第10話 装甲列車

 たくさんの人間、アンドロイドが混み合う平日朝、いつもの装甲列車内。ミナヅキは、モナカに休日、何があったかを話していた。


「あのさ~、ケンピから呼び出し受けてさ、急遽納品することになったんだよ」

「大変ですね、順調でしたか?」


「いんや。ああいう商品の受け渡しってのは、相手さんが、大体ケチつけるんだよ。だから、間に入ってもらう存在があった方がいいんだ」

「いつもケンピさんが間に入るわけでしょ」


「たまには、中立なアンドロイドに立ち会ってもらうことがある。交渉決裂もあるし、お互い、身の保証がないと怖いしさ」

「で、儲けました?」


「ん~、それなりにな。ケンピからも、『メシ奢れ』みたいなことを言われたよ」

「ほほぅ。どうするんです?」


「どうって、どういうことよ?」

「どっちと行くんですか?ワタシか、ケンピさんと」


「それぞれと行ってもいいし、両方一緒でも構わんよ。それぞれで付き合いがあるんだし、片方だけって変だろ。妙な関係でもないしさ」

「確かに、そうでした」


 ミナヅキを独占したい気持ちが少し見えたモナカと、よく分かっていないミナヅキは、休日の話を続けているとベギオント駅に到着した。


 装甲列車からホームに下りると、階段に近いアンドロイド専用車両で騒ぎが起きていた。


「泥棒!荷物を奪わレタ!」


 逃すまいと揉み合いになってホームに転がっていたアンドロイドが叫び、階段へ走る人造皮膚を纏ったアンドロイドの姿が見えた。


 ヴィー!ヴィー!ヴィー!ヴィー!


 けたたましい警報音が駅のホームと装甲列車から鳴り響き、皆、自然と身をかがめ、座り込む。

 辺りをよく見ると、装甲列車の側面装甲とホームの天井裏側から板状のものが剥がれ落ちる。ひらひらと地面に落下する前に形状が変わり、手足が現れ、二足歩行形態に変形した。体を回転させながら周囲の存在に触れることなく着地し、さらに高速移動して、逃げるアンドロイドを一斉に追いかけ始めた。何体いるのだろう?と簡単に数えられないくらい物体が、逃げるアンドロイドを覆いかぶさり取り押さえた。


 ホームにいる人間たちが一斉に話し始めた。


「あんな小柄なのに、捕まえたぞ」

「装甲列車の装甲が剥がれるの初めて見たわ」

「天井裏も剥がれたって」


「警備アンドロイドじゃないの、あれ?」

「おい、携帯電話で撮影しようとすると、写らねぇぞ」

「光学迷彩か?」

「ネットワーク上に情報無いから、規制がかかるんだ。投稿消されるぞ」


 ざわざわと大騒ぎになり始めた頃、ミナヅキが周囲に紛れて携帯電話で撮影を試みる。


「へぇ~、ぼんやりと写るわけでもなく、実体が認識されないんだ。存在しないことになってる。装甲列車の装甲も全てが警備アンドロイドって訳ではなく、本当の装甲も備わってる。警備と防衛を兼ねてるんだな」

「ミナヅキさん、今、顔付き違いますね」


「ジロジロ見るんじゃない、モナカさんよ~。遅刻してしまうから、階段の脇を通ってしまおう」

「了解です」


 元が装甲の四角い形をしていた警備アンドロイドは、騒動を起こしたアンドロイドを確保しつつ、階段通行の妨げにならないよう装甲が連結して、仕切り壁になった。それを横目に、ミナヅキたちは会社に急いだ。


 どうにか始業時間に間に合い、社内に入ると、先程の装甲列車の話で持ちきりになっていた。まず見ることのない装甲と一体化している警備アンドロイド。それと、アンドロイドがアンドロイドを取り押さえ、逮捕する光景。アンドロイドも生活環境において学習した内容次第で犯罪を犯してしまう。たまに、アンドロイドが感染するコンピュータウィルスによって、誤動作する事例もある。しかし、今朝の駅構内で起きた事案は、アンドロイドの意思である。人間と同じように善悪の判断がアンドロイドの回路にあるのか、そのように学習されたのか、逮捕されたアンドロイドは裁判を受ける。ただ、アンドロイドの場合、中身の書き換え、もしくは物理消去が凡例として行なわれる。


 お昼の休憩時間、また、今朝起きたアンドロイドの事件が話題になっていた。


「いや~信じられないよ、アンドロイドが盗みって」

「だから、環境次第なんだよ。生活するには金が必要だからさ、人間であろうが、アンドロイドであってもさ」

「そこで疑問なんだよ。俺さ、そろそろ電脳化を考えてて、事件に巻き込まれたら、人間とアンドロイド扱いのどっちなのかって」

「え、お前、電脳化すんの?」


「そうだよ、この会社で誰も電脳化していないから、俺が電子脳核に記憶を移して、アップグレードして開発業務に携わろうかと思って。そうなったら、今、補佐に回っている人間たちがアンドロイドの開発陣に追いつけ!追い越せ!って励みになるじゃん」

「お前、お金持ってんな。手術料って相当高額だろ?」

「金は無いよ。モニターってやつだよ。電脳化普及のために、実験体になって協力するんだよ。会社もそのためなら、1ヶ月休んでも給料出すって」

「それって、大丈夫なのか?政府系企業なら安心だが、企業モニターだと電脳化して記憶欠損で何者か分からなくなる事例が最近あったろ」


「い、いや、大丈夫だろ」

「がんばれ、モニター!」

「ちょ、ちょっと考え直すよ」

「ちゃんと調べてから電脳化するって言えよ」


 3代目AI大統領[ぎふと]が推進する人間の電脳化。年齢と共に老化していく脳に対して、政府が重要課題として開発した電子脳核。それを人間に用いることで、脳が老化せず、活性化して働き、また生身の脳から、神経接続も問題なく電脳に交換して、アンドロイドと同等の頭脳労働が可能となる、とされている。


「電脳化ねぇ。ミナヅキさんが電脳化したら、ハイレベルな業務をこなすんだろうなぁ」


 モナカは、離れた席で作業しているミナヅキを眺めながら、他人の会話から想像していた。


「モナカさん、ボンヤリしないでクダサイ。もう仕事の時間デスヨ」

「は、はい!すみません!」


 名も知らぬアンドロイドに注意されるモナカ。午後の業務に入るが、朝から駅であった出来事のせいか、あまり集中できないでいた。

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