第2話 初めての配信「バニシカのカチャトーラ」①
さて、俺がストリーマーへの道を志したあの日からちょうど二週間。今日はお待ちかねの初ライブ配信日である。事前にチャンネルのコミュニティで告知していたため、普段から俺の動画を見てくれている古参勢はコメントで反応を見せている。
「おっ、いるいる♪気合入っちゃうなぁ~」
あれからも動画投稿は続けており、ちょいちょいライブ配信についての宣伝はしていた。
現時点での待機中接続者数はおおよそ30人。初配信にしては上々な数の人の目に留まっているっぽい。一週間前から待機所を作り、毎日の動画で宣伝を繰り返してきた甲斐があった。
「期待して遊びに来てくれてるんだよねぇ...楽しんで帰ってもらえるようにぶちかましてやりますか!」
欲を言えば、楽しんでってくれるついでにチャンネル登録と高評価もちょちょいとしてくれるとあやちーうれちーなんだけどね。まぁそんなこと配信で言ったら炎上...とまでは行かずとも、欲深い人だと思われちゃうだろうから、自重しなきゃ。
さぁ、配信の時間だ。えーっとボタンは...これかな、ポチっと。
〇LIVE NOW ──32人が視聴中──
「っと...見えてますか~?お馴染み『あやちー』です、今日は来てくれてありがとうございます」
ボタンを押すのと同時に、自分の体にもスイッチを入れる。
よそ行きモード発動っ!!
ここからは普段の動画に出てくるお嬢様系あやちーを演じなければならない。配信上の姿と動画内の姿とで、ギャップが生じてはならぬのだ。
:おっ、始まった
:見えてるよ~
:あやちー元気?
「あ、いつも動画にコメントを下さる方もちらほら居ますね。ありがとうございます」
普段編集で使っているパソコンとア〇ゾンで購入したWebカメラを接続し、折り畳み机の上において首から上を映している状態。実はここ、いつも俺が食材を調達するためにお邪魔している山の中である。
「よしよし、見えてるっぽいですね。よかったよかった」
とりあえずは第一のチェックポイント、「無事に配信をスタートする」達成だ。目標が低すぎるって?こういうの不慣れだから大目に見てちょ。
:あやちーの初配信、どんな事故が起きるか楽しみだ
:普段から料理してるの?
:お顔ひょっこり
:あれ?キッチンは?
:ワクワク
:声かわいい
:あやちーどこ居るん?w
:どんな流れで進むんだろう
:自然に帰ってないか!?(笑)
盛り上がるコメント欄の中に、いくつか戸惑うような声が見られる。
120%原因は後ろの景色でしょうね。どう見てもお料理チャンネルの配信とは思えない、青々とした山。そりゃあ混乱するコメントだって流れてくる。新規の人向けに説明しなきゃか。
「本当ならキッチンから早速お料理、っていう流れだと思うんですけど」
:みんなそう思ってる
:いや山やんw
:そりゃあね
:まさかの自給自足...伏線だったか...
:ラ イ フ ラ イ ン 断 絶
:もはや山がキッチンっていうあれか
:嘘やろ?
「せっかくなら私がいつもやってるモンスター狩り....かっこよく言い直して、狩猟のシーンからお見せしたほうが面白いかなーって」
:ファッ!?
:アイエエエ!?ナンデ!?狩猟ナンデ!?
:うちのあやちーが強すぎる(迫真)
:野山に潜りしロリ
:「いつも」←ここ大事
:面白いじゃ済まされない事実
:言い直すのかわいい
:【衝撃】あやちー野蛮人だった
「んんん?そんな驚かれることですかね、これ」
なんかリスナーの反応が予想と違う。いやだって一回投稿してるじゃん。「今日は自給自足」っていうわけわからんタイトルのサバイバル動画。
まだまだ知名度が浅いなぁ、もっと俺のことを知ってもらわないと。あ、もしくはあれが一回限りのネタ動画とかかと思われてる?勘違いされないようにはっきり言っておくか。
「言われてみれば確かに。今までの動画で、私が食材を自力調達してるって明言してませんでしたね」
:うちのあやちーが 強 す ぎ る(大迫真)(定期)
:自給自足ニキ合ってて草
:山だから草って...コト!?
:あれギャグじゃなかったんかい
:あまりにも冷静すぎる
「お金がないから買い出しにも行けないんですよね。それに意外と楽しいですよ、山も」
:えぇ...
:カツカツすぎてワロエナイ
:(ドン引き)
:そんなにかわいいのに可哀想...お兄さんが飴あげよっか?
:↑通報しますた
:俺にお布施させてくれ
(お?なんか
──このとき、実は一連の発言が災いして、ロりまとめ掲示板やネット記事などで「野山で
「で、今回作るお料理は『バニシカのカチャトーラ』です。一言で言えば鶏や兎肉のトマト煮ですかね、カチャトーラはイタリア語で『猟師風』って意味なんですよ」
ここで事前に調べておいた豆知識を披露し、お嬢様キャラをより仕立て上げていく。完璧な作戦...隙がないぞ、さすが俺。
:イメージと違う
:猟師風ってかもう君は猟師だろ
:高級レストランかなんか...?
:やはりあやちーは三ツ星シェフ
:ご貴族に献上するお料理作ろうとしてる?
:字面で美味しそう
:おにゃのこ...オムレツ作るおにゃのこどこ...?
:レストラン開いたら繁盛しそう
:むしろ経営させてくれ
あれ?なんか意外とコメントの反応が割れてる?最近の動画は大体こんな感じの料理ばっかなんだけど...料理の腕を上げすぎた説ある?
普通に反応できてる人たちはたぶん俺の古参勢かな、こなれてるし。混乱コメは新規層か。てことは新規リスナーいっぱいいるってことじゃん!がっぽがっぽだぁ~!(汚い)
「シカ科に分類されるバニシカですが、後ろ足がウサギのように発達していてちゃんと兎のお肉も頂けます。余った鹿肉は次の配信か何かで使いますかね」
これ実際に解体したことあるから言えるやつだよね。ほんとなんだよ、一頭から鹿肉と兎肉が十分手に入るんだよバニシカさん。ほんと有能...いつも助かってます。
:話し方がお上品すぎるゾ!!
:博識で可愛くて強いってそれもう無敵では?
:ぽまえらもあやちーに沼りやがれください
:↑ぬまった(脳死)
:バニシカは狩りにくさで有名だけど、大丈夫? ──@猟師──
:ちゃんと生き物への感謝感じられて好印象
「バニシカは狩りにくさで有名」というコメントが目に入る。心配してくれているのだろうか、優しいリスナーさんだ。@猟師とあるから、もしかしたら本職の猟師の方かもしれない。
一応、普通の猟銃でもモンスターを狩れないことはない。ただ大したダメージは入らないからオススメされてないだけで、あえて猟銃だけでモンスターを狩るというツワモノもいると聞く。この人もそうなのかな。
どちらにせよ、リスナーからの質問や心温まるコメントには積極的に反応するべきだろう。お互いに嬉しい...いや、うれちーだからね。これ流行らせるか。
「事前にトラップを作っておきましたので、余程のことがない限り失敗することはないと思います。まぁなんの変哲もないただのトラバサミなんですけどね」
:ただのトラバサミとは(困惑)
:モノホンのハンターしてて草
:絶対にロリの口からは飛び出ないワード
:おっ猟師さんちっすちっす
:野生児かな?
サイト上にアップする動画投稿の形式とは異なり、リアルタイムで打ち込まれていくコメントたち。
(なるほど、これがストリーマーの感覚か。向こうは俺を、俺からはリスナーを近い位置で感じられるしウィンウィンな関係ってやつだな。普通に楽しい)
───ガサガサ...ザザザ...
:ん?
:あれ鹿じゃね
:本日の食材さん
:一名様ご来店
:↑奥にもう何頭か見える
:カチコミに来てるやんけ
:あやちーに会いに来たんやぞ
:野生動物さえ魅了する可愛さ...
:やはり可愛い(定期)(大定期)(?)
「鹿のお肉も意外と万能なんですよね、ソテーにしてもローストしても、一周まわって唐揚げにしても美味しいんですよ~。あ、やばよだれが」
───タタタッ、ドンッ!
:あやちー!?
:ヨダレ可愛い
:それどころじゃない
:後ろ後ろ!!
:あやちー「失敗することはない」
:アカンぞ、バニシカの脚力はエグい
:大フラグで草
:↑草生やすな
:うせやろなんで気づかんのや
彩の真後ろに前脚を大きく上げたバニシカが映る。もう間もなく、その強大な脚力によって彩は後頭部を蹴り飛ばされ、一瞬のうちにほんわか初配信はショッキングな映像へと早変わりしてしまうだろう。
「──あちゃ~、失敗しちゃいましたか。てへぺろ」
すんでで振り向いた彩の小さなモチモチハンドに、幼女には似つかわしくないハンティングライフル(合法)。彼女はためらうことなく引き金を絞り、一発。
さらにその奥から飛び込んできた別の個体群、親鹿二頭と小鹿一頭の計三頭に即座に照準を合わせ、すべて一回ずつの射撃で仕留めてみせた。
:!?
:((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
:てへぺろで吐血した
:俺は鼻血出しながら震えてる
:!??。!、れ?!?
:強すぎる
:このようじよ、末恐ろしいゾ...
:狙いが全く逸れていない、負けました ──あやちー守護隊@猟師──
:猟師ニキ敗北を喫してて草
:流れ草
:サラッと守護隊になってて笑う
:本職を震わせるロリ、それがあやちー
心臓を撃ち抜かれ、ものの数秒で沈められたバニシカたちは地に伏す。俺は猟銃を下ろしながらパソコンの元へ向かい、視聴者に向けて苦笑いをした。
「トラップを準備した努力が水の泡になりましたが、まぁ結果オーライです。鹿さんの命に感謝して、血抜きと解体を済ませてきます」
Webカメラを動かし、血抜きをする予定の近くの小川を映す。川の流れは穏やかで底も浅いので、ロリロリな俺でも安心だ。というかいつもあの小川で作業してるので心配はいらない。
ふと画面を見ると、最初とは比較にならないくらい賑やかなコメント欄が目に入った。
:これは超大物級ロリっ子が爆誕したぞ
:チャンネル登録しますた
:今のシーンカッコ可愛すぎて需要の塊
:切り抜き職人大歓喜
:これは伸びる(確信)
:まとめサイトでめっちゃバズってて草
:古参勢からしたらすごい嬉しい...けど知れ渡ってほしくないなぁという嫉妬
:↑わかるぞ
:高評価ポチ―
なんか俺の想像と違った。ここまで褒めてもらえると思ってなかったからタジタジ。
けどまぁリスナーからは好評らしい。やはりライブ配信の新規吸引力は凄まじいこった。
「えへへ、楽しんでいただけたようで何よりです。ここからはオンライン上では流せないシーンになりますので、一度配信はここまでにしたいと思います。また数時間後にキッチンで会いましょう。それでは、おつあやちー」
:推します
:バズるなこりゃ
:↑もうバズってんで
:新時代ロリ
:
:お爺と一緒にされてて草
:お爺よりも可愛いだろうがワレェ!!
:あやちーの「えへへ」で無事尊死
:公式SNS開設待ってます
:やっぱあやちーは無敵だった
画面の反対側で大盛況を見せているリスナーたちに手を振って、俺は配信終了ボタンを押す。ポチっと。
〇LIVE OFF ──11,347人が視聴中──
画面に表示された「LIVE OFF」の文字を見て、俺はやっと肩の力を抜く。トラップ捕獲作戦は失敗したけど、何とか無事に第一回
「さぁてっと、思ったよりデカめの個体が釣れちゃったなぁ...こりゃ血抜きも解体も大変だ」
それでも、自分の配信をあそこまで楽しんでくれたリスナーを思えば、これも苦ではないと思える。俺は顔を綻ばせながら大きく息を吸って言い放った。
「よぅし!やるぞー!!」
「んなぁぁぁぁ、重いぃぃぃぃぃ...」
ロリ化した体の筋力の無さを毎度のことながら痛感し、俺はプルプルしながら川べりへとにじり歩くのだった。
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