第5話 古びた建物の地下街

 朝から込み入った話をしつつ、出社するミナヅキとモナカ。


 仕事に入ると、いつもの紙媒体同士での照合作業が主。ほぼ、間違いがない照合内容。たまにあるとすれば、プリンターの汚れや紙詰まりでの印字のズレ。ミナヅキは、文字が読み取れない紙を持って、開発部署へ尋ねに行く。


 開発部署は、仕切り壁に囲まれ、周りからは見えないようになっている。


「すみませ~ん、照合作業で文字読み取りが出来ない場所があるので教えて頂きたいのですが~」


 作業中のアンドロイドたちが一斉に頭だけをミナヅキの方に向けた。少々不気味な光景。真ん中付近の席にいるリーダーらしきアンドロイドが近付いてきて、ミナヅキが持ってきた用紙を受け取り、また席に戻った。

 確認待ちの間、アンドロイドたちの作業を見ていると、リーダーらしきアンドロイドが戻ってきた。


「確認しマシタ。インクの汚れが原因で、内容に問題なしデス」

「分かりました、こちらも作業に戻ります。・・・ちょっと質問してもいいですか?」


「手短にドウゾ」

「アンドロイドの方々は優秀な開発要員と伺ってますが、キーボード使わずに、直にコンピュータと繋がって開発するのは、まだ危険なんですか?」


「確かに、危険。コンピュータとアンドロイド思考速度との差、コンピュータウィルスやシステムのバグがアンドロイド側に逆流してくることが現状ありうるので、入力という手段を取ってオリマス」


「お答え頂き、ありがとうございます」

「いえ、問題ないデス」


 ミナヅキは、一礼して、自分の作業場所に戻り、また席を離れた。その姿を見て、さりげなくモナカも席を離れる。


 トイレへ通ずる廊下をゆっくり歩きながら、ミナヅキは窓の外を眺めていた。


「休憩ですか?」

「そう、おトイレ。いや、お花を摘みに行くんだよ」


「言い直されても困るのですが」

「どした?何か言いたそうな顔してるけど」


「・・・覇気がないなと」

「仕事があるだけマシだけど、極端な単調作業ってのは、少しずつ意欲を削がれる。そんな気がする。だから気分転換に、この無機質でテカテカした高層ビル群を眺めたくなる。『どうやって作ったんだろう』とか想像力を使いたくなるんだよ」


「確かに、そう思います。前の会社が良・・・」


 ミナヅキは、モナカの口の前に手をかざした。そして、ゆっくりとモナカの近くに進み、小声で言う。


「モナカ、それ以上の会社批判と疑われる発言はダメだ。どこで聞かれているかわからない。以前のアンドロイドみたいに追い出されるのは賢くない」

「す、すみません。そういうつもりではなかったんです」


「人間同士だから、まだ通じるが・・・いや、人間でも意思不通はあるか。モナカの察する部分は分かるから、言いたいことは伝わる」

「へぇっ、あ、はい、伝わって頂き、何よりです」


 面と向かって、『言いたいことは伝わる』と言われ、照れるモナカ。そこへ、人間の社員がトイレへ向かってきたので、2人はそれぞれトイレに入った。


 それからも、淡々とした業務を進め、今日も終業時刻となった。珍しく、帰り支度の早いミナヅキにモナカが近寄る。


「なんか慌ただしいですね」

「ちょっと、ベギオントの知ってる店で用があってな」


「・・・ついて行ってもいいですか?」

「ただの注文した品の受け取りだから、面白くもないぞ」


「いえ、暇なので」

「なんだ、そりゃ」


 2人は、会社を出た。ベギオント駅近くにある公園を目指して南に歩く。その公園の途中から東に向かって進む。会社からは15分以上歩き続け、会社近くであっても見慣れぬ景色に、モナカがキョロキョロと周囲を見る。


「この辺って来たこと無いんですが、昔の建物が残ってて、ベギオントって全てが近代的じゃないんですね」

「やっぱりさ、土地買収とか難しいんだよ。アンドロイドやAIやら政府が絡んで人間の土地・建物を強制的に買い直すって。ただ、老朽化を指摘して、消防法とか法律違反を言ってくるんだと。あ、見えてきた。あの商業ビルだよ」


「ああいうビル、まだ残ってたんですね」


 ミナヅキが用事があるという商業ビルは、かなり年季の入ってくすんだ風合いの建物。周囲のビルに比べれば低いが5階建てで、人間の出入りが多く見受けられる。

 建物に入ると、すぐエスカレーターがあり、モナカは階層案内板の方に進んだ。


「先輩、何階に用があるんです?」

「ん、上には行かないぞ。用があるのは地下だ」

「はい、分かりました」


 下りのエスカレーターに乗り、ぐぉんぐぉん、と鈍く重い稼働音を聞きながら地下1階に進む。


「うわぁ」


 思わず声を出すモナカ。それも当然、ベギオントという洗練された高層ビルが立ち並ぶ中で、この商業ビルの地下は、通路が狭く、区画も狭小でありながら、店として存在している。照明もチカチカ点滅している所もあるが、それも気にせず、人間だけでなくアンドロイドも見かけられる。生活に必要な物、体の一部をカスタマイズするための部品を探すため、この商業ビルを目指してくる。違法な部品かどうかは、法律次第。この辺は、AI政府になっても、対応が後手になってしまう『穴』が存在してしまう。しかし、ここで買い物する存在たちにとっては、どうでもいいこと。少しでも高機能であったり、既製品に手を加える『改造』の楽しさを求めている。


 ミナヅキは、混み合う間を通り抜け、モナカを誘導しながら、迷路のような通路を進んでいく。その途中にある店が目的の場所。非常に細長い店舗、看板には『安納ぱーつ』と表示されている。ミナヅキは、カウンターにある呼び鈴を鳴らす。


「はーい、今行きます~」


 店の奥から小走りで出てきたのは、若い女性だった。


「はい、いらっしゃい。アメフラシ、注文の品、届いてるよ」

「ん、見せてくれる?」

「あ、あめふらし?」


 モナカが思わず声に出した。


「あれ、こちらは?嫁?」

「職場の後輩。ついてきたんだよ」


「ぁ~、呼び名出すの、マズかった?」

「・・・仕方ないんじゃないか」


 そのやりとりに、ポカンと意味が分からず、何だか分からないモナカ。


「あ~、すみません。安納ぱーつのケンピと申します。こちらの方をネットワーク上の呼び名で呼んでおります」

「昔なじみだから、そう言われることもあるんだよ」


「アメフラシ・・・先輩、ぐにょっとしてる感じ、合ってますね」

「やかましぃわ」

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