第11話 タイピング

 午後の勤務、モナカは入力作業を任されていた。文章と数値入力だが、膨大な資料に悪戦苦闘していた。そこへ、アンドロイドのトコフZGが様子を見に来る。


「モナカさ~ん、調子はドウ?」

「トコフさん、これ作業分担した方がいいですか?テスト用じゃなくて、実データでしょ?」


「実データだけど、日数はまだ余裕あるヨ。ちょっと、割り込みで急ぎの作業があったんだけど、どうしようカナ・・・あ、あいつがいるジャン」


 トコフは、コンピュータの部品交換を終えたミナヅキを捕まえ、モナカの隣の席に座らせた。


「ミナヅキさ~ん、緊急案件。この文書をデータ化してクダサイ」

「データ化って、入力規則はあるの?」


「見たままに、お願いシマス」

「了解。急ぎね」


 久しぶりにミナヅキの入力作業が見られるので、モナカが、じっとミナヅキを見ていた。


「何、見てんさ?自分の作業やんなさいよ」

「はい、そうなんですけど、久しぶりに見られそうで」


「ん?よく分からんけど、ま、始めますか」


 ミナヅキの入力作業は、高速タイピング。一般の入力速度より、かなり早い。少々の入力ミスがあっても、再入力を踏まえても人間の中では急ぎの作業をよく任せられる。リズミカルに入力されるタイプ音は、雑音ではなく小気味よい。周囲の社員たちが、カタカタと鳴る音に注目しだした所で、入力作業が終わっていた。

 入力の照合作業に入り、訂正を済ませると、トコフZGにミナヅキが声をかけた。


「トコフさん、入力データはどこに格納するの?」

「早いね~、もう終わったなら、ネットワークから回収シマスヨ。アリガトネ」


「了解、任せたよ」


 隣の席でモナカが、ジーッとミナヅキを見ている。


「何用で?」

「あのミナヅキさん。手が空きそうなら、こっちの入力作業手伝ってください」


「次の作業って言われてないので、構わんのじゃないかな。入力規則とか説明してくれる?」

「わ、助かります。こっちの文章、お願いします。修正箇所が多くて、ほぼ新規のような内容です」


「数値入力の方が単調で辛いんじゃねぇの?」

「何文字ずつって区切れば、そうでもないです。ただ、入力量が多いんです」


「しかし、この時代に入力作業って変だよな。スキャナー装置で読み取って、コンピュータに文字列だけ取り込めば、早かろうに」

「我々に、仕事を与えてくださっておられるのですよ」


「ほほぅ、モナカも皮肉が言えるようになったんだ」

「誰が先輩だと思ってんですか」


「ん~、トコフか」

「雨を降らしちゃう人です」


「その程度に表現留めてくれて、ありがとう」

「言ってもいいんですけど、入力作業を手伝ってくれなさそうだし」


「そうだな、あの辺で立ち話して暇そうにしている奴と交代しただろう」

「そういえば、作業待ちの人、増えましたね」


 モナカはミナヅキに作業分担して、入力作業に取り掛かった。


 定時となり、今日の作業は終わり。ぞろぞろと仕事帰りの集団がビルの外に出た頃、ミナヅキは携帯電話の電源を入れ、受信状況を確認した。すると、ケンピからメールが届いていた。


「暇なら、帰りに顔を出して」


 隣にいたモナカに聞いてみた。


「ケンピから、『顔出せ』ってメールが着てた。何用か分からないけど、ちょっと行ってくる」

「それって、ワタシも行っちゃダメですか?ケンピさん面白い人なので」


「大丈夫じゃないのかな?メールで聞いてみるよ」


 ミナヅキが、モナカが来てもいいか打診をメールでしてみた。


「ん、早いな。問題ないってさ。安納ぱーつに一緒に顔出そうか」

「はい、分かりました」


 また徒歩10分少々かけて、古い商業ビルの安納ぱーつに立ち寄った。


「おーい、ケンピさんよ~、来たぞ~」

「はい、お疲れっす。モナカさんも、どうもです」

「お邪魔します」


「で、何かあったとか?」

「この前、あんたたち二人がアタシとここで昔話してたでしょ。あれが、ネット掲示板に、撮影されて載せられてたわけ。それを言っておこうかと」


「放っておけばいいんじゃないのか?オレらは、ただの客だし」

「それがね、『おっさんを店と連れの女2人が取り合いになってモメている構図』ってタイトルが付けられてて」

「おやおや、ミナヅキさん、モテますね」


「おお、そのタイトルは面倒だな。大して見る奴はいないだろうけど、安納ぱーつとしては鬱陶しい」

「そこで、あんたたちが揃った所で、事実確認とデータ改ざん案のご意見聞いとこうかと思って」

「画像差し替えでいいだろう。タイトルと似たような状況にしておけばいいんだろ?それなら、ウニやカニを3種類並べた画像ってどうだ?モメてると想像できればいいからさ」


「ミナヅキらしい捻くれ具合だな。お二人さん、ちょっと店の奥についてきて」


 安納ぱーつの商品棚通路に通されたミナヅキとモナカはケンピの後ろに立ち、ケンピは、薄型コンピュータを軽快に操作し始めた。ネットワーク上にあるウニ画像をいくつか表示させ、その画像をコピーして、即座に加工し始める。海底にある岩場に海藻を生やし、そこにウニが3つ寄り添った画像を完成させた。そして、別画面を表示させ、カタカタと高速でコマンド入力を始めた。


「うわっ、速っ!ミナヅキさんよりも入力速いですよ」

「そりゃ、ケンピは別格だから。オレの入力って、平均よりちょっと速い程度。上には上がいるんだよ」

「へへ、モナカさんもっと褒めて。ミナヅキは、缶コーヒーでも奢って」


「はいはい、安く上がって助かりますよ」


 ミナヅキはブツブツ言いながら、安納ぱーつの近くにある自動販売機へ向かった。


「モナカさん、ミナヅキの仕事っぷりはどういう感じです?サボってないですか?」

「いえ、いつも忙しそうにされてますよ。人からもアンドロイドからも頼られてるかなって。それに、知識豊富だからでしょうね。ただ、開発業務に携わった方が、より力を発揮できるのでしょうけど人間である以上は難しいみたいで」


「やはり、アンドロイド優位なのね」

「はい。今日も社員の中で、電脳化の話が出ていました。ミナヅキさんが電脳化すれば、すごいことになるんじゃないかと思うのですが・・・」


「モナカさん、電脳化手術いくらするか知ってる?」

「いえ」


「5000万。しかも、うまくいく保証は100%ではない」

「な゛っ!高い!」

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