第9話 交渉後
安納ぱーつでの交渉劇。匿名希望の依頼主がゴネだしたのでケンピが問い詰める。そこに、ミナヅキも悪ノリをし始めた。
「製作者に対して、ずいぶん失礼な所見をされていたのですね。それに、匿名さんでありながら、個人情報がバレている。これは、製作者に報告せねばならない状況です」
「いやいや、何言ってんの?」
「匿名さん、全てを破壊しましょうか?」
「全てとは?」
「匿名さんの所属会社、戸籍、車、遠方にいる愛人との関係まで、きれいに壊して差し上げましょう。私が報告すれば、速やかに実行されますよ」
「いやいやいやいや、なんで運ぶ人が、愛人のことまで知ってんだよ!なんだよ、どうしろっていうんだよ!金か?どうすりゃいい?」
「私は現金でのお支払いしか受け付けません。電子データは、証拠が残りますので。さて、どうされます?」
「ちょっと待って」
依頼主は、慌てながら封筒と財布から現金を全部取り出した。その様子を見て、ケンピがゴム手袋を装着した。
「は~い、数えま~す」
ケンピは、紙幣自動計算機で現金を数えた。もちろん、偽札があれば自動検知する。結果として、全てが本物の紙幣だった。
「え~、匿名さん、仲介したアタシが立会人となって交渉成立しました。ただし、この交渉が納得いかなかったと、後から言いがかりをつけたり、アタシや運送屋に対して、暴力や脅し、付きまといのような害ある行動を発見し次第、外部機関を行動させ、とりあえず社会的に"どうにか"します。
よろしいですか?」
「そんなに、念押しも、脅しも、しなくていいよ。裏取引なんだから、お互いの距離感は大事だろ」
依頼主は、慌てて小型端末を懐に入れ、ケンピに見送られながら、地下街を逃げるように去っていった。それを確認した後、また奥の部屋にケンピが戻ってきた。
「悪い奴だね~、アメフラシさんよ~」
「何言ってんだよ、即興芝居だけじゃなくて、下調べも万全じゃないか、オニダルマオコゼさんよ~」
2人揃って、打ち合わせなく、即興で口裏合わせしたようなやり口に大笑いした。
「しかし、ケンピ、全部独りで調べたんだろ?顔の画像から」
「うん、そう。防犯カメラ画像から、顔抜いて。大体、ネットワークにある企業紹介は顔写真載せてあるからね。それに、個人の家族写真もネットワークに垂れ流ししてるから難しくはない。そこからの企業特定~侵入~証拠探しは、基本作業だよ。でも、『愛人がいる』ってなんで分かったの?」
「あれは、カマかけた。会社の金を横領する連中は、大体、貢ぎ先がある。というか、そもそも、オレが運送屋になってた時点で笑いそうだったぞ」
「それね。依頼主が胡散臭いのは分かってたから、本人って晒す必要もないじゃない。それじゃ、お支払いの時間ですよ」
「結局、依頼主はいくら置いていったんだ?」
紙幣自動計算機の数値を見ると、支払い予定額の2.5倍、紙幣が置いてあった。まずは、ミナヅキの取り分を渡し、ケンピの仲介手数料を受け取る。残った分を交渉の舞台を立ち回った出演料等を言って分配した。二人して、ニマニマと満面の笑みが止まらなかった。
「次の依頼は来てんの?」
「まだ入ってないよ」
「それじゃ、在庫を増やす必要もなさそうだな」
「あの人、モナカさんだっけ?食事でも行ってくればいいじゃん」
「あぁ、すでに催促されてる。行く予定でもある」
「あらまぁ、付き合ってんの?」
「そういう関係ではないな。向こうも、単に先輩後輩の間柄だと思ってんじゃないのか?年の差は結構あるからな」
「今は、そういうことにしておいたら」
「どうなのか正直分からない。ケンピが構わないなら、食事行くか?酒も飲める年齢になったんだし」
「アタシと行くと、親子に見られるよ?」
「モナカと一緒でも、親子くらいに見られてるぞ」
「あ~、アタシとモナカさんって歳近いんだ。というか、ミナヅキがおっさんだもの」
「気付けば、そういう年齢になってたりするもんだ。ケンピは、相手の年齢、気にしないと思ってたよ」
「アタシが、ちっちゃい時から周りが大人しかいなかったからね。ネリキリ水産に所属してた時も、そう。ミナヅキは対等に接してくれてたと思う」
「オレは、後から入ったし、単にメンバー候補ってだけだったからな。その頃から、ケンピのハッキング能力は桁違いだったから、尊敬に値する存在だっただろ」
「今も、尊敬してくれても、いいんですわよ!」
「実際、尊敬してるよ。新しいチームでも作らないのか?」
「そういうのは、もういいかな。目的もないし。さて、そろそろ店に戻るかな」
「そうだよ、営業中だよな。運送屋は帰るよ。アイロンがけが待ってるし」
「こまめに洗濯しないから、その格好で来ることになったんだぞ」
「はいよ~。またな」
「うぃ~」
2人は部屋から出て、ケンピは店の営業に戻り、ミナヅキはベギオント駅へ向かった。
ケンピは、ミナヅキの言葉を反芻して、少し恥ずかしくもあり、照れていた。年齢が離れている大人から、自然に『尊敬している』という言葉を言われたからだ。
それから、いろいろと溜まった日常の作業をしていると、月曜の出勤日がやってくる。ミナヅキは、相変わらずのどんよりした朝の出勤状況。
駅のホームに立っていると、近寄ってくる姿があった。
「ミナヅキさん、おはようございます。いつになったら爽やかな姿が見られるのですか?」
「おはようさん。モナカさんよ~、爽やかという言葉は、オレには、そもそもないことだぞ」
「休日もいろいろやってたんでしょ。体のこと考えないと」
「ん~、アイロンがけやってたな。洗濯物が溜まっててさ」
「先日の依頼の品を作ってたとかじゃないんですか?」
「大体は、在庫があるんだよ。特注じゃなければ、どうにかなる」
「それじゃ、なんでそんなに疲れてるんです?」
「休み明けの月曜だぞ、月曜という響き!それだけで疲労感がある。何故に、皆が意気揚々としていられるのか、オレにはない感覚だ」
いつものやりとりをしながら、装甲列車に乗り込んだ。
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