第3話 帰りの風景

 会社の帰り、ベギオント駅に向かう、ミナヅキとモナカの二人。駅構内に入り、装甲列車を待つ。


「あの~、ミナヅキさん。ちょっと聞いてもいいですか?」

「ん、何?」


「ワタシたちが乗る列車って、『装甲列車』っていうじゃないですか。いつから、あんな風なんです?」

「そういうのって学校で習わなかったか?初代AI大統領[えんぜる]の頃には、この環状線は分厚い装甲で固めた列車になってた。それから、2代目[にっける]、3代目[ぎふと]って、AI大統領が変わるけど、装甲は外されてない。もう何年になるんだろうな。今の[ぎふと]大統領になってから、30年以上は軽く過ぎているし。歴代のAI大統領は長期政権だけど、争いは起きてなくて、装甲列車が攻撃対象になったことはない。他所の地域から見れば、この無骨な外観がたまらないんだってな。普通・快速って用途が違っても、装甲が分厚いのは変わりないし」


「『備えあれば憂いなし』ってことなんでしょうね」

「あ~、でも、たまにあるよな。故障したアンドロイドが線路に倒れ込んでて~って事故。メンテナンス不足らしいけどな」


「それって、そこら辺の道路でもある話ですよ。人間も、やらかしますし」

「そうだな~。お、列車きたな」


 二人は、混み合う列車に乗り込んだ。どうにか、間をすり抜け、つり革の掴まれる空間に辿り着いた。


「あのですよ、ミナヅキさん」

「なんですよ、モナカさんよ~」


「・・・装甲列車って環状線ですけど、今、我々が帰ろうとしている方向は、どっち回りっていうんです?」

「よく迷うやつ。進行方向に対して、中心がどっちにあるかだよ。帰りは、右に中心があるから右回り」


「了解です。なんか、ミナヅキさんって、帰りの方が顔色良いですね」

「この夜の車窓から見える明るさが丁度いいんだよ。もう少ししたら見える工場都市の幾何学模様に見える照明、その先にある月明かりに照らされた海の景色が穏やかでいいじゃないか。それから帰り着くネルモルの街は、下品なほどの派手な看板とネオンサインも、しっくりくる」


「まぁ、饒舌だことっ!」

「陽の光は強すぎるんだよ、オレには。ほら、見えてきた工場夜景。・・・案外、ギラギラしてるな」


「でも、分かりますよ。のんびり眺められる感じ、何時間も同じ位置でいると飽きますけど」

「この帰りの一時ひとときだから、貴重な感じがある。雨の夜景も、また味わい深い。酒飲みながら、ぼーっと眺められる」


「なんかやったことあるような言い方ですね」

「あぁ、随分前だけどな。前の会社の時だよ、工場都市ネオトロンにあるビジネスホテルで、酒飲んで眺めてた」


「暇人っすね」

「前の社員寮知ってるだろ?壁からベッド倒して設置すると、部屋が埋まってしまうほどの狭さ。その空間から開放されるためには、たまにホテルに泊まりたくなったんだ」


「なるほど。今は、広い部屋借りてるんですか?」

「前より広いが、物が多い」


「見に行っていいっすか?」

「ヤメとけ。間接照明の薄暗い部屋だ、つまんねぇぞ」


「ふふん、暗視スコープ装備して潜入します」

「・・・特殊部隊だな。ドアノブに電流通しとくか」


「耐電手袋は装備済みです」

「ほほぅ。結界の護符を貼っておくよ」


「そんなにイヤですか?部屋見られるの」

「ドン引きされるのが分かってるから、言ってるだけだ」


「・・・どスケベ」

「どゆこと?都合がついた時に見たらいいさ。『うわぁ』って悲鳴のような声上げるから」


「はい、ガスマスクもお持ちします・・・」

「おっさん臭いってか?」


 モナカが、ミナヅキのお部屋訪問の約束を取り付けた頃、装甲列車はネルモル駅に到着した。


「んじゃ、お疲れ様~」

「お疲れ様でした。また、明日~」


 ミナヅキは、話の流れから、今日のうちに部屋を覗きに来るのかと身構えた。しかし、モナカはネルモル駅北口へ帰っていった。


「あの部屋見た所で、面白みはないだろうにさ」


 ぶつぶつ言いながら、ミナヅキは住まいのあるネルモル駅南口を降りていく。南口側にも市場があり、そこを通り過ぎ2区画ほど歩いて左に曲がる。そこには、長い商店街になっており、飲食店、雑貨、病院、美容室、生活に必要なお店がほぼ揃っている。

 その商店街に入り、数分歩くと食堂がある。名前は、『白玉飯店』。それなりに長く続いている食堂で、現在2代目が切り盛りしている。その2階にミナヅキの借りている部屋。


「あ、ミナヅキさん、お帰りなさい」

「こんばんは、キナコちゃん。今日もお客さん多いね」


「ちょうど混み合う時間帯ですよ。手伝わないと、お母さん一人じゃ大変なんです」

「シラタマさんの鬼気迫る鍋振りと立ち上る炎が、忙しさを現してるな。時間ずらして、お邪魔するよ」


「分かりました~、お待ちしてます」


 白玉飯店の娘キナコに挨拶して、外階段を上る。若いシラタマと10代前半の娘キナコが営業する食堂は、地域でも気軽に入られる食堂として知られ、若い母娘を応援するおっさん共が集まる場所となっている。ミナヅキが借りている一室は、元は食堂倉庫の一部だった。シラタマの夫が浮気し、どこかに行ってしまったので、少しでも生活費になるよう住居に改装し、しばらくしてミナヅキが借り始めた。


 白玉飯店の2階に上がり、倉庫前を通り、突き当りがミナヅキの部屋。ちなみに、シラタマ親子は3階に住んでいる。建物は古いが頑丈な作りのため、足音や騒音というのが響かないので、ひっそりと住みたいミナヅキには、ちょうど良い環境でもある。


 重いドアを開け、部屋の照明をつける。入ってすぐ右側にあるベッドにカバンを置き、ネクタイを外して、椅子に腰を掛ける。


「ん~、この部屋を見に来るのか?」


 入口近くに、小さな流し台、トイレ、シャワーと水回りがあって、仕切りのカーテンがある。奥の壁にはベッドがあって、部屋の大半を占めるのが、机に設置してある複数のコンピュータ。床には配線類が固定され、電子部品が入った棚に、床に積んである紙媒体の書籍たち。過去には電子書籍にしていたが、データ改ざんされた偽物だったので、貴重な紙の書籍を集めるようになった。

 ぼんやりと部屋を眺めた後、机の端にある小さなモニターのコンピュータ電源を入れる。


「また、依頼が来てるかな?」

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