第4話 前途多難な配信「バニシカのカチャトーラ」②
バニシカの群れの解体と血抜きを済ませ...頂いたお肉を
───ガチャ...
「ぜぇ、はぁ...はぁ...ふぉお...クーラーが涼しいよぉぉぉ...」
重たい保冷バッグを両手に抱きかかえながら戸を開け、ドスンと玄関先に倒れこむと、俺は冷房のひんやりとした空気に思わず息を漏らした。
よく筋肉は人を裏切らないと言うが、まさにその言葉通り。この体がどれだけ重労働に不向きであるかは、これまでの俺を見てもらえば一目瞭然であろう。
俺が日ごろからブッパなしてる対低級モンスター用のハンティングライフルは、政府が一般に購入を推奨している代物なだけあってとっても軽量。だからこんなミニマムサイズな俺でも上手に扱うことができた。
しかーし!逆に言えば、それ以外のヘビーなものは重たすぎてまず持てないということ。ロリってもうそろそろ三か月に達するが、これだけはいまだに慣れない。そもそも不便だし。
「はっ...いやいやこんなことしてる場合じゃない!画面の向こうでリスナーたちが俺を待ってるんだ!早く新規顧客をがっぽり囲い込まなきゃ!!(汚い)(安定)」
未だにプルプルと震えている全身を薄汚れた欲の力で奮い立たせ、勢いよくスタンドアップ。そのまま保冷バッグを冷凍庫にズリズリと引きずり、最後の肉の塊を丁寧に収納した。
「さぁてっと...まずは配信の準備からだな」
キッチンは俺のライフスペース。常日頃から清潔にすることを心がけているので、あとはパソコンとカメラをセッティングし、プラスで外での配信では使わなかったマイクを接続すれば配信環境は完璧。
「んで、こっちが本題だねぇ...カメラに収まらないや」
本日のメイン食材、バニシカさんから頂戴した後ろ足の兎肉を贅沢にドスン。ほんでサブ食材がぁ...玉ねぎ・セロリ・人参・ニンニク・ローリエの葉・赤ワイン・黒オリーブ・トマトピューレ・オリーブオイル・塩コショウ───挙げたらこれくらい。えーっと分量はぁ...適当...あっいや目分量、そう、目分量(逃げの姿勢)
して、この大量の食材たち。全部並べると、俺の低身長さも相まって俺自身が食材の一つに見えてしまわなくもない。神様産の天然品だからオーガニック食材かな。やかましいわ。
「まぁでも、オシャンな逸品を作るにはこれくらい入念な準備が必要だしね...っと、とりあえず配信始めなきゃ...ボタンぽちっと」
〇LIVE NOW ──126人が視聴中──
同接人数を見て気づいたけど、そういえば告知とかなんもしてなかったな。だというのに既に俺の配信には100を超える人数が集まっている。
いいねぇいいねぇ...この調子で知名度ガン積みしていくぞぉ...ふへ...。
「よし...みなさ~ん、見えてますか~?3時間ぶりのあやちーです、ごきげんよう」
:きちゃ!!
:チャンネルに張り付いてた甲斐があった
:待ってました!!
:ごきげんよう←かわいい
:食材たちの主張がすごいね
:このタイミングでコメができる人たちは相当のファン(自己紹介)
:あやちーのリアルタイムクッキング本当に楽しみ
俺が一つ声を上げるだけでこれだけのコメントが集まるのだ。しかもその全員が俺の配信を待ち望んでいたときた...嬉しくてゾクゾクしてしまう。
「さぁてっと...前の配信でお伝えした通り、今から作るのは『バニシカのカチャトーラ』です。なんだか難しそうな名前に身構えてしまう人もいらっしゃるかもですが、その正体は“炒めて煮るだけ”のお手軽家庭料理です。イタリアーノ~」
そう、カチャトーラを作る難易度はさほど高くない。ただ時間がすごくかかるだけ...全工程含めて一時間ちょっとくらいかな?だから長時間の配信にもってこいなメニューってわけだ。
:イタリアーノ~←とってもかわいい
:はへぇ、俺にもできるかなぁ
:おしゃれな料理人って総じて博識よな、尊敬するわ
:とってつけたようなイタリアへの媚びに吹き出してもうた
:突然のイタリアーノに爆笑
:↑ > 突 然 の イ タ リ ア ー ノ <
「もちろん、皆さんにも十分作れるかと。気負う必要はありません...が、より美味しく作るにはいくつか意識すべきポイントがありますので、今回の配信ではそこも紹介出来たらと思ってます」
コメント欄に「助かる~」の文字が羅列され始める。うんうん、やっぱ自分の声にその場で反応が返ってくるのは楽しいな。姿が見えなくても繋がっているこの感覚...いい、すごくいい...!
「というわけで早速調理開始です。まずは予め解凍しておいたバニシカさんの兎肉を、一口大にカットし...かっ...かっとし...かっとっ...ぐぬぬ...っします!!」
:非力なロリロリあやちー愛しすぎる
:庇護欲掻き立てられる
:かわええ(脳死)
:一口大がネズミサイズ
:↑これがあやちーサイズやで
「ふぅ...えーっとそうしましたら、お肉にお塩を振って5分ほど放置しましょう。水分とぬめりが出てくるので、それを流水で洗い流します。臭みを取るための工程ですね。兎肉は鶏肉などと比べて臭みはそれほどないので、あまり敏感になる必要はありませんが...全くないわけではないので、サボらず丁寧にやりましょう」
:娘を見ている気分になるゾ...
:↑娘みたいな見た目と喋ってる内容のギャップがありすぎて混乱してる
:うちの娘が優秀すぎる
:俺の娘や
「誰の娘でもございません(無慈悲)」
:泣いた
:びぇぇぇぇぇぇん!!!
:↑精神的ショックで幼児退行してて草
:つらい、かなしい、大号泣(三段活用)
:か い し ん の い ち げ き ! !
:いや草
「さてと、次は~...うん、“ソフリット”を作りましょう。ソフリットって何ぞ~という方に一言で説明しますと、イタリア料理によく用いられる香味ベースですね。パスタやリゾット、煮込み野菜、シチュー、魚介のメインディッシュなどなど...様々な料理に使用されます」
ただただ俺が料理している絵面を垂れ流していてはリスナーに飽きが来てしまうので、適度に豆知識を挟んでいく。喋りながら野菜を粉砕(誇張)して、オリーブオイルを引いたフライパンを火にかけ...そこに野菜をドボン。
「あつっ...油跳ねたぁ...あ野菜を粉々にしたらこのように、フライパンにオリーブオイルを引いて炒めていきましょう。弱火で10分!」
:こ な ご な
:ちょいちょいワードセンス強靭(物理)なのおもろい
:トークスキルにマルチタスク力◎...もう大好き ──あやちー守護隊@猟師──
:↑猟師ニキおるやんw
:あやちーに次ぐマスコット
:油気を付けるんだよ... ──あやちー守護隊@猟師──
:ちゃんと守護隊してて好き
:保護者かな?(笑)
「あ、猟師さんお久しぶりです!楽しんでってくださいね~...ってあぁっつい!!!」
あつい!あっつい!クソあつい!!(共鳴)
猟師リスナーは俺も認知してるから、フランクに挨拶しようと思った矢先にこれだよ...ソフリットに処理した兎肉入れたら手がフライパンに当たっちまった...。
「あっ、火傷はしてないので杞憂民さんもご心配なく...ざっつ脊髄反射(?)...
っと、ソフリットに入れた兎肉に焦げ目がついたら、ここに赤ワインを投入します。分量は目分量です。えぇ、目分量です。大事なことなので二回言いました」
:とりあえず無事で良かった(滝汗)
:本当に気を付けるんだよ...? ──あやちー守護隊@猟師──
:↑杞憂民代表、猟師ニキ
:ざ っ つ 脊 髄 反 射
:あやちー語録が乱立してて草
:二回言うことによって分量測るのめんどくさがってるのが丸わかり
:出たぁ~料理上手い人が良く使う赤ワイン
:↑アルコールを飛ばすって奴な、俺もよくわからん
「一般に、煮込み料理には白ワインが使われがちですが、本場イタリアでは赤ワインが主流です。パンチのきいた深い味わいになるんですよ。私もこっち派ですね」
雑学を語りつつ、赤ワインを注いでいく...うん、いい香り。
この調子でどばばばば。
:ほーん、まぁ俺は直飲み派やけどね
:↑産地直送で草
:↑節子それお料理やない、飲酒や
:赤ワインどばぁぁぁ~
:ワイン入れすぎじゃないかそれ
「入れすぎました」
:うーん鮮やかな即落ち二コマ
:すごい堂々としてて草
:あれ、この子意外とドジ...?
:声色からにじみ出る諦観(諦観)
:入れすぎた分は俺が直飲みするで
:↑呼 ん で な い
:あやちー「目分量(迫真)」
「えー、ゴリ押します」
:草
:本当に堂々としてて草
:流れ面白すぎるw
:声色からにじみ出る自信(白目)
:さすがに爆笑
:今回の切り抜きポイント
「料理人は後ろを振り返りません(無敵)、アルコールを飛ばした...まぁたぶん飛ばせたとして(希望的観測)、ここにトマトピューレ・ローリエの葉・オリーブの実とお水を少々入れて、蓋をして煮込みます。あとは無事に完成することを祈って、4、50分弱火で放置です。皆さんも祈ってください(祈願)」
:どんどん適当になってるの大変に草
:祈れ...飛ばし残ったアルコールの全てに...
:おん、なんも問題ないな(難聴)
:↑ヨシッ!!(現場猫)
:前半の手際の良さを完全に打ち消すスピード感
:煮込んでる間どうするの?
「そうですね、この煮込みの時間を使って~...せっかくなので雑談でもしましょうか。質問コーナーなんてどうです?」
:都合の悪い内容を全て聞き流すあやちー(スター状態)
:↑マ〇オも悲鳴を上げて逃げ出すレベル
:↑マリ〇「ウワァァァァァァァ~(美しいビブラート)(絶命)」
:いいねぇ質問コーナー
:上三人が完璧すぎて腹痛いwww
:雑談タ~イム
:やっぱこの子逸材だわ
「このタイミングでの“逸材”発言はむしろバカにしてますよね?...なんというか、その...正直、返す言葉がないので甘んじて受け入れますが...」
逸材の意味が違うじゃんそれは。おいこらアカウント名控えたからな!!!(せめてもの抵抗)
「まぁいいです,..質問を募りましょう。コメントからランダムで拾いますね」
雑念を払い、質問の募集を開始。俺の声を皮切りに、コメントにいくつかの質問が流れ始める。なんか最初より勢いがすごい気がしたけど、とりあえず俺はぱぱ~っと流し見て、目についたコメントに答えることにした。
:公式SNS開設しないの?
記念すべき初質問はこれ。SNSねぇ...実際、効率よく知名度を上げたいのなら、SNSの運用はもはや必須レベルだろう。人々の目に留まるコミュニティは多くもっておいて損はない。そこから横のつながりが広がることもあるし。
「確かに...配信のお知らせもできるし便利ですよね、SNS。後でアカウント作っておきます。皆さん、ちゃんとフォローしてくださいね?」
善は急げってよく言うからね。配信終わったら早速準備しよう。
「では、次に移りましょう。次の質問は~...これです!」
:ストリーマー事務所 or 企業に所属する予定は?
見たところ、この手の質問がかなり多く届いている。事務所も企業も入れれば御の字だけど...入るまでが大変なんだよなぁ。
“大”が付くタイプの箱にもなれば、高難易度・高倍率のオーディションを勝ち抜く必要が出てくる。このビューティフォーな容姿はアドバンテージになるが、それだけで合格できるほど甘くはない。
う~ん...なんて答えるかな...。
「あ~...ん~...私、見たらわかる通りかなりの野生児なので、ね...?できたら万々歳でしょうけど、茨の道でしょうし...今はあんまり考えてないですね」
ストリーマー活動をより邁進させるには、やはり大手のバックアップがあった方がそりゃあいい。あればあるだけいい。
どうするかなぁ...たぶん、俺のストリーマー人生の分水嶺はそこかもしれない。
よく考えておこう。
「次の質問です...ででででででで───でん!(セルフ効果音)」
:ライフル見せて~!
質問じゃない()
「そんなのお安い御用ですけど...いいんですか?せっかくの機会なのに...あいいんですね。わかりました」
リスナーの需要がいまいちわからないなぁ...。
「え~っとですね...はい、これが私の相棒───ハンティングライフルのライちゃんです。今名前付けました(適当)」
───とまぁ、こんな調子でゆるーく質問に答えること、50分...。
───ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ...
セットしておいたタイマーが鳴り出したので、俺は質問コーナーを切り上げる。うぉ今気づいたけどめっちゃいい匂い...やば、お腹鳴りそう...じゅるり...。
「皆さん皆さんっ!!カチャトーラが完成しましたよ!!よ~し食べましょう早く食べましょう私のお腹は我慢の限界ですはやくはやく~───」
───ピーンポーン...
一気に最高潮に達したテンションそのままに、俺は折り畳み机の上によじ登り、苦戦しつつ戸棚から器を取り出した...瞬間に、呼び鈴が鳴った。
「...んぅえぇぇ?今ぁ??」
:出鼻挫かれちゃった
:俺も今お酒飲む寸前で止めてる
:↑まだ晩酌には早いっすよ
:お嬢様口調外れちゃってて可愛い
:わかる、わかるぞ...あるあるよな...
:トイレ行ったりするとほぼ100で宅配来る
:素が出てきてて微笑ましい
「んなぁ〜もぉめんどくさい...一口だけ食べちゃいます...そしたら対応してくるので、少々お待ちくださいね」
なんか取り繕ってたキャラが配信二回目にして剥がれ始めてる気がしないでもないが、もう既に色々と手遅れ(客観視)だし、ままいっか。
散らかったキッチンの上をちゃちゃっと片付けて、フライパンの蓋をパカり。
───絶景が広がっていた。
「うわあぁぁぁ~...!めーっちゃくちゃいい匂い!皆さん見てくださいよこれ~!!」
お腹の虫が我慢の限界を訴えている。俺もそれには大賛成なので、ぴょんぴょん飛び跳ねながら大皿にカチャトーラを盛り付けた。
そのまま椅子の上に高速エントリーして、一喝。
「えーっと...じゃあ、画面の奥の皆さんもご一緒にっ!いただきま~す!!」
:いただきま〜す!
:かんぱ〜い
:↑酒豪ニキで草
:飯テロすぎる
:諸君、頂こう。美味し糧を。
:↑ハウルもにっこり
:急ピッチでおつまみをば...
:もうシェフやん
:可愛い顔してハイレベルなお料理できちゃうのギャップ萌え
:↑なお過程は無視するものとする
:俺たちにも恵んでくれ
:↑乞食ェ...
下から上へ凄まじいスピードで流れていくコメントを見ながら、スプーンで兎肉を掬ってパクっ。
「...ん~!ソフリットとトマトベースのソースが染み込んでておいしいぃぃぃ〜...午前中の肉体労働で疲れ切った体が悦んでます...私の舌もご満悦...ふへへ...」
:硬派なお嬢様キャラに慣れてた古参勢から言わせてもらいますと、ふやけたあやちーのトロ顔は致死性のある劇物でs
:↑成仏してクレメンス
:酒を飲みながら眺めるあやちーの尊顔は至福
:俺も美味しい(?)
:かわいぃぃぃぃぃぃ説明不要ッッ!!
:我が生涯に一片の悔いなし...
:↑ハウルも昇天
:↑ハウルじゃねぇだろそいつ
:ツマミなくてもあやちーの顔見てるだけで酒がススム...
:酒豪ニキ多ない?
:↑そら飯テロ配信やし多少はね?
やっぱり時間をかけて作ったメシはうまい。言うまでもない。三大欲求の一角を担う食欲が満たされていく感覚に溺れるぅ...。
コメントも大盛況かつ大好評で、大変喜ばしい限りである。やっぱこのビジュ無敵では?ロリータコンプレックスにガン刺さりの黄金比率。神様ってすげぇや(小並感)
───ピーンポーン...ピーンポーン、ピーンピーンピーンピーン....
「ぐふっ───むぐっ...ぎゃぁぁぁうるさいうるさいちょっと待って!...ごめんなさい少しだけ席空けますね!すぐ帰ってくるので!!」
呼び鈴の連打音のシュールさに思わずむせてしまい、もぐもぐしていたお肉が盛大につっかえた。無理やりごくんと嚥下し、半ば絶叫に近い声を上げながら大急ぎでミュートボタンをクリックする。
立ち上がった拍子に椅子から転がり落ちつつも、何とか玄関へ直行。
「いやあの、確かにこのまま無視しちゃおうかななんて考えてた自分が悪いけどっ...そんな連打しなくてもいいじゃん!デトロイト市警ですか何なんですか!?」
:行ってらっしゃーい
:あれ?ミュートできてなくない?
:逆ミュート芸キタコレ
:もう何しててもかわいい
:デトろ!!開けロイト市警だ!!!
:↑口ぶり的にあやちーこのミーム既知っぽくて最高
:ピーンピーンピーンで草
:配信二回目でリスナーの心をギュッと掴む可愛らしいPON…そりゃ愛されるわ
:お嬢様キャラでドジっ子とか需要の塊すぎる
───どこまで行っても前途多難な俺は、最後の最後までリスナーの期待を裏切らず...ミュートの切り替えミスというストリーマーの十八番みたいなドジをかまし、ファンサもりもりで二回目の配信を終えるのだった。
〇LIVE NOW ──10247人が視聴中──
...いやあの...正確には配信終了できてないし、何なら今からもっとシャレにならない面倒事に巻き込まれることになるんだけどさ...。
「───え?ポリスメン?なんで?...ちょっと!?どこに連れて行こうとしておられる!?」
この流れでほんとにデトロイト市警(比喩)来ることある??
人と被りたくないのでTSロリっ子お料理配信とかいう新ジャンル開拓します ときもんめ @TokiToki_monme
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。人と被りたくないのでTSロリっ子お料理配信とかいう新ジャンル開拓しますの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます