第17話

ふぅ、さっぱりした。やっぱり風呂っていいよな。入る前はめんどくさいとか思ってるけど、入って後悔しないし。

なにせ、空の家の風呂、めっちゃでかいんだよな。1人で占領しちゃった。贅沢だなぁ。みんなで入る風呂もいいけど、1人も悪くない。

瑞雲みずも先生まだやることで忙しいかもしれないけど、声だけかけとこ。

僕はリビングに向かう。

「あれ、いない……」

机にはなにかやりかけのパソコンが置いてあった。

「空、行く前にちょっといいか?」

玄関の方から瑞雲みずも先生の声がした。良かった。いた。

僕はそそくさと廊下に出ようとする。


「空、お前魔力使っただろ」


真剣な声。僕は廊下に出るのを辞めた。今出るのはタイミング的に間違ってる気がした。僕はリビングからこっそり覗くことにした。

「え、いつ?使ってないよ?それより、今から私仕事行くから。12時までには戻ってくるから」

「待て。逃げるな」

瑞雲みずも先生が出ていこうとする空の腕を掴む。よほど力が入っていたのか先生の指は空の腕にくい込んでいた。

「学校に比べて数センチ、身長伸びたよな」

「そう?変わらないよ」

空の言う通り、学校と変わらない。と思う。

「長年一緒にいた俺の目はごまかせないぞ。逆によく誤魔化せると思ったな」

少し声を荒らげる先生に、僕は思わず1歩後ずさった。

「あ、やっぱりバレてた?」


空が言い終わる前に、瑞雲みずも兄が空の胸倉を掴んだ。

「そんな軽々と使っていいものじゃないだろ。そもそもお前は、幹部だ。自由に使うのを許された立場とはいえ、軽々と使うな!使えば使うほど減るんだぞ!寿命が!」

へらへらとした空とは違い、先生は真剣だった。

「お前、それで学校過ごすつもりだったのか!今はよくても、今は無事でも、確実に減っていくんだぞ!輝斗の監視期間、約3年間、それで過ごせるのか?無理だろ!そんなこと!死ぬぞ!もっと使い方を考えろ!!」

先生の声は廊下中に響き、しばらくして止んだ。誰も一言も話さない永遠かのように思える一瞬の虚無。先生が黙ってから、誰一人、空も僕も喋らなかった。ずっしりと重たい空気が流れている中、空がゆっくり口を開いた。


「……いつ気づいた?」

一瞬驚いていたようだが、すぐにいつもの調子に戻り、話す。

「少し前から薄々気づいてはいた。確信したのは今日の身体測定だ。なぜこんなことする?」

「私はこれでも成人男性。普通に紛れ込んだらバレちゃう。それに、瑞雲みずも兄、私に死んで欲しくないんだ。いやぁ、そう思われてるとは嬉しいなぁ。てっきり私、死んで欲しいと思われてるのかと思っていたよ。あー、でも、そっか、そうだよね」


「私が死んだら、瑞雲みずも兄、1人になっちゃうもんね。怖いんだ、1人になるのが」


「だから私に死んで欲しくないんでしょ」


瑞雲みずも先生は勢いよく空に平手打ちをした。痛々しい音が廊下中に響き渡った。

「……っ」

「ふざけるな!!なにが『バレないように』だ!なにが『死んで欲しくない』だ!確かにそうかもしれないが、


俺はもっと自分の身を大切にしろって言ってるんだ!!」


「……うん。わかったよ。ごめんね。次からは気をつける。じゃ、私、仕事行ってくる」

空は先生の腕をどけると、手をひらひら振ってそっと出ていった。

全然気づかなかった。ここにいる時と、学校にいる時で身長違ったんだ。瑞雲みずも先生は長い間空と一緒にいたから気づいたんだ。すごい。

「……輝斗、なにか用か?」

僕のこと気づいてたんだ。あれ、用なんだっけ。

「……あいつの仕事、幹部の仕事なんだ。あいつの役職はただでさえ魔力を使う。そのうえで日常的に使ったら……。あいつはあんなやつだけど、それでも、俺のたった一人の親友だ」

先生はまるで独り言のように話し続ける。

「実際、空の言う通りかもしれないな。俺は、1人取り残されるのが怖いのかもしれない」

……1人、取り残される?

「風呂は後で入る。悪かったな。変なの見せて」

そういうと、僕の頭をくしゃくしゃと撫でて2階へ上がって行った。まるで僕の父であるかのようだった。

僕はぽつんと1人廊下に取り残された。

自分を大事にしろ、か。


もし、光にその一言が言えていたら、なにか変わったのだろうか。


今更、もし、なんて考えても無駄か。どれだけ考えようが、後悔しようが、いないものはいないんだ。

僕は居心地が悪くなって自分の部屋に戻った。

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