㉛見惚れたワケ

「はぁ……天井の模様や窓越しの景色はとっくに見飽きたはずなのになぁ……」

「…それは、幼い頃からずっと見てきてるからでしょ」

「それもそうだよなぁ……俺、今二十二歳だし」

「二十代ねぇ……如月さんが二十歳になるまであと数ヶ月かぁ…」

「…お前さ、色んな話題で如月のこと話すよな…いい加減早く告れよ。てか、なんであいつが二十歳になってからなんだよ?」

ある日、廉命が見舞いに来てくれた。本来なら如月も来るはずだったが、風邪を引いてしまい、部屋で寝込んでいるはずだ。それにこれは元々ではあるのだが、この日出廉命はどんな話題でも必ず如月のことを話すのだ。俺が疑問に思って質問すると、廉命はケロイドだらけの顔を赤く染めながら答えた。

「……希望さんが死ぬまでの間に、如月さんに子どもを産んで欲しくて…その……責任取れるようになりたくて…」

「…いや大学生で子ども産むって早すぎるって」

「今のあんたはいつ逝ってもおかしくない…。だから、俺らを拾ってくれた希望さんには……俺と如月さんの子どもの顔を見せたいんだ」

「…お前はそれでいいのか?」

「……もちろん、あの子の幸せが一番だよ。それに、俺が如月さんが孕ませれば、俺から離れないし…」

「なんか、廉命って思った以上に如月への愛が重いよな……」

「ほんとに、重すぎますよね」

「「えっ」」

病室のベッドはカーテンによって仕切られているが、カーテンの外から第三者の声が聞こえた。いや、第四者もいる…するとその二人はカーテンの中に入ってきた。それらは夜海と仁愛だった。先程の廉命の話した内容は聞こえてたらしく、仁愛も話に加わってきた。

「すっごい重いよ…確かに死ぬまで夢玖ちゃんの傍にいるのが廉命君の務めでもあるし」

「そうですよ……てか、なんで廉命さんは…夢玖ちゃんのことを苗字で呼んでるんです?出会って一年以上は経ってるので…そろそろ…」

「それはまだ早いよ……」

「あぁ…なるほど。廉命、お前……結婚してから下の名前で呼ぼうとしてるんだろ…」

「ばっ!は…苗字お揃いになるからって………そんなんじゃねぇし…」

「へぇ〜?この前夢玖ちゃんとお風呂入ってたのに?」

夜海の発言により、廉命の心臓が跳ねたのがわかった。なんと…彼は…如月と二人で入浴したのだ。夜海曰く、それは大雨により濡れて下着が透けた如月の姿に理性を保つのが難しくなり、普段飲まない酒を一口含んで、如月が風呂に入っているのにも関わらず、廉命も服を脱いで同じ風呂に入ったとのことらしい。廉命ならやりそうな事だと考えてはいたが、本当にやるとは思いもしなかった。

「まじかよ…」

「首筋や項、鎖骨とかにも噛み跡やキスマークが沢山ついてました。その時私達は廉命さんの部屋のソファに座ってたんですけど、かなりいやらしい声してましたね…」

「俺の妻が…とか、胸吸っていいか…とか、結婚しようっていう約束してましたね……」

「嘘だろ……」

「………今俺すっごい消えたい…」

「それはダメだ。俺と約束したはずだぞ?死ぬ前に、如月に告白することと…如月に寄り添うこと」

「大丈夫。夢玖ちゃんなら…廉命君を受け入れてくれるよ」

傷だらけの手で、ケロイドだらけの顔を覆う。そう、廉命がしたことは…非常に重い。最初は誰もが、それが如月に対する恋心だと思っていたのに、俺が倒れて入院するようになってからは、如月に依存するようになったようにも見える。経由はそれぞれだが、どんな時でも自分を受け入れてくれるのは如月しかいないからだろう。

「……まぁ、俺が倒れてから…廉命は変わったよね…」

「……確かに、あんたのドナーになってから考え方が変わったよ。あんたを永く生かすことも…俺の役目だからね」

「よく言うねぇ…てかなんで夢玖ちゃんのことが好きになったの?」

「それさ、俺も舞姫も気になってはいたんだよ……この前も聞いたけど、今変わってんのかなって気になってる」

「仁愛も知りたいっ!」

「………仕方ねぇなぁ…あれは如月さんと出会った時の話だった……」

そこから廉命はボソボソと、俺達に語った。彼自身が、如月夢玖に好意を寄せている本当の理由を…。

『…だから、俺には如月さんの気持ちもすっごく分かる。辛かったよね…でももう大丈夫だ。俺も…二年前までは地獄にいたから』

『……っ…じ、地獄?』

『そう。俺は…物心着く前から学歴主義の両親に休む間もなく勉強させられていたんだ。俺が満点採れなければ刃物や熱湯、暴力を使って今の見た目になっちまった……』

『……』

『そして高校三年のある日、俺は顔全体が傷んで包帯をぐるぐる巻きにした状態で、望んでもない東大受験をさせられた…。もちろん結果は不合格で、このケロイドがいけなかった。当然両親はブチ切れて、絶縁ってなわけで、俺は捨てられた』

『………廉命さん』

『あの夜海も、如月さんが来る前までは自宅監禁されていたんだ。幼い頃にお父さん亡くして、それ以降母親とその彼氏に監禁されていた。その間は休学していたわけ……』

『……そんな…』

『だから…もう大丈夫だ。如月さん…君は一人じゃないよ。その瞳の色も…俺は綺麗だと思う』

『……ふふっ』

『…生野さんも舞姫さんも待ってるし、戻ろうか』

『ですね…』

『……(蒼と…水色……この子、伝えたい色で…瞳の色が変わるのか)』

「………周りの人に心を閉ざしたにも関わらず、瞳の色が変わる…その色に魅力された…」

「とかいって出会った瞬間から好きだったりして…」

「ば…そんなことないだろ…」

「……お前の如月に対する想いなんてお見通しなんだよ」

廉命が、如月を好きになった本当の理由を話し始めた。如月伝えたいことや気分で瞳の色に、見惚れたらしい…のだが、他にも好きになった理由はあると見込む俺や夜海、仁愛は彼に問い詰める。すると紅い瞳を逸らしながら、ボソボソと答えた。如月夢玖を好きになった、本当の理由………それは、大阪で心を傷付けられた如月がこれから受ける傷も、彼自身の傷とケロイドだらけの体で受け止めたい…と思ったからだそう。つまり……如月の残虐な過去に、心を掴まれ、笑う如月の顔に惚れたとのこと。

「その…あれだ。俺の過去を話して、如月さんに大丈夫だと言ったんだ…それで如月さんが凄く笑顔になって…それで」

「惚れたんでしょ…いやぁ、毎日LINEで夢玖ちゃんのこと話してきたもん」

「別にいいだろ…あれから毎日、如月さんは俺の腕の中にいるんだから……でも」

「「「でも?」」」

「どうしても…一緒にお風呂は嫌がられるし、顎の下を触らせてくれないんだ…」

「顎の下触っていいのは私と仁愛ちゃん、凪優ちゃん、愛先生と舞姫さんだよね…」

「一度風呂で触りっこしたんだし、お前から例の約束してんだから…」

「とりあえずさぁ…生野さんに何か起きる前にら告白しなよ…」

「いや、まだあの子は…」

廉命は如月が二十歳になるタイミングで…彼女に告白するという…。廉命は、如月が二十歳になるまでは彼女と付き合ったり、性行為をしないことを約束している。それは廉命からの提案で、如月もそれに承諾しているらしい。如月がこの場にいないことを機に、廉命は彼女を想い過ぎて溜め込んでいたのをぶちまけるように、彼女への想いを吐いた。

「………色々話せてスッキリしたよ」

「非常に重過ぎて夕飯が胃に入らねぇよ…」

「それはダメだ。生野は食べれるもの限られてんだから、少しでも栄養摂らないと…」

「…なんだ福吉さんか…最近見ないなと思ったら、国試勉強かよ」

「やっと医師の国家試験を受けれるようになったんだ。必ず合格して、君の治療に加わらないと」

「最近ちゃんと寝てんの?福吉さん休んだ方がよくね?」

「いや…あの問題が……院長に聞かないと」

「もう福吉さんっ!ダメじゃないですか…ほら」

「っ…!」

病室外から声がし、その正体は福吉さんだった。目の下にクマを作り、髪はボサボサ。分厚い参考書を片手に院長のいる場所を聞いてきた。彼の身なりを見るなり根詰めて医師の国家試験に向けて勉強していたのだろう。さすがに俺達は休むように彼に言葉を投げるが、福吉さんはそれでも分からない問題のために院長を探そうとしていた。その時に仁愛が彼の元に駆け寄り、わざとではあるものの、福吉さんの腕に胸を押し付けた。

「相変わらず柔っ……俺捕まるよ…」

「大丈夫大丈夫。福吉さんは少し休んでください」

「最近仁愛ちゃんと予定合わないなって思ってたら、そういうことだったのか……」

「歳の差なんて大丈夫だよ…仁愛ちゃん、このまま福吉さんを癒してあげな」

「……如月さん、俺にもこれしてくれないかな」

「何回も直接触ってるから満足でしょ……」

夜海の発言に廉命はボンッ!と顔が赤く染まった。確かに如月と廉命は…両想いなのにも関わらず、例の約束により手を繋いだことがないようだ。福吉さんは仁愛に何処かに連れられた…この二人も、年齢差を気にしているのだろう。

「……皆、もうすぐ消灯だ。日出君も影食君も松寺君も暗いから全病棟が暗くなる前に帰りなさい」

「…あの、院長。福吉さんも…帰してあげても…」

「院長……分からない問題……が…」

「君は研修医の頃からずっと、誰かの為に頑張り過ぎてる……分からない問題は後日聞くから、福吉君も帰って休みなさい」

「ほんとに福吉さん頑張り過ぎだよ。院長もこう言ってんだから、休めよ…俺もう寝るから」

「…そういう希望君も、何かあったらすぐに私を呼びなさい。ではまた明日…」

「夜海達は俺が送っていきます…」

空はすっかり闇に染まり、時刻も二十一時を目の前にしていた。すると院長が消灯が近付いてくることを俺達に知らせてきた。夜海や仁愛は廉命が送ってきて、彼らはそれぞれの帰路に着いた。仁愛達が帰ったタイミングで、立ったまま眠そうにしている福吉さんに…ある疑問について話してみた。

「ところで福吉さん…」

「……ふわあ…どうした?」

「なんで仁愛ちゃんのこと好きなの?」

「…それは……辛い過去を経験したにも関わらず、あの美しい笑顔を見せる彼女に…惚れたんだ」

「ならあの子のピアスや刺青に対して、どう思ってるんだ?」

「……鎖骨や胸元に刺青があった時には驚きました…でも、それらが彼女の美しさを更に引き立たせるみたいで…大人っぽいのに小悪魔な一面もあって……綺麗で…」

「福吉さんも…意外とそういうの、考えてんだ」

「いやぁ、舞姫が希望君の魅力を私に語っていた日々を思い出すよ…懐かしいなぁ」

「ちょっ!お父さん…」

「愛も…いい人と出会えて……。私の娘達がこんなに立派に育って…私は嬉しいよ」

すると院長は病室の電気を消し、舞姫や福吉さん、院長は俺に「おやすみ」と声を掛け、後にした…。が、病室を後にし、これから病棟の見回りをしようとする舞姫を引き止めた。

「ちょっ…希望君?どうしたの?」

「また病院戻りしてさ…毎晩寂しくなるんだ。だから、寝る前だけでも…」

「あはは。困った彼氏さんだこと……よしよし」

「俺、今度は…生き、れる……かなっ」

「大丈夫だよ。お父さんや福吉さん、雷磨さんもあなたの治療に専念してくれる…私は治療に加わることは出来ないけど、どんな時でもずっと希望君の傍にいるから」

「……舞姫ぃ…ヒック」

「ふふっ。そういえば希望君、だいぶ痩せたし、小さくなったよね……でも私はどんな希望君でも大好きだよ」

また病室戻りして以来、いつまで生きられるかが不安になり、最近は特に舞姫を求めてしまう。そういえば俺と彼女は身長が同じだったものの、気付けば舞姫より痩せて、背が低くなっていた。それでも舞姫は…どんな俺を好きでいてくれる、最高の彼女だ。元々は俺が無意識に、あの時の舞姫を助けたことでこの関係は始まった。舞姫は俺に見惚れ、俺は舞姫に見惚れたから…それは好きになった理由といえるのだろうか。舞姫に抱き締められ、俺はほっとするように、彼女の艶めいた唇に口付けをした…。



……To be continued

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る