝は一度大きく息を吐いて体に力を込めた。
そんな与謝の大きな一歩を称えるように、1つ、また1つと空に打ちあがる花火が見える。
校舎を飛び越えて天に咲く大きな花びらは色とりどりに晴天を装飾し、地上にいる人々全てに上を向く意味を教えているかのようであった。
自分の一歩を称えたその花火を眺め、体に自信というパワーが漲っていくのを感じた。また1つ、また1つと大輪の花びらが乱れ咲く。青空を埋め尽くすかの如く、絶え間なく空には花火が打ちあがり続けている。
ここまでくると流石に、おかしいと言わざるを得ない。なんだかんだ、この花火はテンションの上がった自分が見せている夢幻なのではないかと思っていたわけだが、目の前の夢花火は消えてなくならない。確実に、現実に、目の前に打ちあがっているように思われる。
「こらぁ!また峯かぁ!」
校門を進んでやや左奥にある掲示板の辺りで、スーツを着た教師と思われる男性が空に打ちあがる花火を眺めながら怒号を上げていた。
「今日は、花火大会でも文化祭でもなぁい!勝手なことをするなぁ!峯ぇ!」
掲示板には演劇部のポスターが無数に張られていた。定例公演の知らせのようだが、びっしりと埋め尽くされそのほかのチラシなどはもはや一ミリも見えない状況になっていた。
男性は無造作にポスターをはがし、手で丸めて地面に叩きつけながら再び「峯ぇ!」と声を荒げた。峯という人物が、この花火も打ち上げているのだろうか。
「まーた演劇部か」
「もはやこの学校の名物だな」
「いろいろやるよね本当」
「これ1日で作ったの?すご」
様々なところで生徒たちの噂話が聞こえてくる。
手が込んでると話す生徒の目線の先が気になって先ほど通った門の方を振り返ると、そこには凱旋門を思わせるような、学校にあるわけがない豪華絢爛な門がそびえたっていた。
自分が大きな校門だなと思っていたものは、どうやら演劇部が勝手に作ったものだったようだ。
その煌びやかな大きな門と自分の存在を比べ、与謝の頬を一粒の大きな汗が流れた。
こんなド派手なことをやってのける人物がこの学校にいる。本当に自分は、姿の見えない透明人間の自分は、この学校で1番の目立つ人気者に成ることができるのだろうか。
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