第4話 白玉飯店

 ミナヅキは、帰宅後、部屋にあるコンピュータを起動させ、何やら確認を始めた。


「何か依頼は、来てるか?・・・今日は無し。で、メールは・・・発注した物が届いた連絡あり。それなら、明日、顔出すか」


 ミナヅキは、複数台のコンピュータを所有。それぞれに役割を持たせていて、今見ているコンピュータはメールや匿名性の高い情報通信アプリ等、誰かとやり取りする専用にしている。独自に改良を加えた装置に通信ケーブルとコンピュータの間に接続し、異常な通信時には、回線切断する仕組み。また、コンピュータ内部にもソフトウェアで通信異常を検知するよう対策をしている。

 帰宅後の確認作業が終わると、一息ついた感覚から、強烈な睡魔が襲ってきた。何もしたくなくなり、ベッドに寝てしまいたい気分になる。ネクタイを外した程度で着替えもせず、意識が朦朧とする。


「ぁ~、今日は早く寝よう。部品もないし、調べ物も無理しなくていいだろう。あ、シラタマさんとこで、食わねば。フラフラになっていると、またモナカに何言われるか分からん」


 部屋着に着替えるのを止め、財布と鍵を持って、部屋から出た。頭をぽりぽり掻きながら、階段を降りる。


「ミナヅキさ~ん、今、空いてますよ~」

「ん~、キナコちゃん、ありがと~」


 白玉飯店の娘キナコが手招きして案内してくれる。


「いらっしゃ~い、空いてる席にどうぞ~」


 元気のある声でシラタマが迎え入れてくれた。白玉飯店は、カウンター席のみの店内。ただ、会合がある時だけ1階別室が開放される。しかし、いつその会合が行われているのか、目撃したことはない。今の店内は、混み合う時間帯を少し過ぎたので、両隣が空いた状態で食事ができそうだ。


「今日、何します?疲れた顔してるから、スタミナ定食ってどうです?」

「そんな顔に出てる?そうなら、スタミナ定食で」


「はい、お待ち下さい」


 早速調理に入ると、ガコンガコンと鍋を振り、シラタマの背中より大きく激しい炎が上がる。焼くとか、炒めるというより、燃やしているような状況。


「お待たせしました、スタミナ定食ね。ニンニク多めにしといたよ」

「あらまぁ、頂きます」


 ご飯も勝手に大盛りにされたスタミナ定食。合成肉と野菜を燃やし炒めるがニンニクが焦げ付くことなく絶妙な火加減で香ばしく、食欲をかき立てられる匂いがたまらない。さて、食べようかとする時に、スッと、キナコが背後で囁く。


「冷えたビールが合うんでしょうねぇ」


 アルコールが飲めぬ年齢の娘が、おっさんの喉の快楽を察して促してくる。恐ろしや白玉飯店。


「んぐっ、ビール追加で」


「えへへ、お母さ~ん、ビール注文頂きました~」

「は~い、待ってました~」


 見事な母娘の連携。ミナヅキは、合成肉や野菜、ご飯とむさぼり、そこに出てきた冷えたジョッキに注がれたビールを飲む。少し遠くを見つめ、何かしらの"幸せ"が分泌し全身に流れ、心身共に満たされた。その表情を見て、母娘がグッと拳を握った。


「ありがとうございました~」


 あっという間に食事を終え、白玉飯店を出た。眠気が吹き飛び、若干の興奮状態になってしまっている。ミナヅキは部屋に戻ると部屋着に着替え、コンピュータの前に座り、あれこれとネットワーク上の情報を自動検索させ作業を始めた。


 作業に没頭すること数時間。トイレに行きたくなり、時計を見る。


「何っ!もう、こんな時間・・・。歯磨いて寝よう」


 また深夜まで作業をしてしまい、ミナヅキは、歯を磨いて、倒れるように寝る。4~5時間程、睡眠を取り、朝になってシャワーを浴び、身支度をした。それから、温かいお茶を飲んで、ネルモル駅に向かう。


 いつものようにネルモル駅の決まった場所、いつもの乗降口で佇む。


「おはようございます、今日も青ざめてますね。顔色良くないですよ」

「おはようさん。早く寝る予定だったんだが・・・計画通りにいかなかった」


「何の計画ですか。倒れないでくださいよ」


 朝からモナカが見張っていたかのようなタイミングで声をかけてきて、小言を言う。

 しばらくして、装甲列車が到着し、目の前で扉が開く。降りる集団を待ってから、皆が乗り込んだ。また、いつもの1時間。ミナヅキは、眩しい朝日に溶けつつ、モナカは、ミナヅキが膝から崩れ落ちないか気にしていた。


「あの~先輩知ってます?社員用の携帯電話のこと」

「営業職や出張の時に持たされるやつだよな?どしたの、それが」


「希望者がいれば、人間の社員には順次配布可能だそうですよ」

「アンドロイド社員には渡さないんだ。モナカは欲しいの?」


「通信料とか会社持ちになるので、タダで使えるんですよ。一緒に申し込みませんか?」

「仕事以外も使用許可が出てるのか、それ」


「モデルケースだそうです。政府関連企業から試験的に携帯電話配布していくとか」

「怖ぇな」


「何がです?」

「前の泡糖電子のような一般企業なら考えるけど、政府が絡む企業だぞ。しかも、AI大統領だ。世の中をAIやアンドロイド優位にしたい考えだから、人間に携帯電話持たせて、位置情報や行動把握はするだろう。それに徐々に広がっている人間の電脳化も、純粋な人間からアンドロイドに近い人間を増やしていこうとしている」


「電脳化?人間の脳を電子脳核に置き換える話ですよね。でも、あれ高額過ぎて、一般には無理ですよ。日常生活に支障のある人々が政府援助で電脳や体の部位をAI搭載した義手とか機械化してるって。でも、ごく一部とかニュースで言ってました」


「今、活動しているアンドロイドたちは、うなじに貼り付けてある製造番号の金属板って、政府が全て把握してる。それが戸籍。その戸籍がないアンドロイドは、見つけ次第、その場で確保、もしくは破壊される。他国でそういうテロ事件があったからな。人間は出生届出さないと、戸籍が作られない。でも、戸籍のない人間も案外多いんだってな。政府としては、全ての存在を把握したいし、管理もしたい。全ての人間を電脳化って無理だから、手始めに携帯電話ってことだと思う」


「ミナヅキさん、考えすぎでは?」

「ややこしく考える癖は認めるけど、その会社配布する携帯電話は抵抗があるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る