㉖夢で変わる色
「ん、んん………ぅぅ……」
「………すう……すう………っ」
ある日の夜、俺と如月さんはいつものように同じベットで眠っていた。彼女は寝付きが悪く悪夢を見ることも多いので、そうなった場合は俺がそっと抱き締めると彼女はぐっすり眠るが、最近はそれでもダメらしい。
「如月さん………如月さん朝だよ…」
「いやや……あと五分……」
「五分なんてすぐでしょ………ほら、今日はバレーボールと座学、バドミントンの授業なんだから……」
「いやぁ………すう」
朝起きると毎回こんな感じだ。如月さんの寝相が悪いのか俺との体格差が大きいのか、如月さんは俺の体に乗っかり、俺の胸に顔を埋めたままで眠っているのだ…。俺は彼女を担ぎ、何とか洗面所へと連れた。
「ほら、まずは顔洗って……寝ないの」
「むう………」
「そんな子供みたいに拗ねてもダメ。如月さん朝弱いんだから……」
いやいや彼女は俺と洗顔と歯磨きを済ませる。如月さんがスキンケアをしてる間に俺は髭を剃る。元々髭や体毛は薄い方ではあるが、如月さんに相応しい男になりたいが為に必要以上に髭を剃ってしまう。
「廉命さん……毎朝髭剃る必要ないのに…」
「まあね……てか如月さん前髪ないのもいいよね。似合ってる」
「へへっ……凪優とお揃いのヘアバンド、ええやろ?」
「猫のワンポイント……いいね。とりあえずお湯沸かしとくから、如月さんは着替えてきな。ついでにコーヒーも淹れとくよ」
「ふぁーい………おおきに……」
彼女が眠そうに欠伸をしているのを見ながら電子ケトルに水を入れ、スイッチを入れる。コーヒーを淹れるついでに簡単ではあるが朝食も作ると如月さんがやってきた。
「あれ?化粧は……?」
「ふわあ…とりあえず……頑張って眉毛だけ……描いた…」
「へぇ……でも如月さんは化粧しなくてもいいんだよ……眠いでしょ」
「眠いけど……私にはこの前買ったアイシャドウとリップもあるから大丈夫やで」
「汗で流れ落ちないか心配だなぁ……」
この通り、如月夢玖は俗に言う提唱者ポジションで道徳を備えた理想主義者で、他者を深く理解し支援しようとする傾向が強い。つまり自己犠牲になりやすいのだ…。如月さんは淹れたてのコーヒーを口に含み、舌を火傷してしまった。
「あちっ!」
「大丈夫?猫舌なんだから……もう」
「熱い…あと眠い」
「もう………」
如月さんはまた眠そうにコクコクと首を縦に振っていて、俺は無理やり彼女を起こし、俺達は朝食を食べ、歯磨きをし、家を出た。大学に行くため、如月さんを車の助手席に乗せ、大学へと向かった。いつもの登校時なら楽しそうに俺と話してはいるが、最近はそうではなく、眠ってしまっている。俺達は大学のサークルには所属していなく、特に忙しいわけでもない。これが先月から続いていて、改善しないので、凪優や夜海に聞いてみたが彼女達も知らないらしい……。
「すう……すう……」
「……なんで君は寝ちゃうんだ……はあ」
「んん………すやぁ……」
「(………それにしても……出会った時からずっと思ってたんだが…如月さんが隣にいるだけなのに、なんでこんなにいい匂いがするんだよ…運転に集中出来るのもギリギリなのに)」
車を走らせること二十分…。大学に到着し、彼女を車から降ろす。
「如月さん……如月さん……起きなさい」
「ん……廉命さん…おんぶ」
「……仕方ねぇなぁ……」
眠っている如月さんを背負うのも、最近の日課の一部と化しつつもある。彼女を背負うと俺の背中に必ず当たるものがある……。
「ねぇあの人……イケメンにおんぶされてる…」
「ずるい……」
「あんな可愛い子おぶってるのか……羨ましい」
「(………もう慣れたなぁ…この光景)」
「ん……すう……」
「っ!」
最初は周りから変な噂されていたが、最近慣れてしまった。俺におぶられる如月さんは予想以上に軽くて小さくて繊細だ。あと少しで教室に着くタイミングで彼女はモゾモゾと動いた時に…俺の背中に当たってしまったのだ。
「(……や、や……柔らか……)」
「………んん……あ、廉命さん……」
「…全く……やっと起きたか」
「(ヤバい…………如月さんの胸が背中に当たってる……てか前より大きくなってない…?)」
俺が今理性を必死に抑えてるのにも関わらず、如月さんは完全に夢の中である。教室に着き、彼女を席に座らせて、あとは授業の時間まで彼女を見守っている。過去に眠っている如月さんの顔に触れようとした男子学生もいるので、彼女の番犬兼保護者代わりとして隣で課題したり携帯で誰かから連絡来てないかを確認する…。暫くして授業が始まるため、体操着に着替え、バレーボールの授業となったのだが……
「ふんっ!」
「日出えぐ……身長ほぼ二メートルだし重いし力強えからな……」
「まぁ……去年までは百八十あったよ」
「やば…てか、如月との身長差もえぐいよな……親子?」
「別に親子でも何でもないって……」
「もしかして日出……如月の事好きだろ?いつも一緒にいるし…確かバイトも一緒だったような……」
何度も言うが、如月さんが二十歳になってから交際するように彼女と約束していて、それまでは関係を深めようとしているのだ。でも俺にとっては交際を通り越して、彼女との結婚が丁度いいように思えるが…。するとすぐ隣のコートからボールを床に強く打ち付ける音がした。その正体は…。
「如月さん凄いっ!」
「あはは……たまたまやで…」
「足早い勉強もできる……廉命君と似て優秀だよね……」
「それに顔もスタイルもいい……身長は小さいけど……」
「けど……?」
「ここがすっごい大きいよね〜……ぐへへ」
「………んにゃ?」
「ぶふ〜如月さんを褒めていた女子学生が俺を見て、彼女の背後に周り、俺に見せつけるように如月さんの豊かな胸を両手で持ち上げた。五本指がジャージ越しのそれに沈んでいて、ゆっくりと揉みしだいていた。 周りの視線…特に男子学生らの熱い視線により如月さんは顔を赤くし、涙目になっていた。俺はその顔を見ていられず、視線を逸らすことしか出来なかった…。まもなくして授業も終わり、学校が終わり、部屋に帰宅しようとしていた時だった。
「すう…すう………」
「……如月さん、もう少しで着くよ」
「ん……ふわぁ…」
「……如月さん最近ずっとそんな感じだけど、何か俺らに言えない悩みでもあるの?」
「いや……ストレス?ですかね…」
「……ストレスか………大丈夫?」
「……すう…」
彼女は車の中でまた寝てしまい、起きる気配もなかった。これが二週間も続いている……普通では起きない事例だ。俺は近くのコンビニの駐車場に停車し、ある人物に電話を掛けた。
<日出君か。どうしたんだ?>
「院長、実は……如月さんが最近また悪夢を見るようになって、ここ二週間一日の殆ど眠ってしまってるんです」
<二週間前から……悪夢で眠れない日々か……>
「はい。大学の授業で運動している時は眠くなさそうなんですけど、ストレスが原因なんですかね…?」
<それもあるが、如月君の場合は過去の辛い経験の方が大きいだろう。PTSD…心的外傷後ストレス障害といってな…確か如月君は……夢の中で色んな人に会ってるとか言ってただろ?>
「夢の中……確か、彼女は夜海の父親や俺の弟二人とも会ってました……」
<そっか……病棟が消灯になったら日出君の部屋に向かうよ。ついでに愛も呼んでおく……希望君も福吉君も……舞姫もだ>
暫くして院長と希望さん、舞姫さんと愛さんも部屋に来て、如月さんについての話し合いが始まった。
「早速本題に入るが………日出君、詳しいことを聞かせてくれ」
「はい……。如月さんは俺と暮らすようになってからは悪い夢を見なくなりました……でも、最近また悪夢を見るようになったんです……凪優ちゃんや夜海に聞いても何も心当たりないみたいで…」
「それで……なんで私も呼んだ必要があるのよ?」
「愛…お前は如月君の元担任だろう……この子から何か相談事をされたことはないか?」
「そうね……あ、でも……希望君が死んぢゃう!あと何日で…って私に泣きついた記憶があるわね……舞姫も誰かに狙われてるとかも…話してたわ」
「私が……狙われる?」
「その詳細は如月君が起きたら話を聞くとしよう……舞姫も希望君も、何か知らないことはないか?」
「俺は……ずっと如月が隣で悪夢をほぼ毎日見ていた記憶があります……その度にこいつの瞳は……緑と紅でした……その紅は廉命と同じです」
「紅は危険を知らせる注意喚起……つまり、如月君は君たちに危険がある未来を知らせてたんじゃないか?ずっと」
その夜は院長によって立てられた仮説と、福吉さんによる悪夢の経験を元に、如月さんの可能性について話し合った。ちょうどその時に彼女が目を覚ました。
「……ふわぁ………あ……あれ?なんで皆おるん?」
「良かった…張本人を起こす手間が省けた……起きて早々申し訳ないが、如月君…最近君が見てる悪夢について聞かせてくれ」
「あ………ぇぇ……」
「……ゆっくりでいいから……ほら」
「んん……ゴロゴロ」
舞姫さんが如月さんの顎を擽ると、如月さんの喉からはゴロゴロと声が出た。それは猫である仕草で、猫が喉からゴロゴロ鳴らすのは、リラックスしてるか、ストレスを感じてるかで起こるとされている。如月さんも何故かその仕草も出来るのだが、今の彼女はリラックスというよりはストレスを感じてるのだろう。彼女の頭を希望さんが撫で、如月さんは欠伸をした。
「猫かよ……はぁ……」
「………実は、希望さんの未来の墓地が夢に出てきて……」
「俺の墓……?」
「…それに、舞姫が誰かに狙われてるってどういうことよ?」
「数年後…いや、早くて今年内に希望さんの病は再発して……舞姫さんが…誰かに殺されて……同じ墓に「させねぇよっ!」
「……廉命、落ち着きなさい。如月さん、君は予知夢を見ることがよくあるんだってね…しかもその内容はどれも悪い内容……」
「つまり、君は希望君達に瞳でずっと信号出してた…しかも去年から…」
「そんな……俺……この前の検診も大丈夫だったのに……」
「白血病の再発は、治療が終了してから二年以内が最も多い……それに如月君の予知夢は正しいようで間違っている……」
その夜、俺達は解散し、後日詳しく話し合おうということになった。この時の如月さんの瞳も……緑と、俺と同じ紅だった。
……To be continued
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